映画『よそ者の会』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
42分。
監督・脚本・編集は、西崎羽美。
撮影は、松田恒太。
照明は、根岸一平。
録音は、色川翔太と大澤愛花。
8月末。人気の無い大学のキャンパスに蝉の声が響く。青いつなぎを着た清掃員の鈴木槙生(川野邉修一)がモップとバケツを持ち、次の建物へ移動する。
槙生が廊下を清掃していると、清掃員の花澤が私服で通り掛かる。お疲れ様です。お疲れ様です。昨日まで実家へ帰省してて。これ、お土産です。花澤が菓子の詰まった袋を槙生に手渡す。ありがとうございます。うなぎパイです。花澤さん、ちょっといいですか? 廊下の向こうから、大学事務局の職員・山田が花澤に声をかけた。今行きます! 花澤は走って山田のもとへ向かった。槙生がその後ろ姿を見詰める。再びモップをかける槙生は掲示板に貼られたチラシに目を留めた。「よそ者の会 会員募集のお知らせ」。
ゴミで重くなったビニール袋を手に槙生が建物の裏口を出る。蝉の声が響く。槙生は汗を拭う。ゴミ置き場へ槙生が歩いて行く。
小さな教室の入口に「よそ者の会 こちら」と小さな貼り紙がある。仕事を終えて着替えた槙生が教室に入る。明かりを点けず、やや薄暗い教室にいた2人が槙尾を見る。この会に参加をご希望ですか? 女子学生(坂本彩音)が尋ねる。…参加というか、まあ、そんな感じです…。どうぞ。彼女が坐るように勧める。男子学生(比嘉光太郎)が自己紹介する。法学部1年の工藤です。鈴木槙生です。会長の坂田絹子です。学生ですか? …清掃員なんですけど…。よそ者の集まる会なんですけど、よそ者って学者によって定義が異なるんです。時代によっても意味合いが変わります。学生同士、バイト先の仲間、家族、集団生活の中で居づらさを感じる者をよそ者とします。今後を模索する場になったらと、自分の感じたことを思い思いに話すのが活動です。質問はありますか? 槙生が手を上げる。どうぞ。…僕なんか参加しても大丈夫ですか…? もちろんです。工藤が自慢話か恋愛の話しかしない学生たちを頭が悪いと非難し、自我が無いと工藤も同調する。うちの学生をどう思います? 何かすいません。話を振られた槙生は立ち上がり、荷物を持って教室を出て行く。次の会も来て下さい。槙生さんのこと、知りたいです。絹子が立ち去る槙生に声をかける。
ワンルームマンションの1室。…しんどかったですけど、日本の山について興味が湧いてきたみたいです。百名山ですか? ラジオ番組では登山が話題にされている。槙生がトースターで焼いた食パンを手に卓袱台の前に坐る。ラジオ番組は占いのコーナーに移り、一番ついているのは乙女座で、ラッキー・カラーが赤だと告げた。そのとき電話が鳴る。ラジオを切って、槙生が出る。もしもし、元気? もしかして忘れてる? …覚えてるよ…。誕生日おめでとう。元気にやってるの? ちゃんと生きていけてるの? …大丈夫だから…。ちゃんと連絡寄こしなさいよ。…そろそろ仕事行かないといけないから…。…また後で連絡する…。ラジオを点け、食パンを囓る。…8月も終わりですけど、海に行きたいですよね。
青いつなぎ姿の槙生が階段の手摺を雑巾で磨く。同じく青いつなぎを着た花澤は廊下でモップ掛けをしている。花澤は窓際に行って手摺を摑んで身体を支える。大丈夫ですか? 槙生が心配して声を掛ける。大丈夫です。気にしないで下さい。生理ですか? エッ? 血が付いてます。動揺した花澤は廊下の角に背後を隠すように蹲る。僕がやっておくので休んでて大丈夫です。槙生が花澤に変わって廊下にモップを掛ける。
作業着で建物の脇を歩く槙生の前に、事務局の職員・山田が現われる。鈴木さん、お疲れ様です。お聞きしたいことがあって。さっき花澤さんに生理ですかって聞きました?
大学の清掃スタッフ・鈴木槙生(川野邉修一)は、夏期休暇中の大学構内で清掃中、「よそ者の会」のチラシを見て、参加する。会長の坂田絹子(坂本彩音)と法学部1年の工藤(比嘉光太郎)から歓迎されるが、学生ではない槙生は「よそ者の会」でもよそ者であることを感じ退出する。そんな槙生に絹子が次の集まりにも参加するよう声をかける。8月末。誕生日を迎えた槙生に母からお祝いの電話があった。ラジオは乙女座の運気が最高で、ラッキーカラーは赤だと言う。大学での清掃作業中、同僚の花澤が具合悪そうにしていたので、後は任せて休むよう伝えた。ところが大学事務局の職員・山田から自宅待機を言い渡される。花澤が槙生のセクシャルハラスメントを訴えたと言うのだ。槙生は作業着に血が付着していたために生理かと尋ねたのが原因だった。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
鈴木槙生は真面目な清掃スタッフ。口数が少なく、社交性には欠けるものの、同僚の花澤とも上手くやっていた。ところが具合が悪そうだった花澤に、作業着の血の付着から生理かと尋ねたことがセクシャルハラスメントと受け取られ、大学職員の山田から事実上の解雇を言い渡される。
槙生は仄かな好意を花澤に抱いている。花澤から帰省土産を受け取ったことで、槙生は花澤からの印象が悪くはないとも思っていた。そのために、花澤が体調を崩したことを心配した。腹を抱えるように坐り込んだこと、作業着の腰の下に血が付着していたことから、生理が重いのだろうと判断するのは当然だった。槙生は彼女の分の作業も請け負い、彼女を休ませたのだ。それがセクシャルハラスメントになり、まして解雇に繋がるとは、槙生からすればとても信じられないはずだ。
槙生の受けた衝撃は大きかったに違いないが、山田に対して声を荒げるようなことはない。だが変化を表に見せない槙生の中には、怒りや悲しみといった感情が渦巻いてる。その感情が閾を超えるとき、槙生がどんな行動を取るのか。
無表情の槙生のように、作品は淡淡と展開する。説明も極めて控えられ、必要最小限の情報が少しずつ明らかにされていく。その展開自体がスリリングである。
槙生は8月末に誕生日を迎えることから、乙女座だと分かる。ラジオからは、乙女座の運勢が良く、ラッキーからは赤だと告げられる。だが、赤(花澤の血)は槙生に災難をもたらす。星占いとは真逆の凶事である。しかし、話はそれで終わらない。「よそ者の会」で出会った会長・坂田絹子は槙生に興味を示す。彼女は赤い服で槙生の前に現われるのだ。やはり赤はラッキーカラーなのか。
休暇中の大学構内は学生の姿が無い。引きの画面は巨大な建物に比して槙生の卑小さを強調する。無機質な建物は、槙生を巻き込む不条理なシステムのメタファーなのだ。フランツ・カフカ(Franz Kafka)的世界が映像として立ち現われる。そして、絹子が階段教室で整然と並ぶ机に上がり歩き廻る姿は、システムを壊乱する予兆として、ちょうど梶井基次郎の『檸檬』のようなイメージを生み出す。見事である。
個人的には、予告映像を見ていなかったことも奏功した。展開の妙を余計に楽しめた。