展覧会『ポーラ ミュージアム アネックス展 2025 マテリアルの可能性』を鑑賞しての備忘録
ポーラ ミュージアム アネックスにて、2025年3月14日~4月13日。
ポーラ美術振興財団の支援を受けて在外研修を修了した作家の成果発表展。例えば2024年の第22回では「表彰と趣意」と副題が付されていたが、前回展までは副題に出展作家の作品を括る積極的意味は付与されていなかった。しかし、本年(第23回)の前期展「ルーツ(軌跡)を辿る」(2025年2月7日~3月9日)では、日本の植民地や日本人の移住先の住宅建築の共通性と差異とを示すコラージュ写真の鎌田友介、近世にヨーロッパに輸出された漆器(japan)により海を介して諸国が繋がれたことを示すべく漆を用いたシルクスクリーンで海を映す武田竜真、自らの血筋を辿って訪れたルーマニアの景観を写真と言葉とで紡いだスクリプカリウ落合安奈と、いずれも生活や文化の日本から/への伝播を扱うという共通性が副題に打ち出されていた。
「マテリアルの可能性」を掲げた本展(2025年後期展)では、商品パッケージなどに着想した物語に基づき自ら制作した彫刻と組み合わせる入江早耶、色取り取りのプラスティック製品の断片を組み合わせ有用性を排した彫刻を未来からの視点で提示する安西剛、絵具や刺繍糸だけでなくキャンヴァス・紙など支持体すらもイメージを表わす材として用いる多田佳那子の3人の作家が取り上げられる。
入江早耶の《ニューヨーク物語》はニューヨーク滞在中に入手した商品パッケージなどエフェメラのイメージを消しゴムで一部消去し、それと樹脂粘土とで新たなイメージを加え、自ら生み出した物語とともに提示する作品。《ニューヨーク物語:女神と甘党》では、シアトル発祥のコーヒーチェーンの紙コップからロゴのセイレーンが顔を覗かせている。砂糖を入れた男に金の砂糖か銀の砂糖か尋ね、いずれでもないとして否定した正直者の男に健康に良い甘くない珈琲を与える女神である。「金の斧」のパロディであるが、健康という価値を押し付ける風潮に対する諷刺となっている。《ニューヨーク物語:ファッション革命》ではファッションカタログのパッケージに皆がスカートを身に付ける時代を描いて性差をテーマとし、《ニューヨーク物語:人気の物件情報》では旅行パンフレットをもとに100年以上に渡り常に家に住みついている存在のお蔭で防犯上の問題がない屋敷を取り上げ、空き家問題を描いている。《蛇祥天ダスト》は、農産物の段ボールをもとに、南米から輸入された農産物に紛れ込んだアステカ神話の地母神コアトリクエ――岡本太郎が惚れ込み、太陽の塔の内部にレプリカを飾ったことでも知られる――が日本に渡って掛軸の吉祥天と出遭い習合するというグローバリゼーションの時代の神話を創造し、「蛇祥天」の彫刻を提示する。《木土偶地蔵ダスト》シリーズは、商品パッケージなどエフェメラをもとに制作された、土偶や埴輪のような形態の彫刻作品。宅配業者の黒猫の親子に基づく埴輪、ドーナツの頭部を持つ土偶などが並べられる。
安西剛の《Unsettled》シリーズは色取り取りのプラスティック製の容器や調理器具や清掃用具などを組み合わせ、モーターで蜿々とぎこちない動作を繰り返す動く彫刻。ジャン・ティンゲリー(Jean Tinguely)の流れを汲んでいる。意味なく回転し、床をのたうち廻るカラフルな彫刻群は見ていて飽きない。およそ重力に抗して立ち続ける彫刻は人間のメタファーであるが、《Unsettled》シリーズは、這いつくばって生きる、チャールズ・ブコウスキー(Charles Bukowski)に通じる人間像を提示するのである。《Artifact》シリーズは、出土遺物から復元された土器のように、同系色のプラスティックの破片を繋ぎ併せ、未来の人々が打ち棄てられたプラスティックゴミから過去の人々の文化を再現したらという構えの作品。プラスティック部品から全体の形を創造して描き足した《OOPArts》シリーズも同趣旨である。役に多立たないということは、他の目的のための手段として利用できないということである。そこには純粋な美の可能性がある。作品を人間のメタファーとして捉えるとき、作品群の構成するインスタレーションを、イマヌエル・カント(Immanuel Kant)の「目的の王国(Reich der Zwecke)」と解することの可能である。
多田佳那子の油彩画《葉々》は緑の葉を青い背景に描き出した作品。その横に並ぶ油彩画《溶けていく文様(青)》や油彩画《溶けていく文様(赤)》は黄色い背景に青や赤の植物を表わしたと思しき作品で、唐草文様のような生命の連なりを表わす作品と解される。油彩画《月の描きかた》は茶や赤の層の上に緑の"^"の形を置き、左上に大きく白い円を表わす。"^"が山となり、白い円が月となって姿を現わす。《The Waves》は淡く塗られた白っぽい水色の絵具が強く張られた麻の歪む木目を露わにする。歪む糸が波の動きを表現する。縦長の木枠に向こう側が透けるほど麻を張った《魚の背骨》では左上に赤と青の着彩があるのみで、木枠と麻布が主たるイメージを構成している。《Sentence Stress》は木枠に張っていない抹茶色の布に"sentence stress"の文字や流れる線を刺繍で現わしてある。ドローイングであれば容易な作業を、敢て布の表と裏とを通る糸の紆余曲折の末に実現させている。テクスト(文字列)とテクスチャー(生地)、さらにはコンテクスト(背景・状況)を表現することで、絵画の図と地、絵具と支持体、画布と木枠といった枠組みに対する疑義が表明されている。
3人の作家は、考古学的な発想により、あるいはブリコラージュの手法によって、マテリアルの組み替えを行い、既存のコンテクストを相対化して見せる点で共通する。