展覧会『小林エリカ、ドレーヌ・ル・バ、鈴木ヒラク「形象 Keisho」』を鑑賞しての備忘録
Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiにて、2025年4月12日~5月31日。
小林エリカによる自らの手を被写体とした写真、ドレーヌ・ル・バ(Delaine Le Bas)によるぬいぐるみ、鈴木ヒラクによる考古遺物の写真を加工したイメージや和紙にシルバーインクと青墨とを用いたドローイングを展観。
小林エリカの《わたしの手の中のプロメテウス》(855mm×575mm)は、暗闇の中、左の掌から炎が上がる瞬間を切り取った写真。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour)の絵画を連想させる、灯火の美しさが表される。他方、燭台などを介さず掌から直接炎が立ち上がることは火傷など火の危険さも喚起する。ギリシャ神話で人間に火を与えたプロメテウスを題名に冠するのは、核開発の歴史を題材とした作品のためと言う。制御できない火の魔力が伝わる。《わたしの血》(855mm×575mm)は、白い壁面の前で、白いレースの袖口のブラウスを着用した左腕が画面右側から差し出され、滴り落ちる血を掌に受ける場面を捉えた写真。血は作者自身のものという。点々と落下する血液は掌で跳ね、あるいは溜まる。掌から線となって垂れ落ちる血液はその粘性を伝える。飛散し流れる血は惨事の禍々しさに通じる。白い無機質な空間を病院に見立てれば治療を、あるいは輸血を介して臓器移植のような機械論的生命観を想起させる。ウェウディングドレスを連想させるレースの袖口に着目すれば、連綿と連なる命に思い至る。《交霊―娘と父―》(855mm×575mm)は、庭か公園か、植え込みを背景に両掌から立ち上る煙を映す写真。《わたしの手の中のプロメテウス》と《わたしの血》が画面右側から左手が差し出されいるのに対し、《交霊―娘と父―》は画面左側から両手が差し出されている。右方向により未来ではなく過去へと向かうこと、手を合せることで触れることや祈ることが表現される。ところでアーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle)は心霊主義に強い関心を有していたという。シャーロキアンであったと亡父を追慕するのに交霊術ほどふさわしいものはなかろう。3点組の写真は、生命を中心に科学・技術と心霊主義と三幅対を見事に構成する。
因みに、小林エリカは、六本木のYutaka Kikutake Galleryでは「Yの一生 The Life of Y – ひとりの少女」と題し、戦時下に青春を過ごした女学生の日常を桜花を描き出した着物の切れや往事の建築物の断片で表現した個展を本展と同一会期で開催中である。
ドレーヌ・ル・バ(Delaine Le Bas)の《Winter》(370mm×100mm×50mm)は会場の隅に積まれた藁の上に置かれた人形。鳥の羽を頭に飾った(あるいは鳥の羽を髪に見立てた)布製の人形の胴体は無数のボタンで覆われている。胸には赤いハートマークが取り付けられ、腹部には小さな赤子の人形が挿し込まれている。藁の上に横たわる人形は冬眠を、腹部の赤ん坊は春の出産をを示唆する。展示室の対角線上にある反対側の壁に人形の《Spring》(410mm×210mm×50mm)が掛けられている。緑の布や糸で作られた人形の頭部には陽光を表す金色のかざりが輝く。横たわる《Winter》に対して立ち上がる《Spring》の身体には花や葉が前面に象られ、生命の息吹が表現される。《Exquisite corpse》は馬の頭部と人の脚とを赤い球体で繋いだ人形で、天井から吊されている。相互に相手の制作内容を知ることなく合作するシュルレアリスムの手法「優美な屍骸(le cadavre exquis)」の英訳がタイトルに冠されているが、作家1人で制作したものであろう。隣に吊された心臓を模したぬいぐるみ《Heart No.2》と併せ見れば、心臓の自動性を介して、意識で管理できない世界を捉えようとしていることが分かる。自然をテクノロジーで制御するのではなく一体化することをこそ目論むのである。
鈴木ヒラクの「Casting」シリーズは、博物館の図録に掲載された考古遺物の写真に、当の遺物の形にカットしたパターンを重ね置いてスプレーすることで銀色のシルエットにイメージを表した作品である。壺や人形など一見して把握できるものもあれば、元の姿が思い付かない作品もある。博物館やその所蔵品カタログは、ちょうど学名が2つの記号の組み合わせにより世界を1つのフォーマットに組み込むような、博物学の眼差しの暴力性を、立体を平面、シルエットへと置き換えて見せることで露わにする。「Casting」は鋳型に嵌め込むことの謂いであろう。無論、その暴力は啓蒙(en"light"ment)でもあったことをシルバーの輝きが伝えるのであるが。併せて展示されるドローイング「Untiltled(Lights)」シリーズでは、手描きの線が型を逃れて自由に拡散する。それはプロメテウスの火を遙かに遡り、光を受容する眼の誕生したカンブリア爆発を表すかのようである。
因みに、鈴木ヒラクは、「海と記号」と題した大規模な個展(ポーラ ミュージアム アネックス)において深海でも宇宙でもあるようなインスタレーションを展開している。
三者三様の作品は、いずれも科学・技術では捉え難い世界に思いを馳せさせると言えよう。