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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『オディロン・ルドン 光の夢、影の輝き』

展覧会『オディロン・ルドン 光の夢、影の輝き』を鑑賞しての備忘録
パナソニック留美術館にて、2025年4月12日~6月22日。

岐阜県美術館のコレクションを中心とする、オディロン・ルドン(Odilon Redon/1840-1916)の回顧展。須田国太郎、伊藤清永、竹内栖鳳など日本人画家が所有したルドン作品を取り上げるプロローグ「日本とルドン」、生地ボルドーやパリで絵画技法を学ぶとともに、植物学者との交流を通じて自然科学や文学・哲学への関心を深め、自作普及のため石版画集を刊行した時期までを辿る第1章「画家の誕生と形成 1840-1884」、ジョリス=カルル・ユイスマンスに見出され「黒の画家」として注目を集める一方、ナビ派など若い芸術家たちに触発され油彩やパステルを用い始めた時期を紹介する第2章「忍び寄る世紀末:発表の場の広がり、別れと出会い 1885-1895」、神話・宗教・人物、あるいは花瓶の花などパステル画や油彩画で色鮮やかな作品を手掛けた晩年を扱う第3章「Modernist/Contemporarian・ルドン 新時代の幕開け 1896-1916」の4章で構成される。

オディロン・ルドン(Odilon Redon/1840-1916)は、生地ボルドーでスタニスラス・ゴラン(Stanislas Gorin/1820-1874)に素描を学ぶとともに植物学者アルマン・クラヴォー(Armand Clavaud/1828-1890)と交流して自然科学のみならず文学や哲学への造詣を深めた。パリ国立美術学校建築科受験に失敗したことから建築家を断念、パリでジャン=レオン・ジェローム(Jean-Léon Gérôme/1824-1904)の門を叩くも指導が合わずすぐに師の元を去る。ボルドーでロドルフ・ブレスダン(Rodolphe Bresdin/1822-1885)に銅版画を学ぶ。鬱蒼とした森などを部隊に不思議な生物や聖家族をモノクロームで表わすブレスダンの幻想的な世界の影響は顕著である。カミーユ・コロー(Camille Corot/1796-1875)からは空想的なイメージにリアリティを与えるべく自然物を配するよう勧められたとして風景や静物の写生に勤しんだ(生前に公開することはほとんど無かった作家が「作者のためのエチュード」と呼んだ作品群)。普仏戦争への従軍を挟み、ボルドー芸術友の会協会展やサロン展に出品を継続。アンリ・ファンタン=ラトゥール(Henri Fantin-Latour/1836-1904)から木炭素描を石版に転写する技法を学ぶと、石版画集『夢のなかで(Dans le rêve)』(1879)、『エドガー・ポーに(À Edgar Poe)』(1882)、『起源(Les Origines)』(1883)を出版した。ジョリス=カルル・ユイスマンス(Joris-Karl Huysmans/1848-1907)の小説『さかしま(À rebours)』(1884)に《笑う蜘蛛(L'araignee souriante)》が取り上げられるなど「黒の画家」として注目を集める。その後ポール・ゴーガン(Paul Gauguin/1848-1903)や先達としてルドンを慕うナビ派の作家たちに触発されると、パステルなどを用いた豊かな色彩の作品に取り組み、また家具や壁紙などのデザインにも能力を発揮する。晩年は肖像や花をモティーフに制作した。

プロローグで紹介される《光(Lumière)》(1893)[011]では、顎に指を触れて沈思黙考する人物の横顔を表わすが、その横顔はプロセニアムのように石造建造物のアーチで囲まれ、その手前には巨大な顔を見上げる2人の人物が配される。リュミエール兄弟(Auguste and Louis Lumière)による映画の上映(1895)以前に銀幕のようなイメージが表わされている。画中画であり、入れ籠である。初期作品《自画像(Mon portrait)》(1867)[023]でも画面下部に仕切りのような帯が描き込まれている。そのキャプションでは最初の石版画集『夢のなかで(Dans le rêve)』(1879)[036a]との関連が指摘されていた。現実と夢との境界を表わすのではないかと。『夢のなかで』の扉絵はタイトルの脇の短冊状の画面であり、枯れ木の脇に立つ人物が竪琴を手に覗き込む。竪琴を手にする人物はオルフェ(Orphée)であり、石版画集は冥府なのだろう。同石版画集の1点「幻視」[036a-09]では、石柱の間に発行する巨大な眼球が浮かぶのを2人の人物が仰ぎ見る。《光》[011]に近い構成である。《眼をとじて》[111]では目を瞑る人物の胸像が水平線の向こうに現われる。海は此岸と彼岸とを隔てるのであろう。コローから空想的なイメージにリアリティを与えるべく景物を配するようアドヴァイスされたというが、境界となる柱や海を描き込むことによって絵画を現実に繋ぎ止めつつ同時に切り離して見せているようだ。境界を一種の安全弁として作品に組み込んでいるのではないか。

 幻は視ようとして見るものではない。幻視には必然性がある。もとより人間には人知を超えた「何か」を感じ取る力が備わっている。しかし、「何か」を感じることは常人には強烈であり、「封印」されている。その一方で、それに耐えうる人も存在する。そのような人物は「何か」からの干渉を受ける。それが幻視となる。「何か」はこの世界に出現すべくその人にはたらきかけるのである。この「何か」は古来「カミ」と呼ばれ、宗教家によっては「神」とみなされた。
 「カミ」は人が意識せずに受け入れる場合はさほど問題はない。しかし、積極的に見ようとしたとき、災いが起こる。セメレーはゼウスに本当の姿を顕すように願ったため雷火に焼かれた。倭迹迹日百襲姫命三輪山のカミにその姿を見せたいとせがみ、小蛇であったことに驚いて箸でホトを突いて絶命してしまった。このように危険を伴う行為なのである。しかし、例外がある。それは「カミ」の悩みを悩む者」であることだ。「カミの悩み」とは「カミ」が、いかにしてこの世界に出現を果すかということである。この「悩み」を解消できるのは表現者である。ここには先述したような一部の宗教家も含まれる。「カミ」が嘉する限り、表現者は滅ぼされない。文字通り素手で「カミ」を捉える。かくして「カミ」は作品に包まれ安全な状態でこの世界に留まる。それは「カミ」を感得できない人々にも作用する。(江尻潔「顕神の夢」(江尻潔・土方明司企画・監修『顕神の夢―幻視の表現者』顕神の夢展実行委員会/2023/p.341)

ルドンによって「『カミ』は作品に包まれ安全な状態でこの世界に留ま」り、「『カミ』を感得できない人々にも作用する」のである。日本の画家たちを魅了したのも「カミ」を感得させたからではなかろうか。

本展は前半のモノクロームの素描・版画から、後半の色彩豊かなパステル・油彩への展開が劇的である。とりわけ花瓶の花を描いた作品を並べた瑠璃色の壁紙の空間など別世界のようである。だが、2つの世界は截然と切り分けられるものではない。

「私の独創性とは、あり得ないものを本当らしさの法則に従って、人間的に生きものとしたことであり、眼に見えないものを、見えるものの理論に従ってあらわしたことにあります」
(略)
「この素描法は、神秘的な世界のヴィジョンから、自然に、容易に出てくるものです。(略)私の伸びるのに最も必要だったのは、すでに何度もいったことですが、現実を直接に写すことでした。それには外面的な自然のものの中で、最も細かな、最も特殊な、偶然のものを注意深くあらわすことが大切です。(略)何でも生あるもの、ないものを、丹精こめて写している努力の中で、私の心の沸騰点に近づいて行くのを感じます。そうなると何か創り出す要求が生まれ、想像のものを表現することに身を任せることになります。」
ここで重要なことのひとつは、「自然を直接に写すこと」とルドンが述べている点である。これは古くから巨匠たち、またマネや印象派たちも行ったことであり、対象(自然)をリアリティを持って表現する手法であった。ルドンも、1865年頃から1890年頃までの間、いわゆる「黒の時代」において、自ら「作者のためのエチュード」と呼んだ風景画の習作を多数描いている。この頃、実は風景画だけではなく「花瓶の花」も習作として描いている。これは技術の向上だけでなく、それ以上にルドン自身のなかに創造力を貯蓄するという、重要な役割があった。若き日のルドンが出会った植物学者で自然科学者のアルマン・クラヴォー(1828-90)を通じて知ることができた、顕微鏡を通して見る、生物が生み出されるメカニズムは、ルドンのなかに強い印象を残した。このように、対象から得る想像も、顕微鏡の世界も、通常では目に見えない「神秘的な影の世界」であり、ルドンはそこで独自の「ヴィジョン」を得ていた。この「ヴィジョン」が絵画として昇華した際、初期には奇怪な生き物として現れ、晩年の色彩の時代には「花瓶の花」からあふれだした色とりどりのもやが漂う幻想的な世界というかたちをとった。(農澤美穂子「ルドンと『花瓶の花』」高橋明也他編『PARALLEL MODE: オディロン・ルドン―光の夢、影の輝き』岐阜県美術館他/2024/p.240)

《顕現(Apparition)》(?)[046]では、沼に生えた植物に人の姿が重なり、岸辺に立つ人物の頭部に手を触れている。竹内栖鳳の旧蔵品《鼻の中の少女の横顔(Profil de jeune fille parmi les fleurs)》(1900-1910頃)[004]も花園の中に立つ少女ではなく、花の中に顕現する少女を表わしたものではなかろうか。