可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『異端者の家』

映画『異端者の家』を鑑賞しての備忘録
2024年のアメリカ・カナダ合作映画。
111分。
監督・脚本は、スコット・ベック(Scott Beck)とブライアン・ウッズ(Bryan Woods)。
撮影は、チョン・ジョンフン(Chung Chung-hoon)。
美術は、フィリップ・メッシーナ(Philip Messina)。
衣装は、ベッツィ・ハイマン(Betsy Heimann)。
編集は、ジャスティン・リー(Justin Li)。
音楽は、クリス・ベーコン(Chris Bacon)。
原題は、"Heretic"。

 

ブリティッシュコロンビア州モルモン教の若き宣教師2人が岩山を臨むベンチに坐って休憩している。マグナムコンドームって普通のコンドームと同じサイズだって。宣伝だけで他に何を信じてるんだろうね。モルモン書が偽書だって言われて育ったら、偽書だって信じるんじゃないかな。と、シスターパクストン(Chloe East)。いいえ、マグナムは巨大なの。シスター・バーンズ(Sophie Thatcher)が応じる。姉が元夫のモノが酷く大きくてマグナムを使う必要があったそうよ。デタラメっぽい。象の鼻って姉は言ってたわ。2人の坐るベンチの背には、「誰もがサイズは重要だって言うに決まってる」というコピーのコンドームの広告が設置されている。性交渉してるのを撮影した映像を見たんだよ、素人の撮影したポルノ。女の子はポルノっぽく過剰に声を出して、叫んでる。すると突然壁越しに女性の声がした。聞こえてるよって。セックスは中断。恥ずかしさと恐怖で女の子の顔が歪んでるのが痛々しくて。その瞬間、後ろから突かれていた女性は、文字通り魂が吸い取られた。彼女は尊厳を失って悟った、私の人生って、お金のために見知らぬ男とセックスすることだって。グサッと来た。その瞬間そうだって。神は実在する。私たちは魂は持ってる。神の証。あなたはよく見るの? 見ない。ポルノは見ない! 分かったわ。ポルノは見ないって! 分かったから。上手くいくといいけど。競争じゃないって分かってるけどまだ1人も受洗させてないんだ。大丈夫よ、私だって8人か9人だけだから。8人か9人! 私が言ったことどう思う? ポルノ? 信仰が真実だって神はどうやってあなたに明らかにしたの? さあ…。あまり考えたことがないの。でも真実だって分かってるんでしょ。
2人は自転車を抱えて急な階段を息を切らして登っていく。あの夫婦の後は? コストコで遭った禿げじゃない? そうだわ。階段を登るごとに旦那が魅力的になるって信じよう! バーンズが笑う。
住宅街の歩道を自転車を押して歩きながら、擦れ違う人に声をかける。こんにちは。シズター・バーンズです。一緒にいるのはシスター・パクストン。救い主イエス・キリストについて学ぶことに興味はございませんか? 立ち止る者はいない。
2人は自転車を抱えて階段を降りる。歌うとき声が高すぎるとか低すぎるとか感じることってない? 私はあまり歌うのが好きじゃないから。美しい声をしてると思うけど。あなたの声は美しいわ。 
繁華街を通り掛かる。駐車場で巫山戯て撮影し合う3人の女の子(Haylie Hansen、
Elle McKinnon、Hanna Huffman)が目に留る。可愛い。3人はクラクションを鳴らされ退散する。その3人組が2人のところにやって来た。一緒に写真撮っても? もちろん。パクストンが乗り気でポーズを取る。「魔法の下着」を着けてるの? えっ? 突然少女の1人がパクストンのパンツをずり下ろし、その瞬間の写真を撮られる。3人組は笑って走り去る。
木立の中を抜ける道を涙を流しながらパクストンが自転車を押している。バーンズがここよと屋敷の前で停まる。門の前に自転車を停めてU字ロックを着ける。私たち奇妙だって思われてる。どういうこと? アニメ『サウスパーク』制作陣のミュージカル『モルモン書』って私たちを揶揄ってる。何曲か聴いてみたけど結構面白かったわ。人の意見なんて気にしないわ。あなたは素晴らしいもの。ありがとう。
雷鳴が轟き、風が強く吹き、雨が降り始めた。2人は門からまっすぐに延びる道を落ち葉を踏みしめて玄関へ向かう。ノックする。雨に打たれる中、待つ。バーンズはスマートフォンで布教で廻る家のリストを再確認する。パクストンは小声で挨拶の練習をする。雨脚は強まり、身体が冷えるが、なかなか住人は姿を現さない。洗礼を受けさせてあげるわ。バーンズが冗談を言う。改めてノックする。中から者を動かす。物音がする。ようやくドアが開く。やあ、こんにちは。にこやかな表情を浮かべたリード(Hugh Grant)が姿を現した。シスター・パクストンです。こちらはシスター・バーンズ。リードさんですか? そうです。パクストンにバーンズ? いえ、逆です。お目にかかれて嬉しいです。近くにいたものですから立ち寄らせて頂きました。末日聖徒イエス・キリスト教会について関心をお持ちだとのことでしたので。「回復」について理解するのに役立つと思います。バーンズが小冊子を手渡す。実はもう、1冊あるんだがね、何冊あっても困らんだろう。天にまします父が福音を明らかにされる方法が説明されています。アダム、ノア、アブラハムモーセなど預言者を選んで、神の言葉を解釈して伝えさせます…。ノアじゃなかろうが、大雨でずぶ濡れじゃないか。中に入ってはどうかね? 女性の同居人はいらっしゃいますか? 女性がいなければお邪魔できません。戸口にいても構いませんか? 安全のためです。雨は気にしませんから。妻がいるけど、同居人に当たるかな? 完璧です。ルームメイトはいないけれどソウルメイトはいるんだよ。奥様にお会いできるのは嬉しいです。どうぞ入って! パイは好きかな? ええ。妻がパイを焼いているんだ。2人はリードに招き入れられる。伝道していて体重が増えてしまいました。皆さんからおやつを頂けるので。妻はお菓子を作るのが趣味でね。コートを預かろうか? パイは大好きです。楽しみです。それなら妻と気が合うだろうな。そうそう、壁と天井に金属が入ってるけど構わないかな? 気にしません。よし。じゃあ、パイの様子を確認してこよう。どうぞ寛いで。リードが部屋を出て行った。置き時計は5時40分を廻っていた。壁には「混乱を祝福せよ」との刺繍が掛けてあった。バーンズは小さな窓に留ったアゲハチョウが気になった。アゲハチョウは天井の電球に飛び移った。パクストンは卓上の犬を抱いた奥さんの写真を目にする。ドアの向こうから物音がして、リードが飲み物と蝋燭を載せたトレイを手に戻って来る。妻は人見知りでね。でもパイはもうすぐ焼き上がる。奥様にも部屋にいてもらわなければなりません。もちろん、分かっています。どうぞお掛け下さい。コーラをどうぞ。私はね、信心深いことは良いことだと思うんだ。なら、私たちの仕事は片付きました。いやいや、ただ話をする前に知っておいて欲しかっただけでね。励みになります。宗教はもはや文化の中心ではないという気がしますから。廃れつつある? 時と共に。天にまします父が立てた計画について耳を傾ける用意はよろしいでしょうか。 ええ。でもちょっと待って。君たちの出身は? 

 

ブリティッシュコロンビア州モルモン教の若き宣教師シスター・バーンズ(Sophie Thatcher)とシスター・パクストン(Chloe East)が布教のために町を廻るが立ち止り話を聞いてくれる者はいない。パクストンは10代の女の子たち(Haylie Hansen、
Elle McKinnon、Hanna Huffman)から「魔法の下着」を身に付けてるか不意にパンツを脱がされ確認される始末。2人は訪問リストにあるリード(Hugh Grant)の屋敷を訪ねた。嵐に見舞われずぶ濡れの2人だが女性がいない限り外で構わないと言う。妻がパイを焼いているからとリードは2人を家に招き入れる。リードはコートを預かると妻は人見知りだからと飲み物を自分で運んできた。リードは所有するモルモン書を差し出し、読み込んたことを示す。気を悪くさせたら申し訳ないがと、一夫多妻制は開祖ジョセフ・スミスが女性との情事に耽るために編み出したもので霊的な意味はなく、だからこそ現代の啓示で否定されたのではないかと切り出す。さらに人間が噓を吐く存在なら啓示が真実と言えるのは何故かと畳み掛けた。リードは、大学で神学を専攻して以来様々な宗教を手当たり次第に食い散らかしてきて、結果として一番避けたかった唯一、真と言える宗教を見出すことに手を染めることになってしまったと打ち明けた。奥様を同席させて欲しいと訴えるとリードは奥に引っ込んだ。バーンズは卓上の蝋燭がブルーベリーパイのアロマキャンドルだと気付く。危険を察知して帰ろうとするが玄関のドアは開かなかった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

モルモン教の宣教師2人が老獪な宗教研究者に捕まり信仰を試されるスリラー。
宗教を研究するリードは、啓典宗教は様々な神話の寄せ集め、語り直しに過ぎないという。そして、ボードゲームモノポリー(Monopoly)」を引き合いに、ユダヤ教モノポリーの原型であるエリザベス・マギー(Lizzie Magie)の開発した"The Landlord's Game"であり、チャールズ・ダロウ(Charles Darrow)が権利を売って巨富を得た「モノポリー(Monopoly)」がキリスト教だと譬えてみせる(モルモン教は地域限定版)。
リードはモルモン教の一夫多妻制が後の啓示により廃されたことを例に、不完全な人間の受けた啓示を真と看做すには直感以外に根拠がないとして、宗教の本質を支配にあるとする。1人の神しか認めない啓典宗教は故にmonopoly=独占に擬えられるのだ。
全てを監視し賛美・懇願しないと救ってくれない神がいるのは恐ろしい。神が存在せず無辺の宇宙空間に浮かぶ岩にしがみつく微小な存在だとすれば恐ろしいのでから捏ち上げられたのが宗教だとリードは言う。
リードはモルモン教の宣教師シスター・バーンズとシスター・パクストンを最初から罠にかけようと企んでいる。2人が女性の同伴がない限り家に上がらないと言うのを見越して妻がいるかの如く振る舞う。リードは2人に選択肢を与え、あるいは彼女たちの意志に委ねるよう装う。例えばブルーベリーパイのアロマキャンドルは、他人に信じろと言われたからという理由で信じていることについて考えを巡らすことを促すためだったと言ってのける。自らの意志で墓穴を掘ることとなったと無力感を味わわせ、屈従へと導くのだ。
奇妙な構造の家はリードの創造した世界であり、そこではリードは神として振る舞う。2人の生殺与奪の権を握っているのである。
パクストンが、素人の撮ったポルノヴィデオで女の子が大きな喘ぎ声を近所の人に指摘されて我に返ったのを見たことと、街中で突然女の子にパンツを下ろされた(魔法の下着を確認された)こととはパラレルだ。演技としてのセックスあるいは布教から急に「現実」に引き戻されてしまったのだ。それは夢の中で胡蝶となった荘周が目覚めたのに等しい。
「現実」に対して何の意味も持たないとしても、それでも自分自身以外の誰かを想うこと、すなわち祈ることは素敵なことだというのが本作のメッセージである。