映画『ロングレッグス』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
101分。
監督・脚本は、オズグッド・パーキンス(Osgood Perkins)。
撮影は、アンドレス・アローチ・ティナヘロ(Andrés Arochi Tinajero)。
美術は、ダニー・ヴァーメット(Danny Vermette)。
衣装は、マイカ・ケイド(Mica Kayde)。
編集は、グレッグ・ン(Greg Ng)とグレアム・フォーティン(Graham Fortin)。
音楽は、ジルギ(Zilgi)。
原題は、"Longlegs"。
1台の車が雪道を進み、森の中の1軒の家の前で停まる。
窓際の机で絵を描いていた少女(Lauren Acala)が車に気付く。彼女はコートを着て家を出る。車の中には誰もいないようだ。そのとき、クックーと人の声がするのが家の裏手から聞こえた。声の聞こえた方に向かうが、雪が積もった庭には誰もいない。突然、男が姿を現わす。見つけた、もうすぐ誕生日の女の子。今日は長い脚を履いてきてしまったみたいだ。これならどうかな?
第1部「彼の手紙」
会議室に集められたFBI捜査官たち。リー・ハーカー(Maika Monroe)の姿もある。演壇のウィリアム・カーター(Blair Underwood)が捜査官たちに訓令する。ここからは大人たちがやりたがらないことをしなけりゃならない。一軒一軒訪ね歩いて、この男を見ませんでしたかと確認する。映画みたいにな。誰と組むかは決めておいたから、相手がいなくて傷つく心配はない。容疑者は閑静な郊外の住宅地を好んでいる。中年の白人男性だ。大人しく逃走するタイプじゃない。攻撃を警戒して慎重に行動するんだ。以上。
雨模様の住宅地。人気のない通りに車が停まる。俺が行ってノックするから、君は後ろに控えてるんだ、いいな? ハーカー、いいな? …ええ。リーと組むフィスク(Dakota Daulby)が車を降りる。リーは助手席に留まっていたが、やおら車を降りると、1軒の家が目に留る。あのガキ、ヤク中だ。戻ってきたフィスクが声を掛けるがハーカーは1軒の家から目が話せない。あれよ。あれって何だ? 3525番地。そこにいる。なぜそう言える? 分からない。応援を呼ぶべきよ。駄目だ、勘だけで応援要請なんでできない。まあ、落ち着けよ。ちょっと俺が見てこよう。フィスクが3525番地の家の玄関に向かう。FBIだ。家の中で足音がする。扉が開く。こんにちは。捜査に協力願えますか? 銃声が響き、額を撃ち抜かれたフィスクが真後ろに倒れる。リーは反射的に壁に避けた。室内は改装のためかそこらじゅうに半透明のビニールシートが掛かっていた。1階を確認し、2階に上がると、寝室でベッドに男(Trey Helten)が両手を挙げて腰掛けていた。動くなっ! 動かないよ。
暗い部屋でスクリーンを前にリーが1人で坐っている。名前を階級を述べなさい。スピーカーの声が響く。特別捜査官リー・ハーカー。ここで何をするのか教えてくれませんか? 特別捜査官リー・ハーカー、準備はいいか? 映像を見て思い浮かぶ最初の単語を述べなさい。始めるぞ。はい。スライドフィルムによる抽象的なイメージが次々に切り替わるのに併せ、ハーカーがカメラ、テーブル、足、虎、ドア、母親、父親、ピアノ、と名詞を挙げていく。0から100までの数値が生成されました。その数字とは? 再び抽象的なイメージが次々と投映される。分かりません…。0。
住宅の前に車が停まっている。後部座席に坐るリーに、助手席のウィリアム・カーターが尋ねる。野球は好きか? いいえ。何てこった。マリナーズの話がしたいんだがな。妻は関心があるそぶりばかり上手くなるが。それは危険な兆候ですね。運転席のブラウニング(Michelle Choi-Lee)が指摘する。冷たいね。与えられた情報に基づいて仕事をしているに過ぎません。数字生成のテストで8回も成功した。どうやってやったんだ? 8回失敗しています。半分でも超能力があればいいじゃないか。あの家にはホーンズ一家4人が12年間住んでいた。いい人たちだった。父は大学で教え、ティーボールのコーチもしていた。母は教会で慈善事業に携わっていた。彼らは全員家の中で殺害された。犠牲者は4人、殺害された3人と自殺した1人。父親ですか? 妻を61回刺した、刃が柄から外れるまでね。子供たちは? 捜査資料にある。4人が殺害されたとは断定できません。同感だわ。遺体には手紙が残されていた。暗号で書かれたものだ。家族と関わりのあった人物の筆跡ではなかった。同様の手紙が10通、同じ筆跡のものだ。過去30年間に10軒で、すべて「ロングレッグス」と署名されていた。何者かが父親を犯行に及ばせている。これまでのところ原因究明に苦労している。ハーカーはまだ捜査に戻れる状態じゃないわ。マシな手立てがあるなら是非頼むよ。
1994年。オレゴン州ポートランド。FBI捜査官のリー・ハーカー(Maika Monroe)はフィスク(Dakota Daulby)とともに聞き込みのために戸別訪問を行っていた。ハーカーは容疑者(Trey Helten)の家だとフィスクに指摘し、応援要請を求める。勘で出動を要請なんてできないとフィスクがその家を訪ねると、フィスクは銃弾に斃れた。FBIポートランド支局長のウィリアム・カーター(Blair Underwood)はリーの千里眼に期待し、1966年7月14日からの約30年間に10件の家族惨殺事件を引きおこしている「ロングレッグス」の捜査を委嘱する。リーは資料から被害者家族に14日が誕生日の娘がいる共通点、兇器が家屋内のもので「ロングレッグス」の署名入りの手紙以外に現場に立ち入った形跡が無いことから共犯者の存在を指摘した。酒を飲んだカーターを自宅に送り届けたリーは娘のルビー(Ava Kelders)に気に入られ誕生日パーティーに誘われる。帰宅したリーは母親ルース・ハーカー(Alicia Witt)に電話する。誕生日が近いわねと母。その時、リーは誰かの気配を感じた。電話を切ると、ドアをドンドン叩く音がする。ドアに向かうが反応がない。二重鍵にして戻るとリヴィングの窓から外に人影が見え、銃を手に追うが見失う。部屋に戻ると机の上に手紙が残されていた。「ロングレッグス」のインクが乾ききっていなかった。
(本作は、序章と3部で構成される。以下では、序章及び第1部「彼の手紙」以外の内容についても言及する。)
リーが「ロングレッグス」の手紙を解読している際、カーターから呼び出しを受ける。1月ほど前に惨殺された家族の遺体が発見された「ロングレッグス」の新たな被害者だった。リーは過去の事件の日付から、娘の誕生日の前後6日間に事件が起き、そこから「ロングレッグス」のアルゴリズムを捉える。また、手紙ではカメラ家の農場について頻繁に言及されていた。両親と訪れた牧師とが殺されたが、娘のキャリー=アン(Maila Hosie)は学校にいて難を逃れた。カーターはリーとともに農場と「ロングレッグス」を目撃した可能性のあるアン・キャリー(Kiernan Shipka)のいる精神病院を訪れることにする。
(以下では、全篇の内容についても言及する。)
ロングレッグス事件の特徴は、14日が誕生日の9~10歳の娘がおり、凶行に及んだ父親が自殺し、署名入りの手紙を残すだけで現場にロングレッグス(Nicolas Cage)自身の物理的な痕跡が無いことである。
ロングレッグスは、悪魔(「階下の男(the man downstairs)」。挿入される蛇の映像も悪魔の象徴だろう)を崇拝する者である。リーに残されたロングレッグスの手紙には、『ヨハネの黙示録』第13章第1節「わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒瀆するさまざまの名が記されていた。」からの一部引用がある。
リーがロングレッグス事件の捜査資料に初めて当たった際、娘が娘じゃないと興奮して話す父親の音声が通話記録として再生される。リーがカーターの家を訪問した際、娘のルビーはリーから子供っぽい玩具を指摘され、父親は自分に大人になって欲しくはないと思っているんだと溢すのがヒントになる。9~10歳の娘の誕生日前後に事件が発生していること、リーの母親ルースが血の付いた衣類を洗う場面などからも、初潮を迎え、女性へと変貌することに対する父親の忌避感が悪魔に付け入る隙を与えるのである。ロングレッグスが制作する、被害少女と瓜二つの人形こそ、娘を少女として永遠に凍結してしまうことの象徴である。
ルースは娘と2人で社会から隔絶した暮らしを送っていた。ルースの孤立がロングレッグスに付け入る隙を与えることになった。ルースは娘が大人になることと引き換えにロングレッグスの依頼を引き受ける。
ロングレッグスことデール・フェルティナンド・コブルは人形作家であるが、彼自身もまた「階下の男」の操り人形に過ぎない。コブルがこの世から消えても、ロングレッグスは存在し続ける。それがルースであり、そのルースの娘である。コブルはは、ロングレッグスの新たな誕生を祝して嬉々として歌うのだ。