展覧会 服部知佳個展『絵空』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿にて、2025年3月22日~4月5日。
魚の尾鰭など水中の生き物を思わせるイメージを円形画面に表わした絵画で構成される、服部知佳の個展。
キーヴィジュアルの《fly to the moon》(φ800mm)は、青と白とで観賞魚の腹から複雑な尾鰭にかけてを表わした作品。右上に向かう魚の腹に鱗の表現はない。寒色系の色にも拘わらず温かみのある白と相俟って、複雑な襞を持つ尾が水中でゆっくりと揺蕩う様子が強調される。緩やかに水中で浮き上がる姿は、夜空を月に向かって舞い上がる連想へと誘う。
《like a dancer》(φ800mm)は左向きの観賞魚の淡い浅黄色の腹から画面の全体に拡がる白と赤の尾鰭とを表わし、《phoenix dance》(φ800mm)には観賞魚の主に赤と紫の尾鰭が上に向かい拡がる姿が描かれる。尾鰭を閃かせる様子が裾を靡かせて踊る姿に擬えられている。
《starstuff》(φ600mm)や《moonstuff》(φ600mm)はイソギンチャクの一部を拡大して描いたと思しき作品。淡い青あるいは淡い紫の中で温かみのある白が発光するように浮かび上がる。水中に夜空ないし宇宙のイメージが重ねられている。
《memory of lemuria》(φ300mm)と《smell of lemuria》(φ300mm)珊瑚と卵あるいは気泡を表わしたと思われる作品。レムリア(Lemuria)という仮想の大陸の名がタイトルが冠されていることに着目すると、ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)『海底二万里(Vingt mille lieues sous les mers)』のネモ船長よろしく、作家は水中に地上とは異なる世界を見出していることが分かる。実際、ギャラリーの照明は照度が抑えられ丸窓のような画面からは水中の世界が覗く。展示空間が潜水艦ノーチラス号の船内に見立てられていることに気付く。
地上に見切りを付けたネモ船長は海の世界に自らの活路を見出すが、海中にも侵略者の手は伸び、自由を謳歌し続けることはできない。だがネモ船長のように悲嘆に暮れる必要はない。絵画=絵空事という未知の海(mare incognitum)は、どこまでも拡がり続けるからである。And let me play among the stars!