展覧会『前田常作』を鑑賞しての備忘録
東京画廊+BTAPにて、2025年4月12日~5月17日。
前田常作(1926-2007)が1957から1967年にかけて制作した絵画7点を展観。
ギャラリーに入ると最初に目に入る(入口の向かいの壁に掛かる)作品の1つである《夜》(805mm×1000mm)(1957)は、題名にも拘わらず、山吹色を基調に、太陽を想起させる向日葵の花のようなイメージが画面一杯に拡がる。鋭角三角形状の舌状花の中は、コロナウイルスのような形など様々な有機的な形で構成される。
最初に目に入るもう1点《埋没》(1300mm×970mm)(1957)は、微かに緑、青、赤が差されたモノクロームに近い画面で、下部に護岸工事を施した埠頭のような形が見えることから、建物の密集した湾岸部の地図のようである。黒い線の重なりは細胞質基質にも見え、顕微鏡を覗き込んだイメージにも見える。
展示順の冒頭を飾る《交響 No.1》(534mm×458mm)(1958)は、画面一杯に膜に覆われた、細胞小器官のあまり発達していない細胞のようなイメージが青緑を基調に描かれている。青緑の「細胞膜」に覆われた「細胞」内は白味がある青緑色で、細かに描き込まれた黒い線が「細胞骨格」のように満ちている。細胞は社会のメタファーであり、調和(symphony)の象徴かもしれない。
展示作品中最大画面の《人間風景 No.32》(1300mm×1940mm)(1961-62)には、左側に綿毛になったタンポポ、右側に綿毛に触れようとする右手のようなイメージが配されている、モノクロームの作品。「タンポポ」の内部はジグソーパズルのピースのようなもので埋め尽くされ、細胞核のよな点が配されている。「タンポポ」の右側には光が拡散するように放射状にジグソーパズルのピースが描き込まれている。手で触れることでタンポポの綿毛は飛散する。光のイメージが重なると、始めに光があるという『ヨハネによる福音書』や『創世記』が連想され、「産めよ、増えよ、地に満ちよ」という言葉が谺する。
もっとも、《涅槃のイメージ》(1000mm×730mm)(1960)には車輪のようなものから雫のような形が流れ出す様子が表わされる。輪廻からの解放だろう。キリスト教よりも仏教を始めとしたアジアの宗教・思想に親和性がある。
《形而上の空間(火 No.3)》(909mm×724mm)(1966-67)には白く明るい画面に朱・青・赤・黄・橙・紫・白などの縞で流線や円・三角形・直体など幾何学形などを表わし、梵字や卦を配している。花の垂れ下がる向日葵と見れば、《夜》に通じる。
《誕生環 No.14》(510mm×610mm)(1964)は、白い画面に水滴と受精卵のようなイメージが描かれている。「水滴」に重ねられた青い円は「水滴」の内部を透かし見るがごとく、「受精卵」の内実を明らかにする。球の中心には黄色い核があり、その周囲に外に向かって、緑、青で、核弾頭にもコンドームにも脚にも見える形が埋め尽くしている。さらにその外周には黄、青、赤のマーブル模様が拡がる。「受精卵」は太極=太陰であり、雫は陰陽のイメージを引き寄せる。
作品に通底しているのは、向日葵、太陽、昼である。そして、陰陽は重なる以上、太陽には月が、昼には夜が存在する。《夜》が作品を見るための手掛かりなのであった。