映画『Playground 校庭』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のベルギー映画。
72分。
監督・脚本は、ローラ・ワンデル(Laura Wandel)。
撮影は、フレデリック・ノワロム(Frédéric Noirhomme)。
音響は、トーマス・グリム=ランズバーグ(Thomas Grimm-Landsberg)。
美術は、フィリップ・ベルタン(Philippe Bertin)。
衣装は、ヴァネッサ・エヴラール(Vanessa Evrard)。
編集は、ニコラ・ランプル(Nicolas Rumpl)。
原題は、"Un monde"。
小学校の入口。ノラ(Maya Vanderbeque)が涙を浮かべながら兄のアベル(Günter Duret)に抱きついている。心配しないで、昼休みに会えるから。友達がたくさんできるよ。大丈夫。うまくいくから。昼休みに会おう。もう行かなきゃ。アベル、行きなさい。授業が始まったよ。アベルが去ると、父親(Karim Leklou)がノラの手を引いて校舎に向かい出す。お父さん! 保護者は子供を連れて校内に立ち入れませんよ。父親がノラを抱き締める。監視員(Sophia Leboutte)がノラの手を引いて校舎に連れて行く。ノラは父親のところに戻る。迎えに来るから。再び監視員に手を引かれてノラは校舎へ。ノラは何度も父親を振り返る。
教室。アニェス先生(Laura Verlinden)が生徒に自己紹介させる。私はアイシャです。ありがとう、アイシャ。あなたは? ジャンヌと言います。ありがとう、ジャンヌ。ティアゴ。ありがとう、ティアゴ。スレイマン。あなたは? ノラは黙る。自己紹介して。さあ。ノラ。ありがとう、ノラ。
ベルが鳴り、生徒が教室を出て行く。通路や廊下は混雑する。
食堂。ノラは食事を持って席を立ち、アベルのところへ向かう。監視員に呼び止められる。どこへ行くの? おにいちゃんのとこ。食事中は席を移れないの。戻って坐りなさい。ともだちがいない。友達ならできるから。元の場所に戻るの。ノラは戻るが、途中で再びアベルの所へ向かう。お嬢ちゃん、私が何て言った? ノラはやむを得ず席へ戻る。兄の方を振り返る。なんでたべないの? おなかがすかない。
校庭。生徒たちが歓声をあげて駆け回る。憂鬱な表情のノラがアベルを見つけて向かう。来るなよ。アントワーヌ(Simon Caudry)と遊んでるんだ。ひるやすみにあおうっていったでしょ。夜、遊ぶからさ。あそこに監視員がいるだろ。一緒にいればいいから。おにいちゃんといっしょがいい。アベル! アントワーヌに呼ばれる。ここにいたら殴られるぞ。ノラはアベルに付いていく。来るなって言ったろ。ヴィクトワール(Elsa Laforge)に遊びたいかと声をかけられるがノラはアベルが気になってそれどころではない。生徒を脅すアントワーヌと一緒のアベルのところにノラが向かう。アントワーヌがノラを摑まえて壁に押し付ける。アデルが僕の妹だから止めてとアントワーヌに頼む。どうでもいい。放して。お前の妹でも関係ねえよ。お前の女か? 抱き締めたいか? キスしたいか? 止めろ! アデルがアントワーヌを押す。何してんの? 見んなよ。アデルを突き飛ばすアントワーヌにノラが掴みかかる。アントワーヌはノラを摑まえる。アデルとノラがアントワーヌともみ合っていると、監視員が飛んできた。ここで何してるの! 止めなさい。向こうに立って。落ち着きなさい、いいわね? ノラはアデルから離れて壁際に立つ。
下校。校門でノラは父親に出迎えられる。元気にしてたか? おにいちゃんといられなかった。そういうもんだ。アベルには友達がいるから。友達を作らないとな。つくりたくない。いつもお兄ちゃんが助けてくれるとは限らないんだ。父親が弁当箱が重いので蓋を開ける。不味かったか? お腹が空いてなかったのか? 黙り込むノラ。そこへアベルがやって来る目元に怪我がある。どうしたんだ? サッカーだよ。2点決めたんだ。やるじゃないか! 痛くないのか? 大丈夫。じゃ、行こうか。
小学校に入学したノラ(Maya Vanderbeque)が初の登校日を迎える。不安でいっぱいのノラは兄のアベル(Günter Duret)に抱きつく。兄が慰めて教室に向かうと、父親(Karim Leklou)に手を引かれるが、親は校内に入れないと注意され、その場で父親に抱きつく。父親に抱き締めてもらい、監視員(Sophia Leboutte)に手を引かれ校舎に向かった。教室では、アニェス先生(Laura Verlinden)から他の子と同じように名前を言うように言われたが、緊張ですぐには言えなかった。やっと昼休みになり、食堂で兄と食事しようと席を立つと、席を途中で移れないと制止される。校庭で兄をを見かけたノラは、一緒に遊んでもらおうと近付くが、アベルはアントワーヌ(Simon Caudry)のいじめに加担していた。ノラがやって来るとアントワーヌに捕まる。アベルはノラを守るためにアントワーヌに抵抗し、ノラも加勢する。監視員が飛んできた。下校時、弁当が食べられていなかったのに気付いた父親がノラを心配する。アベルはアントワーヌに殴られていたが、サッカーで怪我をしたと父親に嘘を吐く。
同級生の中でも小さいノラは運動が苦手で不器用だった。それでも、ヴィクトワール(Elsa Laforge)やクレマンス(Lena Girard Voss)など友達になり、少しずつ出来ることが増えていくと、学校を楽しむことができるようになってきた。だが、アントワーヌの標的は、ノラを庇うために刃向かったアベルに向けられるようになり、アベルに対するいじめはエスカレートしていく。ノラは兄を心配するが、報復を恐れるアベルは黙っておくように言う。他方、父親は何かあったら報告するようノラに迫る。いじめられっ子のアベルはノラの周囲でも馬鹿にされるようになる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
頭からラストシーンまでヒリヒリとした緊張感が持続する。「すごいものを観た。ただそれに尽きる。すごい映画じゃない。だって映画を逸脱している。」という森達也のコメントは決して大袈裟ではない。
兄アベルに頼っていたノラは、自らを救うためにアントワーヌからのいじめの対象となったアベルを心配する。だがアベルが抵抗しないといじめはエスカレートする。報告を恐れるアベルはいじめを報告するなと言い、父親は何かあれば報告するよう求めてくる。ノラは板挟みの状況になる。なおかつ兄がいじめられっ子であることはノラの評判まで悪化させる。アベルは何故抵抗しないのか。ノラは兄を心配するとともに、兄に対する憤りも感じる。やり場のない怒りや不安に、ノラは頑なになっていく。
カメラは低い位置にあり、しかも被写界深度が浅い。大人などは近くにいると顔は見えず、ちょっと遠くにいる人もぼやける。そのカメラが主にノラの姿(とりわけ顔)を追う。従ってノラの主観の映像ではない。それでも先を見通すことも俯瞰することもできない映像はノラのまなざしに等しく、ノラの置かれた世界を如実に再現する。一番頼りになるアニェス先生でさえも、ノラの世界を見通すことは難しい。
映像とともに音声もまたノラの世界を再現する。子供たちの歓声は騒音のようで、不安を抱える幼い子どもにとって脅威となる。
小野正嗣が「カメラは幼い少女から離れない。この距離の近さが感動的なのは、不安に押しひしがれる少女の心の揺れを、学校という世界の残酷さを、息が詰まるほど微細に映し出すからだけではなく、少女につねに寄り添い抱擁する愛のまなざしを感じさせもするからだ。」とコメントを寄せているが、ラストシーンはノラを見つめ続けてきた守護霊が、ノラに乗り移ったかのようである。