展覧会『中村早紀展「したたるあとかた」』を鑑賞しての備忘録
JINEN GALLERYにて、2025年4月1日~6日。
透明度のある色付きのグラシン紙を切り、重ねることでイメージを表わす、中村早紀の個展。絵具を用いず素材のテクスチュアのみで表現するイメージは、熊谷守一のような趣がある。但し、抽象化の程度は熊谷守一より高い。
《散りばめられた光》(120mm×150mm)は、黄のグラシン紙の上から複数の穴を穿った緑のグラシン紙を重ねることで、画面一杯に黄色い光の点が淡く浮かぶ。緑の紙は黄の紙によってくすんだ黄緑へと変じている。上端と下端に切り込みを入れることで褶曲するカーテンとして提示され、透明のアクリル板に挿入されることで窓辺で揺れるカーテンとして姿を現わす。あるいは、レースのカーテン越しに木洩れ日が入り込む様を表わすのかもしれない。
カーテンのイメージは《春風》(220mm×273mm)にも登場する。木の板の左右両端に赤いグラシン紙をカットして貼り付けた、タッセルで結ばれたカーテンである。その間に緑や黄緑の木の葉状に切り抜いたグラシン紙を貼り付けてある。すなわち新葉のために落ちる古い葉、春落葉である。カーテンを開けた窓と相俟って、新しい生活の始まりを告げる。木目が春風を演出する。
《ゆれうごく》(410mm×318mm)は板の中央やや右側に、瓦のような形状の山吹色のグラシン紙が横に連ねてある。6枚の切片それぞれ形状を少しずつ違えてあり、上下のアウトラインが作る波状の線が風に揺られる様を表現している。左端の切片は画面の左側に到達せず、右端の切片は画面の右端に接している。画面内の中途と、切片の列が中途。この2つの中途が、さらなる連続を想起させる。
揺れ動きとともに重要なのが連続のモティーフである。《つないでいく》(220mm×273mm)では、青い半円状のグラシン紙の列が、中央と後方(画面左上)を横断する。そちらも画面の端で切れることで、画面外へと連続することが示唆される。万国旗のような吊るしは、志野や織部の茶碗に見られる、勧請縄(勧進吊)すなわち注連縄に通じる。此岸と彼岸の境界を仕切るのだ。木目が三途の川に見えて来る。
限られたモティーフで作品を仕立てるミニマリズムの手法は、俳句に通じる。例えば「荒海や佐渡に横たふ天の川」の動と静、地と天のように、今ここないし現実と、いつか遙か彼方ないし空想との対照を示す。全く異なる2つの世界を切り分けるとともに繋ぐ。滴る(下たる)あとかた(跡形)という現在から、未来・過去へあるいは空想の世界へと飛翔する、発射装置、発射台である。