映画『FEMME フェム』を干渉しての備忘録
2023年製作のイギリス映画。
98分。
監督は、サム・H・フリーマン(Sam H. Freeman)とン・チュンピン(Ng Choon Ping)。
撮影は、ジェームズ・ローズ(James Rhodes)。
美術は、クリス・メルグラム(Chris Melgram)。
衣装は、ブキ・エビエスワ(Buki Ebiesuwa)。
編集は、セリーナ・マッカーサー(Selina Macarthur)。
音楽は、アダム・ヤノタ・ブゾウスキ(Adam Janota Bzowski)。
原題は、"Femme"。
イーストロンドン。ナイトクラブの楽屋。鏡台でジュール(Nathan Stewart-Jarrett)が鼻歌交じりに化粧をしている。
ジュールの脚に粉をかけてモリー(Antonia Clarke)たちがブーツを履かせようとしている。トビー(John McCrea)がその様子を撮影する。彼のパパは彼に外科医になって欲しかったんでしょ。あなたのパパは私と同じように私のことが好きなの。
ジュールがバックダンサーとともに振付を確認する。
齧り付きで見てるから、ブレイクアレッグ(幸運を祈るわ)。再び鏡台に向かうジュールはトビーに声をかけられる。ハイヒールを履いているときにぴったりな言葉ね。ジュールとトビーがキスをする。何よ。友人のキス。何も言ってないでしょ、とモリー。アントン(Peter Clements)、あと何分ある? 20分。
ジュールが店の外で客に挨拶を交わす。一服していると、通りの向かい側に好みのルックスの青年(George MacKay)がいた。ジュールが見詰めていると立ち去る。可愛いわね。
ステージのアントンが声を張り上げ客を煽りジュールを呼び込む。青い光に照らされ、青いロングドレスを纏ったジュールは、長い裾をバックダンサーに持ってもらいながらステージに上がる。♪映画スターになった気分 ♪みんなの視線が注がれる…。シャイガールの「クレオ」に合わせてジュールがバックダンサーを従えて踊る。
パフォーマンスを終えたジュールが外に出て一服しようとするが生憎シガーケースは空だった。やむを得ず人通りの無い夜道を歩いて近くの食料雑貨店に向かう。カウンターで待っていると、騒がしい男たちの集団が入って来た。その中に先ほど見かけた青年の姿もあった。黄色のフードのパーカーから覗く首にはタトゥーが入っている。さっさと煙草を買って店を出たいが、電話をしながら買い物する女性の会計がなかなか終わらない。おい、奴は男だろ? クソなオカマだよ。男たちがジュールを見て馬鹿にする。さすがお仲間ね。ジュールが小声で呟く。何だよ。何て言った? 俺に言えよ。ハイヒールを履いたデカい男だろ。こっち向けよ。煙草を買い求めていたジュールが意を決して男の方を向いて言い放つ。仲間の前じゃオカマ呼ばわりなのね、さっきは私に見蕩れてたくせに。タトゥー以外の連中が笑う。何だよ知り合いかよ。坊や、ペニ棒咥えたくなって私にメッセージなんて送らないでよ。坊やもペ二棒もタイプじゃないの。仲間達が囃し立てる。ジュールが言い捨てて店を出る。ちょっと待てよ。キレた黄色いパーカーの男がジュールの後を追う。仲間たちも面白がって付いて行く。ハイヒールで歩くジュールはすぐに追いつかれる。どこに行くつもりだ? 振り返れよ! 仲間たちは二人を追い、オカマに虚仮にされたと揶揄いながらスマホで動画を撮っている。振り返れって言ってんだ! 男がジュールに掴みかかる。離してよ! 男はジュールを地面に引き倒すと、蹴りを入れる。何て格好してんだよ! お前はクソデカい男だろ! 男がナイフを取り出したので、盛り上がっていた仲間たちも慌てて止めに入る。だが男は却って激昂する。お前はクソデカい男だろうが! 男はジュールを蹴り上げる。
暗い歩道から丸裸にされたジュールが立ち上がる。よたよたと歩いてジュールがナイトクラブに戻る。煙草を吸いに出ていたモリーやトビーが気付いて慌てて駆け寄る。額から血が流れる。ボーッとしてないで救急車を呼んで! 2人に抱き留められたジュールが嗚咽する。
イーストロンドンのナイトクラブ。ジュール(Nathan Stewart-Jarrett)は入念に化粧を施してドラァグクイーン「アフロディテ・バンクス」に変身する。一服しようと外に出た際、通りの向かいに好みのタイプの青年(George MacKay)が立っているのを見かけた。ジュールが見詰めるとすぐに立ち去ってしまった。ショーを終えたジュールは煙草が切れていることに気付き、近くの食料雑貨店まで歩いて行った。レジに並んでいると後から入店してきた男たちがジュールを見て女装の大男と揶揄う。ジュールは黄色いパーカーを着て首からタトゥーを覗かせている男が先ほど見かけた青年だと気付き、さっきは見蕩れてたくせにと言う。タトゥーの男は激しく動揺し、激昂する。店を出て行ったジュールを追いかけ暴行し、衣服を剥ぎ取った。
暴行を受けて以来3ヶ月、ジュールは家に引き籠もってゲームばかりしている。部屋をシェアしているトビー(John McCrea)が心配して連れ出そうとするが、モリー(Antonia Clarke)はまだそうっとしくように言う。2人の気遣いに心が動いたジュールは生活を立て直そうと1人バスに乗り、ハッテン場のサウナに行った。すぐにジュールは声を掛けられるが、気分じゃないと断る。ぼんやりとポルノを見ていると、近くでタトゥーの男が隣の男と揉めて声を荒げた。ジュールを痛め付けた男だった。ジュールはロッカールームに引き上げた彼を追う。ジュールは彼に誘われ自宅に招かれた。彼に後ろから挿れられようとしたところで折悪しく同居人たちが帰って来た。部屋に隠れているように言われたが、ジュールは彼の黄色いパーカーを着て出て行く。オズ(Aaron Heffernan)に見咎められたジュールは、獄中の知り合いでクスリのために来たと咄嗟に答える。部屋を出たジュールに男は電話番号を入力するよう迫り、連絡を待つように言った。男はプレストンという名だった。
(以下では、全篇の内容について言及する。)
ジュールとの関係が深まった後、ジュールに行為を撮影されていたことを知ったプレストンは激昂する。だがアフロディテ・バンクスに対して行ったような暴力は振わなかった。ジュールに対してショックを受けると切れてしまうと吐露する。
プレストンは異性愛者の男性社会で、自らがホモセクシャルを隠して生きている。プレストンがちょっとしたことにも激しく動揺しキレるのは、自らの性的志向が露見することを常に恐れているからだ。恐怖を隠すために攻撃的になっているのだ。
プレストンはナイトクラブの近くでアフロディテ・バンクスを目撃し、目を奪われる。「アフロディテ・バンクス」もまたプレストンに興味を抱く。だが、2人は相思相愛にならなかった。プレストンは仲間たちと一緒に入った食料雑貨店でアフロディテ・バンクスに遭遇してしまう。ゲイであることが発覚しないよう、連んでいる男たちと一緒になってアフロディテ・バンクスを揶揄い、中傷する。無論、アフロディテ・バンクスには耐え難い。見覚えのあるプレストンが自分に興味を持って見ていたことを訴える。カミングアウトを強制されるに等しい言葉にプレストンは激しく動揺する、アフロディテ・バンクスを徹底的に痛め付けることで自分がゲイであることを否定してみせるしかなかった。
ハッテン場のサウナで偶然プレストンを目撃したジュールは、接近する。プレストンはドラァグクイーンの化粧をしていないジュールがアフロディテ・バンクスであると気付かない。プレストンは自らの部屋にジュールを連れ込むが、予想外にオズたちが早くに帰宅し、目的を果たせない。ジュールは機転を利かせ、刑務所で知り合ったプレストンにドラッグを求めてきたことにする。その際、ジュールはプレストンの黄色いパーカーを着ていく。
プレストンはパーカーの返却を口実にジュールの連絡先を手に入れる。後にプレストンはパーカーは贋ブランド品だから返却の必要は無いとジュールに告げる。贋物のパーカーを着ていたプレストンは、ゲイであることを隠し、贋物のパーカーを着るジュールは、プレストンに復讐のために近づいていることを隠している。贋物のパーカーは、本心を隠していることを暗示するのである。故に、ブランドものの黄色いパーカーは、本心のメタファーとなるのである。
プレストンに服従していたジュールが次第にプレストンを操るようになっていく。だが自分の望んでいた復讐ができる立場に立ったときには、ジュールは自らを愛してくれるプレストンに復讐することの虚しさを悟る。
柔らかな光のような黄色いパーカーに包まれたジュールは、プレストンの過ちにに報復すること無く、プレストンの愛に応えるだろう。…という甘い解釈に駆られてしまう。
この映画に関心のある向きには、『DOGMAN ドッグマン(Dogman)』(2023)や『ナチュラルウーマン(Una mujer fantástica)』(2017)をお薦めしたい。