映画『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』を鑑賞しての備忘録
2023年のポーランド・ニュージーランド合作映画。
111分。
監督・脚本は、ジェームス・ネイピア・ロバートソン(James Napier Robertson)。
撮影は、トマシュ・ナウミュク(Tomasz Naumiuk)。
美術は、ヨアンナ・カチンスカ(Joanna Kaczynska)。
衣装は、カタジナ・レビンスカ(Katarzyna Lewinska)。
編集は、クリス・プラマー(Chris Plummer)とマーティン・ブリンクラー(Martin Brinker)。
音楽は、ダナ・ランド(Dana Lund)。
原題は、"Joika"。
15歳のジョイカ・ウォマック(Talia Ryder)は史上初のボリショイ・アカデミーに入学したアメリカ人です。ドキュメンタリー番組の間にホームヴィデオが挿入される。3歳のジョイカ(Sofia Napier Robertson)がカメラの前で廻ってみせる。もう1回やって見せて。4歳になったジョイカ(Ella Dobler)がステージで踊る姿を捉えた映像。10歳ジョイカ(Meaghan O'Meara)がスタジオでバレエの練習に励む。ジョイカがカメラを手に家の中を撮影する。自分にカメラを向ける。4日後に出発します。母です。まだ荷造り始めてません! エレノア・ウォマック(Natasha Alderslade)が告白する。用意はいい? 第1アラベスク! ジョイカの掛け声で集まった人たちが片脚を後ろに上げ、軸足側の腕を前に伸ばす。アメリカの学校でダンスをしていてスカウトされたとか? ワシントンのキーロフ劇場です。ボリショイは長年の夢ですか? そうです。7歳の時から。ジョイカの部屋の壁が映る。賞状などとともにダンサーの写真が飾られている。ナタリヤ・オシポワ(Natalia Osipova)です。私の憧れのバレリーナ。いつか彼女みたいになりたい。彼女は史上最高だから。アナスタシア・クズネツォワ。ボリショイのプリマです。本当におめでとうございます。もの凄い重圧を感じませんか? 一挙手一投足に注目が集まりますよね。圧倒されてしまいませんか? ダンスは私の人生そのものです。私にとって全てです。既に感じている以上の重圧になることはないです。頼もしいですね。歴史を作るというあなたの挑戦が成功することを祈っています。
花のアーチが並ぶ薄暗い舞台でスポットに照らし出されることなくバレリーナがグランフェッテを舞う。
目覚まし時計が鳴る。ジョイカが眼を覚ます。髪の毛を縛る。軽く肩や手を回して部屋を出る。
レオタードを着たジョイカがイヤホンをしてスタジオに向かう。廊下にはバレエダンサーの写真が飾られている。ボリショイ・アカデミーの秋の講座の初日。ジョイカはスタジオに一番乗りした。ナターシャ(Erica Horwood)が入ってくる。доброе утро. Я Джой. 勉強中のロシア語で話しかけるがナターシャは無言でストレッチを始めた。次々と他のバレリーナも入って来た。それぞれが屈伸したり、トゥシューズの手入れをしたりする。Все смотрят на нее, когда видят ее впервые. 近くにいたカティヤ(Tamila Dudnik)がジョイカに語りかけた。何ですって? Наташа. Вот откуда вы знаете, что именно ее выберет Большой театр. На что надеяться остальным из нас? ジョイカは彼女が何を言ってくれているのかさっぱり分からない。Мне жаль. Мой русский... Я Джой. 知ってる。アメリカ人でしょ。みんな何故あなたがここに入れたのか不思議に思ってるわ。特別なんでしょうね。そのときタチアナ・ヴォルコワ(Diane Kruger)が現われた。
ボリショイ・バレエ団のナタリヤ・オシポワ(Natalia Osipova)のようなプリマになるとバレエを続けてきたジョイカ・ウォマック(Talia Ryder)は、15歳で史上初めてボリショイ・アカデミーに入学を許可された。母親エレノア・ウォマック(Natasha Alderslade)への連絡も絶ち、ロシア語を独習しながら、タチアナ・ヴォルコワ(Diane Kruger)の厳しい指導に必死についていく。だがニコライ・レベデフ(Oleg Ivenko)から才能と努力だけではボリショイに選ばれないと忠告される。ボリショイの入団審査の課題は「パキータ」だと告知され、ナターシャ(Erica Horwood)、ナディア(Martyna Wrzesinska)、カティヤ(Tamila Dudnik)のクラスのトップ3人とともに、自分よりも格下のバレリーナ2人が選抜された。ジョイカはヴォルコワに自分を選ぶよう訴えると、アメリカ人ではボリショイは無理だと他のカンパニーのオーディションがあれば推薦すると言下に否定された。ボリショイに入団するために指導通りに誰よりも努力を重ねてきたと退学も辞さない覚悟で食い下がると、明朝に「エスメラルダ」で追加審査すると告げられた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ロシアを代表するボリショイ・バレエ団のプリマになるために全てを賭ける、アメリカ人のバレリーナ、ジョイカ・ウォマックの姿を描く。
タチアナ・ヴォルコワは痛みを感じずに目覚めたら、そのときはもはやバレリーナではないと言う。痛みがなければ何も達成できないと。実際、身体的痛み、精神的痛みが描かれていく。舞台上の華やかな演舞は、痛みを昇華させてこそ生まれるのだと納得させられる。
ジョイカ・ウォマックは、痛みにより強くなるために敢て男子の教室に潜り込み、指導者(Dariusz Majchrzak)の厳しい指導に耐える。
ジョイカが親しくなったニコライ・レベデフは、貧しい親が特別柔軟だった息子にダンサーとして期待を掛けられたと、普通の生活に憧れると打ち明けられる。ニコライはボリショイに選ばれるためには才能だけではないと早くからジョイカに忠告していた。エドガー・ドガ(Edgar Degas/1834-1917)の描いた100年前のバレリーナとは異なろうが、選びに選ばれた優秀なバレリーナばかりの中でソロを踊るためには、舞台監督らとの関係性など、様々な事情が影響するのも無理はないと思わせる。
バレリーナJoy Annabelle Womackの実話に基づく作品である。冒頭のグランフェッテはおそらく本人の演舞であろう。ジョイカの憧れるNatalia Osipovaも本人。
本作でバレリーナとしても優れたパフォーマンスを見せたTalia Ryderは、『スイート・イースト 不思議の国のリリアン(The Sweet East)』(2023)では、アメリカ東海岸を巡りながら様々な状況に順応して変わり身を見せる、捉えどころの無い少女を演じた(彼女が捉えどころの無い社会を象徴している)。
美しく厳しい指導者ジョイカ・ウォマックを演じたDiane Krugerの映画『女は二度決断する(Aus dem Nichts)』(2017)はバレエとは全く関係ないが、本作同様、ヒリヒリする作品として忘れ難い。