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芸術鑑賞の備忘録

映画『バーラ先生の特別授業』

映画『バーラ先生の特別授業』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のインド映画。
134分。
監督・脚本は、ベンキー・アトゥルーリ(వెంకీ అట్లూరి/வெங்கி அட்லூரி/Venky Atluri)。
撮影は、J・ユバラージ(జె. యువరాజ్/ஜே. யுவராஜ்/J. Yuvaraj)。
編集は、ナヴィーン・ヌール(నవీన్ నూలి/நவீன் நூலி/Navin Nooli)。
音楽は、G・V・プラカーシュ(జి. వి. ప్రకాష్/ஜி. வி. பிரகாஷ்/G.V. Prakash Kumar)。
134分。
テルグ語題は"సార్"。タミル語題は"வாத்தி"。英題は、"Vaathi"。

 

2022年6月。私立ティルパティ学園のティルパティ高校。次々と生徒が登校する。ロビーでは職員が入学希望者の両親に教育費用について説明している。制服を購入して頂かなくてはなりませんので追加費用が必要です。月末までに納付願いします。複数ある入学窓口はいずれも保護者が列を作る。小切手での支払いは20%までです。残りは現金でお支払い下さい。
数学の授業では講師が三角比を説明している。アブヒラム(సాథ్విక్ వర్మ/சாத்விக் வர்மா/Sathvik Varma)は、左右に坐る友人がスマートフォンでゲームをしたり眠ってたりしている中、授業を聞いている。ホワイトボードの問題を書き写して月曜までに解いてくるよう講師が求めたところで就業のベルが鳴る。アブヒラムは授業の内容も宿題もさっぱり分からない。
アブヒラムが帰宅すると、リヴィングで客に応対していた父親から書類に署名するよう求められた。台所で母親に尋ねる。誰が来てるの? ヴィデオ屋を売るの。なんで? 何でって、お前、今の成績じゃ永遠に工学部に入れないだろ。顔を出した父親が口を挟む。先立つものが無い以上売らざるを得ない。明日店に行って片付けをしろ。
アブヒラムが友人2人を連れてブーパティビデオ店に向かう。町で最初のビデオ店で、最後のビデオ店だ。俺のせいで売られてしまった。そんなにがっかりするなよ、お前の学費のためなんだろ。シャッターを開け、3人が店内に入る。前回来たのはいつなんだ? 埃っぽいな。商品を片付けていると、棚の奥からポルノが出てきた。祖父さんのコレクションじゃないか? ネットでも出回ってなさそうだな。もっと探してみよう。DVDの奥から木箱が現われた。何で隠してあるんだろう? 箱を開けると、ヴィデオカセットが入っていた。余程の禁制品に違いないと興奮した3人は木箱を持ってアブヒラムの家に行き、ヴィデオを再生することにする。古いヴィデオデッキを取り出し、テレビに接続する。音量を絞れ! 3人はワクワクしながらヴィデオを再生する。教師が黒板に数式を各場面が映し出されていた。誰だ? 主人公だろ。何で授業を? 絡みの前に物語があるんだよ。興奮してヴィデオを見詰める3人。だが蜿々と授業が続く。いつまで続くんだ? 早送りしろよ。アブヒラムが正弦と余弦の関係を用いた問題の説明を見て、巻き戻すように言う。これ、今日の宿題の問題じゃないか? アブヒラムはノートに説明を書き写す。きちんと説明してくれた。誰なんだ? 箱の中を探ると、貸し出しのカードがあり、A.M.クマールという名前が記されていた。この住所は? ここから40キロってとこだ。行ってみないか? 何で? この先生の授業を受ければ成績が上がるんじゃないか? そうすれば両親にカネを出して貰わなくても済むかもしれない。3人はバイクでショラヴァラムに向かった。
アブヒラムが遊んでいた少年にA.M.クマールの家を尋ねる。クマール、お前の家を探してるって。僕? 彼じゃないな。50くらいのはずなんだ。続いて女性に尋ねる。この村にはクマールはたくさんいるわ、どのクマール? 20年くらい前に教師をしていた人なんです。学校に行って尋ねると、彼は年配の男性がクマールは先生じゃなくて生徒だと教えてくれた。今はどこに? アンダーラにいる。カダパ地区の行政長官だと。
3人はバスに乗り、アンダーラに向かった。立派な庁舎に向かい、行政長官に会いたいと申し出る。執務室に通されると、A.M.クマール(సుమంత్ కుమార్/சுமந்த்/Sumanth)が机に向かっていた。あの人は探してる人と違うだろ、帰ろうぜ。3人が揉めているとクマールに声をかけられる。君たちは何者かね? ヴェールールから来ました。彼の祖父のヴィデオ店の店仕舞いをしていて…。ヴィデオ店? お祖父さんの名前は? ブーパティ(రాజేంద్రన్/இராசேந்திரன்/Rajendran)と言います。君はブーパティさんの孫なのか? 掛け給え。学生時代、君のお祖父さんと大変親しくしていてね。葬儀にも参列したんだ。君はまだ4歳か5歳だったろう。4歳でした。で、要件は何なんだね? 祖父の店を片付けていてヴィデオカセットを見つけたんです。見てみたら、授業の映像なんです。先生が何者か知りたくて。貸し出しカードにあなたの名前がありました。行政長官はヴィデオカセットを手に取りしみじみと眺める。あの教師は誰なんです? 私の恩師だ。バーラ先生。行政長官が壁を見やる。そこには額装されたバーラ(ధనుష్/தனுஷ்/Dhanush)の写真が飾られていた。

 

2022年6月。私立ティルパティ高校に通うアブヒラム(సాథ్విక్ వర్మ/சாத்விக் வர்மா/Sathvik Varma)は工学部志望だが数学がまるでできない。父親は予備校の費用に充てるために祖父ブーパティ(రాజేంద్రన్/இராசேந்திரன்/Rajendran)が遺したヴィデオ店を売却することにした。アブヒラムが友人とヴィデオ店の片付けをしていると、木箱に厳重に保管されたヴィデオカセットがあり、過激なポルノと期待して視聴すると数学の授業の録画だった。アブヒラムらは先生に数学を習おうと、貸し出しカードに記載されたA.M.クマール(సుమంత్ కుమార్/சுமந்த்/Sumanth)を探し出す。カダパ地区の行政長官となっていたA.M.クマールは、面会した3人にヴィデオの教師はバーラ先生(ధనుష్/தனுஷ்/Dhanush)だと言って恩師との思い出を語り始める。
1990年代、民営化政策による経済成長で生活水準が向上すると、より豊かな暮らしを求めた人々は子供たちに工学や医学の教育を授けようとした。私立学校の経営者は好機到来と、医歯薬工学系学部に進学するための試験(TNPCEE)対策に特化した学校を設置して繁昌した。優秀な教員は待遇のいい私立学校に引き抜かれ、教員を確保できなくなった公立高等学校の閉鎖が相次いだ。教育が一部富裕層のものになり高等教育の機会が奪われたと抗議活動が高まると、1998年、教育大臣(ఇళవరసు/இளவரசு/Ilavarasu)が公立・私立を問わず授業料を同一に抑える方針を打ち出す。私立学校協会会長スリニヴァス・ティルパティ(సముద్రఖని/சமுத்திரக்கனி/P. Samuthirakani)は欠員の生じている公立高校に教師を派遣すると発表し授業料共通化を阻止する。三流・新人教師を派遣して公立高校を維持しつつ、富裕層には有能な教師の集まる私立高校を選択してもらう魂胆だった。
私立学校協会に加盟する私立高校から公立高校への教師派遣事業がスタートし、ティルパティ学園のバーラ・ガンガダル・ティラクらはチョーラワラムの公立高校に赴任した。バーラらは町長(సాయి కుమార్/பி. சாய் குமார்/P. Sai Kumar)を始め、校長(తనికెళ్ళ భరణి/தனிகில்லா பரணி/Tanikella Bharani)、生物教師ミーナクシ(సంయుక్త మీనన్/சம்யுக்தா மேனன்/Samyuktha)、生徒らに歓迎された。だが翌日バーラが高校に向かうと、教室に生徒が1人もいなかった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

チョーラワラムの人々は公教育が当てにならないと子供たちを高校に通わせる代わりに働かせていた。バーラは一目惚れしたミーナクシに生徒を通学させると宣言し、住人に影響力を持つ町長に高校生とその保護者を学校に呼び集めてもらう。バーラは「ミサイルマン」ことアブドゥル・カラーム(அப்துல் கலாம்/Abdul Kalam)を引き合いに教育が社会に貢献する人材を生むと指摘し、金を稼ぐ方法は多々あるとしても敬意を得るには教育の他にないと訴え、生徒たちの心を摑む。
バーラの指導でチョーラワラム高校の生徒たち全員が一等級の成績で試験に合格した。面喰らったのはティルパティだ。公立高校で十分高い学力が得られるとなれば保護者は学費の高い私立高校に子供を通わせようとは思わなくなり、商売あがったりだ。ティルパティはバーラを解任し、バーラが農地にTNPCEE対策の塾を開くと、ティルパティの差し金で町長が土地所有者を買収し、破落戸を使って塾を破壊させる。バーラは町長と結託し破落戸を取り締まらないスレシュ警部(Naga Mahesh)に抗議して公務執行妨害で逮捕され、村を追放される。

(以下では、後半の内容についても言及する。)

ミーナクシからチョーラワラム高校の惨状を聞いたバーラは授業を撮影して映画館で上映することを思いつく。
バーラの映像授業はインターネットで様々な授業を受けられる現在の学習環境に通じるものがある。手段があっても意欲がなければ学習成果を上げることはできない。バーラは生徒の意欲を引き出す。
バーラは名を捨てて実を取る。教室内でカーストの異なる生徒同士が不和になれば、同じ教室で入れ替え制でそれぞれ違う内容を教え、お互いに協力して教え合うように仕向け、学習にカーストは関係ないと分からせる。TNPCEEに上位で合格した生徒たちにティルパティが見返りを与える代わりにティルパティの予備校に通ったことにして欲しいと求めてくれば、生徒たちに躊躇わず契約書にサインして見返りを手に入れるよう勧める。
正弦の二乗と余弦の二乗の和が1(単位円の半径)となることに関係する宿題が冒頭に描かれているのは、円環のイメージを引き寄せるためだろう。知識は知恵は(一握りの裕福なものが独占するものではなく)共有されるべきであり(バーラがティルパティと直接対決する場面)、次々と引き継がれていかなければならない(バーラが生徒たちにティルパティとの契約書に署名を勧める場面)。すなわちバーラの考えでは、教育は法輪のごとく広まってゆくべきなのであり、それが本作のメッセージである。