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芸術鑑賞の備忘録

映画『MaXXXine マキシーン』

映画『MaXXXine マキシーン』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
103分。
監督・脚本・編集は、タイ・ウェスト(Ti West)。
撮影は、エリオット・ロケット(Eliot Rockett)。
美術は、ジェイソン・キスバーデイ(Jason Kisvarday)。
衣装は、マリ=アン・セオ(Mari-An Ceo)。
音楽は、タイラー・ベイツ(Tyler Bates)。
原題は、"MaXXXine"。

 

1959年に撮影された、8ミリビデオの映像。幼いマキシーン・ミラー(Charley Rowan McCain)が踊っている。愛しき娘よ。お前はいつか教会のスターになる。撮影するアーネスト・ミラー(Simon Prast)が語りかける。そうおもう? お前が望むなら。わたし、パパみたいになりたい。ならば懸命に努力しなければ。するわ。なんでもする。素晴らしい。私がいつも何と言っている? うけいれるつもりはない…。心を籠めるんだ。伝道するように、さもなければ実現しない。じぶんにふさわしくないじんせいをうけいれるつもりはない。その通りだ、マキシーン。素晴らしいよ。
この業界じゃ、怪物って認められない限りスターになれないわ。―ベティ・デイヴィス
1985年。ロサンゼルス。スタジオの重い扉が開く。マキシーン・ミンクス(Mia Goth)が靴音を響かせ、プロデューサー(Daniel Lench)、キャスティング・ディレクター(Deborah Geffner)、監督のエリザベス・ベンダー(Elizabeth Debicki)の居並ぶ前に用意された椅子に坐る。おはよう。成人向け映画の世界ではかなり有名だとか。本当ですか? ええ、そうです。その手の仕事に憧れがあったんですか? とにかく有名になりたかったんです。ここにオーディションを受けに来たのは何故? 大きな夢を抱いているんです。実際のところ、ポルノ業界で到達できるのは今の地位が限度です。すぐに33歳を迎えますが、ワインのように年月に磨かれることはありません。まだ理想の姿ではないんです。良い生活を手に入れたいです。ポルノも演じるという点では同じだと思います。他の候補者たちに負けない演技力があるはずです。普段からそういう話し方を? ええ、そうですね。では、試してみましょうか。カメラが廻され、マキシーン・ミンクス、ピューリタンⅡと記されたカチンコが映される。台本を見る必要があるなら…。セリフは頭に入っています。ヴェロニカが1950年代の郊外住宅に足を踏み入れる。何かがおかしい。ずっとおかしかった。彼女はカメラの方を向き、トラウマを抱えたままレンズに向かって語りかける。キャスティングディレクターがト書きを読み終え、マキシーンに合図する。マキシ-ンは目を閉じてしばらく黙る。目を開くと、涙を浮かべながら語る。信じてもらえないかもしれないけど、本当なの。悪魔が過去からの亡霊のように私に付いて回るの、夢に出るの。悪夢よ。私の中に、復讐心や邪念となる力を感じて、恐ろしく残忍な行為に手を染めさせるの。300年前にここで起こったどんな恐ろしい出来事も、まだ終わっていないんだわ。悪魔が戻ってきたの、私に最大の罪を償わせようと。生きていること自体が罪なの。いいじゃない。エリザベス・ベンダーが微笑む。ありがとう。キャスティグディレクターが上着を脱いで胸を見せるよう指示する。もちろん。マキシーンが上着をはだけ、乳房を露わにする。
暗いスタジオを出たマキシーンはサングラスをかける。オーディションに参加する女性たちがスタジオ脇に坐って待っている。帰った方がいいわ、私が選ばれるに決まってるんだからさ。マキシーンは捨て台詞を吐くと、ツカツカと駐車場を歩き、白いベンツメルセデス380SLに乗り込み発車する。撮影所の外ではプラカードを持ちポルノに抗議する人たちの姿があった。
マキシーンは車を駐め、「ランディングストリップ」の薄暗い店内に入る。カウンターで飲む数名の客がいて、奥のステージではポールダンサーが客を前に踊っている。マキシーンは厨房を抜けて通用口から出ると、別棟の搭乗員専用と書かれた扉を開ける。暗い室内では女優のアンバー・ジェイムズ(Chloe Farnworth)が男優のフランキー・ラヴ(Brad Swanick)に貫かれ、大袈裟な喘ぎ声をあげている。マキシーンに挨拶するアンバーにフランキーが集中するように言う。もうイくよ。さっきも言ってたじゃない。マキシーンは監督(Uli Latukefu)からフランキーが出せると判断したらすぐに撮影すると告げられる。楽屋に入ると、小さなテレビでニュースが流れていた。…アルカディア警察は「ナイトストーカー」の新たな犠牲者を発見しました。無差別的とも思われる凶悪な殺人事件の連続に多くのロサンゼルス市民が不安を感じています…。

 

1985年。ロナルド・レーガン政権下のアメリカでは、映画・音楽産業に対する表現規制を求める声が高まっていた。ロサンゼルスでは「ナイトストーカー」と呼ばれる殺人鬼の犯行が相次ぎ、住民を震撼させている。間もなく33歳を迎える人気ポルノ女優マキシーン・ミンクス(Mia Goth)は斯界では賞味期限が切れると、テディ・ナイト(Giancarlo Esposito)とエージェント契約を結び、活路を探る。エリザベス・ベンダー(Elizabeth Debicki)監督、モリー・ベネット(Lily Collins)主演のホラー映画『ピューリタン』の続篇のヴェロニカ役のオーディションに見事合格したマキシーンは、親友のレンタルヴィデオ店店員レオン・グリーン(Moses Sumney)と喜びを分かち合う。その矢先、マキシーンは夜道でバスター・キートンの扮装をした「ナイトストーカー」の模倣犯(Zachary Mooren)に襲われる。マキシーンは撃退するが、彼女を付け狙う人物は別に存在した。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

『X エックス(X)』(2022)の後日譚。『X エックス(X)』の前日譚『Pearl パール(Pearl)』(2022)とともに3部作を成す。探偵のジョン・ラバット(Kevin Bacon)によって曝かれる過去の犯罪は『X エックス(X)』(2022)において描かれるエピソードである。
エリザベス・ベンダー監督は『ピューリタンⅡ』のヴェロニカ役に著名なポルノ女優マキシーン・ミンクスを抜擢する。監督がマキシーンをカートに乗せて撮影所を案内する際、プロデューサーはポルノ規制の社会的圧力が高まる中、ポルノ女優の起用に及び腰だったと打ち明ける。そして他の続編とは一線を画す『ピューリタンⅡ』はA級の思想を体現したB級映画であり、1950年代の名画の背景に現在と同じ腐敗した世界があったことを示したいと熱弁する。ベンダー監督の『ピューリタンⅡ』にかける意気込みは、そのまま本作自体の説明となっている。同様に、ヴェロニカは殺人者だが悪役ではないという設定は、マキシーンに当て嵌まる。
マキシーンがヴェロニカ役のオーディションで発する科白に「300年前にここで起こったどんな恐ろしい出来事も、まだ終わっていないんだわ」とある。セイラム魔女裁判を指す。ポルノ規制のデモは、言わばポルノ女優であるマキシ-ンを魔女とする現代の魔女狩りに他ならない。
ピューリタン』の主役クララを演じたモリー・ベネットは、焼け焦げた身体の叫び声は映画史に刻まれたと言う。『サイコ(Psycho)』(1960)を始めホラー映画では女性が恐怖のために叫び声をあげるのが象徴的なシーンである。だがマキシーンは危険に曝されても叫び声をあげることはないのである。
ピューリタンⅡ』ではクララがリンゴ≒知恵の樹の実を囓る。善悪の知識を得ることになる。

(以下では、全篇の内容について言及する。)

テレビ伝道師アーネスト・ミラーは悪魔祓いの祈祷師を気取る。魔女という敵を仕立てて恐怖を煽り、自らに靡く者たちだけの社会へと浄化(purify)を図る。だが、ベンダー監督が「もし鏡を見れば、誰もが悪魔に見詰め返されることに気づく」と主張するように、彼こそ悪魔なのである。
ピューリタンⅡ』では、マキシーンの演じるヴェロニカは首を切断され、魔女狩りの犠牲になったことが示される。それに対し、自分にふさわしくない人生を受け容れるつもりはない。現実のマキシーンは魔女狩りを生き延びるだろう。