映画『リアル・ペイン 心の旅』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
90分。
監督・脚本は、ジェシー・アイゼンバーグ(Jesse Eisenberg)。
撮影は、ミハウ・ディメク(Michał Dymek)。
美術は、メラ・メラク(Mela Melak)。
衣装は、マウゴジャータ・フダラ(Malgorzata Fudala)。
編集は、ロバート・ナッソー(Robert Nassau)。
原題は、"A Real Pain"。
ジョン・F・ケネディ国際空港のロビー。多くの人が行き交う中、ベンジャミン・カプラン(Kieran Culkin)が椅子に1人で腰掛けている。
デヴィッド・カプラン(Jesse Eisenberg)が荷物を抱えて家を出ると、電話をかけながら歩く。ベンジー、今、家を出たところ。3時間前には着いてなきゃダメだよ。折り返しの電話くれる?
渋滞にはまったタクシーの車内。デヴィッドが電話する。ベンジー、渋滞してるから出発してるといいんだけど、折り返しの連絡頂戴。
引き続きタクシーの車内。車は流れている。ベンジー、渋滞は解消したんだ。心配には及ばないよ。とにかく連絡もらえるかな?
タクシーの車内。ベンジー、メッセージ大量でごめん。気にしなくていいんだ、もう着くから。会えるのが楽しみだよ。メッセージはこれで最後にするから。
空港に到着したデヴィッドが電話しながら歩く。ベンジー、空港に着いたところ。もう出発したかな? 向かってくれてるといいんだけど。いずれにしても、電話して。デヴィッドが搭乗券の発券機を操作していると、後ろから体を摑まれた。来てたのか! 何度も電話したんだよ。2人は抱き合う。よく姿を見せてくれ。廻ってくれる? 廻るの? デヴィッドがその場で一回転する。健康で裕福で賢そうだ。搭乗手続した方がいいよ。僕はオンラインで済ましたけど。もう済ませた。いつ来たの? 何時間か前。出発まで2時間はあるよ。でも空港は早くから開いてるだろ。ぶらぶらしてりゃいい。変わった連中を目に出来るからな。何か食べた? 食べた。離陸の前に何か腹に入れておこうと思っててさ。心配するな、ヨーグルトがある、温かいけど。何で? ポケットに入れてたから。スプーン無いから、飲んで。僕のために? もちろん。2人は手荷物検査場へ向かう。他にもある。何が? 現地でのお楽しみが。上物だよ。まさかポーランドにマリファナを持ち込むんじゃないよね? 持ち込むよ。問題ないって。ポーランドでユダヤ人2人組がマリファナ所持で逮捕? ちょっと黙っててくれないか? お前こそ、マリファナって言うなよ。
手荷物検査場。デヴィッドが先に通過する。ベンジャミンは女性係員と楽しげに話している。問題無く検査を終えたベンジャミンが言う。彼女はいいね。誰の話? 運輸保安庁の。父親はニューヨーク・ニックスの警備員だとさ。
搭乗口前のロビー。2人が椅子に坐って搭乗開始を待っている。デヴィッドがビニール袋に入ったブラジルナッツをボリボリ囓る。ベンジャミンが見つめる。食べたい? プリヤ(Ellora Torchia)が作ってくれたんだ。じゃ、もらおっか。ベンジャミンが袋からブラジルナッツを取り出して囓る。調子はどう? 正直に? 最高だよ、本当。旅程を確認しておきたい? いいよ。デヴィッドからプリントを受け取り、ナッツの袋を返す。好きなだけどうぞ。お祖母ちゃんの出身地を見られたらいいよね? どこに住んでたか分かる? よく分かんないな。ツアーに付いて廻りゃいいさ。
2人が航空機に乗り込む。デヴィッドの席が窓側だったが、中央の席でも気にしないだろと、ベンジャミンが窓側に坐ってしまう。真ん中の席はどうだ? ちょっと窮屈だな。仕事は探してるの? いいや。お前は旅行中も働かなきゃならないのか? 違うよ、1週間は完全に休み。一緒にいたいんだ。いいね。まだネットで下らないもの売りつけてんのか? 古着をフリマで売ってるんじゃないよ。ネットのバナー広告。大嫌いだね。おいおい。好きな奴なんていないだろ。それが僕の仕事なんだ。格好いいね、お前が世界を動かしてるって訳だ。腐ったシステムに組み込まれてんだ。ネット広告がなかったらウェブサイトに無料でアクセスできないよ。ネット環境を維持してるんだ。ベンジャミンがキャビンアテンダントの説明に耳を傾けるよう促す。まだ話の途中なんだけど。注意を聞かなきゃ失礼だろ。本気で言ってるの? もちろん。
照明が落とされた機内。デヴィッドは息子エイブ(Banner Eisenberg)の動画を見てから、抗鬱薬を服用する。
航空機がワルシャワ・ショパン空港に到着する。デヴィッドが立ち上がり棚から荷物を降ろす。ベンジャミンはぐっすり寝込んでいる。
空港内を歩く。ベンジャミンは落ち込んでいるように見える。デヴィッドが大丈夫か尋ねるが、デヴィッドは迎えのドライヴァーを見つけると、明るく振る舞った。
デヴィッド・カプラン(Jesse Eisenberg)は従兄弟のベンジャミン・カプラン(Kieran Culkin)とともに亡き祖母ドリーの遺志に従い彼女の故郷ポーランドを訪れることになった。強迫神経症のデヴィッドはミッドタウンの家を出るや否や空港まで何度もベンジャミンに電話して家を出たか確認する。ジョン・F・ケネディ国際空港のロビーに到着するとベンジャミンは先に来ていた。上物のマリファナが手に入ったというベンジャミンに冷や冷やさせられるが保安検査場を無事通過。機内ではベンジャミンに窓際の席をとられ、ネット広告の仕事を貶される。デヴィッドは息子エイブ(Banner Eisenberg)の動画を眺め、抗鬱剤を飲んで気を落ち着ける。ワルシャワに到着した2人はホテルにタクシーで直行する。フロントにはベンジャミン宛にマリファナが届いていた。ホテルのロビーが2人の参加するユダヤ人の歴史を辿るツアーの集合場所であった。ガイドを務める、オックスフォード大学で東欧を研究していたジェームズ(Will Sharpe)が2人を迎える。デヴィッドとベンジャミン以外の参加者は4人。ロサンゼルスで20年間結婚生活を送り、離婚してニューヨークに戻ったアメリカ人マーシャ(Jennifer Grey)は母が収容所からの生還者であり、叔父は医学部に入学を拒否されたもののドラッグストアのチェーンの先駆者として成功を収めた。ダイアン・バインダー(Liza Sadovy)は夫のマーク・バインダー(Daniel Oreskes)とともにオハイオ州シェイカーハイツから参加していた。マークの一族は20世紀初頭にルブリンからガルベストンへ渡り大叔父は中古家具の販売で財を成したという。エロージュ(Kurt Egyiawan)はルワンダでの虐殺を生き延び、ウィニペグに逃れたことをきっかけにユダヤ教に改宗したという経歴の持ち主だった。ジェームズはツアーをワルシャワ・ゲットー蜂起の記念碑から始める。
(以下では、当初伏せられている事柄も含め、全篇について言及する。)
内向的なデヴィッドとは対照的に、ベンジャミンは保安検査場のTSA(アメリカ合衆国運輸保安庁)職員ともすぐに打ち解け談笑するほど社交的である。ツアー参加者のマーシャが1人寂しそうならすぐに声をかける。同時に、ベンジャミンは、デヴィッドの席に勝手に坐り、デヴィッドのスマートフォンをシャワー中に使う。またデータばかりを取り上げてガイドしているとジェームズを批判し、あるいはホロコーストの史跡を巡るのに鉄道の一等車に乗り込む無神経さが耐えられないと憤慨する。ベンジャミンは周囲を気にしない。そんなベンジャミンに対してデヴィッドは憧れと苛立ちとを抱えている。
好き勝手に振る舞うベンジャミンだが半年前に薬物の大量摂取による自殺を図っていた。成功した移民二世の道楽息子を地で行くベンジャミンは一族で唯一真剣に向き合ってくれた祖母ドリーを失ったことに耐えられなかったのだ。デヴィッドの脳裡には瀕死のベンジャミンの姿が焼き付いていて、ベンジャミンの精神状態が常に気になっていた。
余談だが、中高時代の同級生に、絵に描いたような優等生がいた。親しかった訳ではないが、彼とは似たような進路に進んだ。彼が自裁したということを聞いたとき思い浮かんだのは彼の笑顔だった。いつも静かに微笑んでいる姿しか思い出せない。何故彼がという思いがあった。彼のような素晴らしい人間がこの世からいなくなって、私が残っているのは理不尽だと思った。私は彼と違って単に臆病者であったに過ぎない。今でもそうだ。死が恐ろしいのだ。本作を鑑賞してまた彼のことが思い出された。墓参に誘った連中は今でも花を手向ているだろうか。悼む行為に表現など不要ではないか。
ベンジャミンは祖母の喪失を誰よりも嘆いている。だがデヴィッドは、祖母のためにもベンジャミンに立ち直ってもらいたいと強く願っている。旅行を終えるに当たり、デヴィッドはベンジャミンに平手打ちする。自ら霊媒となってドリーを乗り移らせたのだ。祖母と同じくベンジャミンを思っていると従兄弟に伝えるためだ。
平手打ちを受けたベンジャミンはデヴィッドと別れ、空港のロビーの椅子に腰掛ける。冒頭と同じベンジャミンの姿が映し出される。その姿は同じに見える。だが、旅行前のベンジャミンとはまるで異なっている。