映画『サブスタンス』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のイギリス・フランス合作映画。
142分。
監督・脚本は、コラリー・ファルジャ(Coralie Fargeat)。
撮影は、ベンジャミン・クラカン(Benjamin Kračun)。
美術は、スタニスラス・レイドレ(Stanislas Reydellet)。
衣装は、エマニュエル・ユークノフスキー(Emmanuelle Youchnovski)。
編集は、コラリー・ファルジャ(Coralie Fargeat)、ジェローム・エルタベ(Jérôme Eltabet)、バランタン・フェロン(Valentin Feron)。
音楽は、ラファティ(Raffertie)。
原題は、"The Substance"。
水色のテーブルに割った鶏卵が置かれている。蛍光黄緑の液体を卵黄に注射する。卵黄が瞬く間に増殖して分裂し、2つの卵黄となる。
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム。職人たちにより舗道のタイルが外され、エリザベス・スパークルの名と映画のマークを記した星形のプレートが設置される。本人を招き多数のカメラマンが集まってフォトセッションが行われる。観光客が記念撮影に立ち寄る。風雨に曝されるうち、いつしかプレートに罅が入る。足を止める人も次第にいなくなる。通行人がハンバーガーを落とし、ケチャップで汚してしまう。
テレビのエアロビクス番組『スパークル・ユアライフ』。爽やかな青のレータード姿のエリザベス・スパークル(Demi Moore)が4人の女性を従え、動作を説明しながら踊る。その調子! 力を感じて! 膝を上げて! 前へ! 蹴る! 浜辺でビキニの姿を思い浮かべて! 頑張って! 音楽とともにダンスが終了。素晴らしかったわ。来週も『スパークル・ユアライフ』でお会いしましょう。側腹筋を鍛えますよ。そうです、一番鍛えるのが難しい部位ですね。体に気を付けて。エリザベスが投げキスをして微笑む。撮影終了。照明が落とされる。エリザベスは出演者やスタッフに声をかけ、汗を拭きながら撮影スタジオを出る。通路には長寿番組『スパークル・ユアライフ』の歴代ポスターが掲げられている。髪型や化粧の異なるエリザベスが大映しだ。擦れ違うスタッフが誕生日おめでとうと声をかける。ありがとう。洗面所に入ろうとしたが故障中だった。誰もいないことを確認し、向かいの男子トイレを借りることにした。エリザベスが個室に入ったところへプロデューサーのハーヴィー(Dennis Quaid)が怒鳴りながらやって来た。小便をしながらハーヴィーが電話で話を続ける。いいか、端的に言うぞ。若いのがいいんだよ。セクシーでなきゃ駄目なんだ。今すぐだ。あのババアが何でこんなに長く居座ってたのか、俺には気が知れないね。オスカー女優なんて糞食らえ。いつ獲ったって話だよ。30年代か? キングコングか? 約束なんて知るか! テレビなんだよ、慈善事業じゃねえんだっての。新人を探せ! 今すぐ! 手も洗わずハーヴィーが出て行く。女は25から妊娠しづらくなるんだよ。ハーヴィーの高笑いが廊下から響く。意気消沈したエリザベスが個室から出てくる。鏡で自分の姿を眺める。
レストラン。エリザベスの向かい側でハーヴィーが海老を貪る。テレビで屁をこいた奴を見るみたいなもんでな。そういうのが好きなんだよ。C'est la vie. 人々が望むものを提供しなきゃならん。株主の満足に繋がる。人々は常に新しいものを求める。刷新は避けられん。50で止まるだろ? 何が止まるんです? えっ? 何が止まるんですか? …ああ、あれだよ…。ジョージ! 突然大声を上げるハーヴィー。すまん、行かないと。ハーヴィーがスマートフォンを手に席を立つ。馬鹿でかい声でジョージ(Christian Erickson)と挨拶を交わしながら店を出て行った。テーブルは食い散らかした海老のためにひどく汚れている。ハーヴィーに止まった蝿がいつの間にか彼の酒の中に落ちていた。蝿はしばらく足掻いていたが、動かなくなった。
車を運転して帰宅する際、エリザベスが白い歯を見せて微笑む歯磨き粉のポスターが剝がされる高所作業が目に入った。自分の顔が剝がされて地面に落とされる。エリザベスは衝撃で目を奪われる。そのとき、真横から自動車がエリザベスの車に衝突した。エリザベスの車はくるくると何回転もしてようやく止まった。大破した車から警報が鳴り響く。
病院。医師(Tom Morton)がレントゲンを示し所見を述べながら感嘆する。今日はツいてますね、スパークルさん。全身隈なくレントゲンを撮りましたが、歯に罅割れもないんです。すぐに退院できますよ。ところで、妻があなたの大ファンでしてね。今日は誕生日ですね、おめでとう…。エリザベスが嗚咽する。医師は動揺する。そのとき折良く電話で呼び出される。緊急事態だと医師は慌てて出て行った。おめでとうとは言えず、さようならと言い残して。エリザベスが診察台から立ち上がろうとするのを看護師(Robin Greer)が止めた。少々お待ちを。もう1つ検査があります。先生は退院して構わないと。看護師は聴診器を背中に当て、背骨に沿って触診する。何か問題が? いいえ、完璧です。あなたは素晴らしい候補者です。退出されて結構です。看護師は山吹色のコートをエリザベスに差し出し、幸運を祈りますと告げた。彼の右手首には大きな痣があった。
病院を出てコートを着たエリザベスは、ポケットに何かが入っているのに気付いた。方眼のノートの切れ端に包まれた黒いUSBメモリーには表に「薬物」とあり、裏には電話番号が印刷されている。紙片には「人生を変えた」と手書きされていた。そのとき見知らぬ男(Edward Hamilton-Clark)から声をかけられた。リジー? 何てことだ、信じられない。高校で一緒だったフレッドだよ。…フレッド、分かるわ…。君はちっとも変わらないね。今も世界で一番美しい。ずっと見てきたけど、凄いことを成し遂げたよね。凄い、凄いよ。今度呑みに行かないか? 折角再会できたんだし。戸惑うエリザベスにフレッドが動揺して言葉を継ぐ。馬鹿だよね、君は多忙なのにね。名刺をくれないかしら? フレッドは慌ててポケットを探り健診結果表にメモする。コレステロール値は見ないでくれよ、酷いから。フレッドが紙切れを渡そうとして水溜まりに落とす。泥水に濡れた紙を拾うとそのままエリザベスに渡す。その調子! フレッドがエリザベスの科白を真似して立ち去る。
エリザベスがアパルトマンの高層階にある部屋に帰る。街並を一望できるガラス張りの壁面を持つリヴィング。窓の向かいの壁にはレオタード姿のエリザベスの写真が額装されて飾られている。テーブルに置かれた薔薇の花束には「長年ありがとう。素晴らしかった。」とのメッセージが添えられていた。「た」という過去の表現が気に障る。エリザネスは「薬物」のUSBメモリーをディスプレイに挿し込む。
今より優れた自分の姿を思い描いたことは? より若く。より美しく。より完璧。1回の注射でDNAの制限を解除します。新たな細胞の増殖・分化が始まります。もう1人の自分が現われるのです。これが「薬物」です。あなたは母体です。全てはあなたに由来します。全てがあなた自身なのです。より優れたあなた。分かち合いうのです。1人が1週間を過ごし、もう1人が次の1週間を過ごすことで。それぞれ7日間の完璧な均衡。忘れてはならないことは1つだけ。あなたたちは1人ということ。あなたは自分自身から逃れることはできません。
エリザベスは「薬物」のUSBメモリーを取り外し、キッチンのごみ箱に捨てる。
バーのカウンターでエリザベスが1人マティーニを飲み干す。もう4杯目だった。カウンターの端で男性が女性を口説いている姿が目に入り、気になる。バーテンダーを呼び、お代わりを頼む。
自宅。便器に向かって嘔吐する。
暗いリヴィング。窓際に置かれた数々のトロフィーを眺め、スノードームを手に取る。揺すると、ガラスの中エリザベスの人形が金色の光に包まれる。エリザベスは壁に掛けた自分の写真に向かってスノードームを思い切り投げつけた。
エリザベスは台所に向かい、ごみ箱からUSBメモリーを拾うと、それに記された番号に電話をかける。
映画女優として一世を風靡したエリザベス・スパークル(Demi Moore)が50歳の誕生日を迎えた。その記念すべき日にエリザベスはプロデューサーのハーヴィー(Dennis Quaid)から長く続いてきたエアロビクス番組『スパークル・ユアライフ』からの降板を閉経を暗示されて言い渡される。失意のエリザベスは運転して帰宅中、自身が起用されている歯磨き粉のポスターを撤去する作業に目を奪われ事故を起こしてしまう。車は大破したもののエリザベスは奇跡的に無傷で済んだ。担当医(Tom Morton)からの誕生日を祝う言葉に心が折れたエリザベスは嗚咽してしまう。医師が立ち去った後、何故か看護師(Robin Greer)がエリザベスの背中を検査し、素晴らしい候補者だと告げた。病院を出てコートを着た際、「薬物」と書かれたUSBメモリーがポケットにあるのに気付く。そこで偶々健診に訪れていた同級生、すっかり老け込んでいたフレッド(Edward Hamilton-Clark)と再会する。帰宅したエリザベスはUSBメモリーの「薬物」紹介動画を見る。細胞を瞬時に活性化・増殖させ、より若く美しい分身を生成する代物であった。一度は思い留まるが、惨めな状況を脱け出そうと一念発起し「薬物」を注文する。すぐにカードキーが届き、指定の場所に向かう。廃墟ビルのシャッターを潜るとロッカールームがあり小包が用意されていた。自宅で開梱すると、活性化剤、安定剤、交代装置、母体と分身それぞれの栄養剤が出てきた。活性化は1回きり、安定化は毎日、母体と分身の交代は例外なく7日間おき、母体と分身とで1人ということをお忘れ無くといった簡潔な注意書きも同梱されていた。洗面所でエリザベスが活性化剤を注射すると卒倒する。床でのたうち廻るエリザベスの背中などが隆起し、眼球が増える。背中が割れ、分身(Margaret Qualley)が現われた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
映画女優のエリザベス・スパークルは、自身のエアロビクス番組『スパークル・ユアライフ』降板をプロデューサーのハーヴィーに告げられる。誕生日当日だった。帰宅途中、自身の出ている歯磨き粉のポスターが剝がされるのに気を取られ、事故を起こす。奇跡的に無傷であったが、誰もいない部屋に帰宅したエリザベスは居たたまれずバーへ。5杯のマティーニで1人50歳の誕生日を祝う。事故後に収容された病院で看護師から「薬物(THE SUBSTANCE)」と記載されたUSBメモリーを渡された。細胞分裂を活性化させ若い分身を生み出す代物であった。エリザベスは藁にも縋る思いで「薬物」に手を出す。活性化剤を使用するとエリザベスの背中から若く見事なプロポーションの美しい分身が現われた。分身はエリザベスに栄養剤を注入し、7日間の生活を始める。『スパークル・ユアライフ』の後番組のオーディションに分身は「スー」として参加、「なんて華麗な天使ちゃん!」とハーヴィーに即採用された。「母親」の介護のため隔週でしか仕事ができないと伝えると、華麗な上に純真だとハーヴィーはますますスーに入れ揚げる。新番組『パンピダ』でスーは若い男女のダンサーを従えセクシーなダンスを披露する。それでも最後は、エリザベスと同じように、スーが体に気を付けてと言って投げキスをして微笑む。スーは瞬く間に人気者になり次々と仕事が舞い込む。魅力的な男性たちもスーを放っておくはずがない。スーは7日間ではとても足りないと思うようになり…。
小便しながらがなり立てて通話し、海老を食い散らかすハーヴィーの顔がクローズパップされ、その醜悪さが強調される。旧友や株主の老人たちなどホモソーシャルな社会に生きるハーヴィーは、スーを大事にするのも視聴率を獲得でき、株主の幸福に繋がるからだ。例えば、アシスタントのイザベラ(Laura Puech)の名が覚えられずシンディにしろと言い放つ。
(以下では、全篇の内容について言及する。)
エリザベスは若く魅力的なスーと自らとを比較せざるを得ない。もともと感じていた自らの老いをますます強く感じることになる。象徴的なのが、スーが自らの安定化のためにエリザベスから余分に(7日より多く8日目の)体液を吸引してしまうことである。7日間を超えて体液を吸引すると、エリザベスの老化が一挙に進んでしまうのだ。若い自分との落差の感覚がデフォルメして表現されている。エリザベスはスーに対して怒りを覚えるが、自分を裏切るスーとは自分自身なのである。エリザベスによって部屋を荒らされるなど嫌がらせを受けるスーもまた、エリザベスを疎ましく思うようになる。だが、無論、エリザベスもまたスー自身なのである。欲深い人物が惨事を招くのは昔噺の典型的なプロットである。エリザベスがフランス料理を調理する場面など、明らかに魔女が意識されている。
輝き(sparkle)の名を持つ映画スター(star)の星形(star)のプレートから始まり、最後はヒトデ(starfish)で締め括るギャグが象徴するように、デフォルメと戯画化、とりわけ結末の怒濤の展開は、悲惨な物語を半ばコメディへと反転させてしまう。誇張表現は作品に救いを与える狙いがあったのではないだろうか。老いを感じる女優を演じるのが女優であり、演者も鑑賞者もフィクションと現実とを重ねることが避けがたい――しかも特殊メイクにより老化・モンスター化していってもなお本人の面影を決して消しさらないよう仕組まれている!――が故に、極めて酷な作品にもなりかねないからだ。例えば、出かけることになったエリザベスがスーと彼我の姿を見比べて、化粧や衣装を何度もやり直し、結局は出かけられなくなってしまうところなどあまりに悲痛な場面であった。
強烈な作品自体も見事であるが、主演を演じきったDemi Mooreを称えたい。