可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 板東優個展『体温』

展覧会『板東優展「体温」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋美術画廊にて、2025年4月2日~7日。

《体温》、《輪郭のない姿》、《休息するアニマ》の3点の彫刻(石膏型)を中心に、小品やスケッチ、エスキースなどで構成される、板東優の彫刻と素描を展観。

表題作の《体温》(1290mm×700mm×1100mm)は、右に捻った頭を下に向けて立つ馬を表わしたブロンズ像石膏型。一見して馬の形と分かるが、鼻梁や鼻孔、鬣などを除き、細部は粘土を手で伸ばす線などで抽象的に表わされている。《馬》と題した馬のスケッチでは素早く簡潔な七色の線で馬の姿を捉え、一転、《体温》のエスキースでは、黒ないし白を執拗に塗り込め、量塊としての馬が表わされている。発光、軽やかさ、視覚としての《馬》との対照で、《体温》の重さ、触覚、熱が伝わる。
《輪郭のない姿》(1770mm×700mm×700mm)は、床に接する部分に柱礎のような拡がりを持つ柱状のブロンズ像石膏型である。尤も、粘土を手で縦に引き延ばした跡はシャフトの溝彫りというよりも流水や生命の印象を生む。輪郭という実体の無い線に囚われるのは錯覚であり、また世界を切り分ける言葉ないし抽象の作用である。いかに視覚と言葉に絡め取られずに対照を捉えるかの実験と思しい。
《休息するアニマ》(1000mm×1700mm×570mm)は、L字型のブロンズ像石膏型。ルネ・マグリット(René Magritte)の《ダヴィッドのレカミエ婦人(Madame Récamier de David)》に登場する寝椅子の上で折れ曲がる棺を彷彿とさせる。ダヴィッドはレカミエ婦人を古代ローマの貴婦人に見立てている。マグリットダヴィドのアナクロニズムに死の召喚という主題を見出し、死を象徴する棺を擬人化してみせたのではないか。作家は死を棺に形象化、象徴化したマグリットの発想を反転させることで言語化・抽象化を無効化すべく、輪郭の無い存在としての魂(anima)の表現に挑んでいる。視覚で捉えられない感覚を、肌感覚で感知されるその場限りの何かを「体温」という言葉に託すのだろう。