展覧会『保坂航子展「ギャラリー山口へのhommage」』を鑑賞しての備忘録
ギャルリー東京ユマニテbisにて、2025年6月9日~14日。
音やリズムを主題に、石彫をもとに制作されたブロンズ像や、ドローイングを元にした彫刻のためのマケットで構成される、保坂航子の個展。個展タイトルは、初個展(2008)を開催したギャラリー山口及び山口侊子(1943-2010)に対する、一種の献辞である。
《残響 #2》は、節(括れ)が2ヵ所に入ることで不均一な3つの部分から成る棒状のブロンズ作品で、矩形の展示空間の床に斜めに置かれている。両端が膨らみ、一方の膨らみはやや小振りで捻れている。磨かれた表面は金色の鏡面となり周囲を映す。
《アダンの実》は、集合果であるアダンの実のうち2つを表わしたもので、立てられたものと横たえられたものとから成る。
ドローイング作品の《無花果葉》や《無花果の幼葉》は、葉の輪郭を鉛筆の線で捉える。《リズム》と題されたドローイングも、柏や水楢の葉の凹凸を誇張して描いたようなイメージである。いずれもマティスの切り絵を連想させる。これらのドローイングをもとに彫刻のマケットが併せて展示されている。《無花果 mo.1(clay drawing)》はウォールナットの支持体に粘土でドローイング《無花果葉》のイメージを板状の半立体にして取り付け、さらに真鍮をかけて金色にしてある。対作品となる左右対称の《無花果 mo.2(clay drawing)》はメープルの支持体にドローイング《無花果葉》のイメージを象った粘土を張り付け、アルミ塗装により銀色にしてある。《無花果の幼葉no.1(clay drawing)》はキャンバスボードに《無花果の幼葉》のイメージ(大きさの異なる葉3枚を配する)を粘土に起こしたものを張り付け、真鍮を塗布して金色に、同作品を上下反転した《無花果の幼葉no.2(clay drawing)》はアルミによって銀色を呈する。《リズム no.1》はドローイング《リズム》の2枚の柏ないし水楢の葉のような形を粘土板で切り出し、キャンバスボードに貼り、真鍮をかけて金色にした作品で、その対となる《リズム no.2》は似て非なる2枚を配置を違え、アルミによって銀色にした作品。両作品とも支持体から粘土のイメージがやや食み出す。類例に《リズム no.3》・《リズム no.4》のセットもある。
ドローイングを元にした彫刻作品のマケットは、無花果や柏(水楢)の葉に見える凹凸に波、すなわち音を見出すようである。とりわけ真鍮の光沢は金管楽器を連想させもしよう。また、複数の葉を1つの作品に収める作品では、リズムを生み出す。《無花果葉》・《無花果の幼葉no.1(clay drawing)》・《無花果の幼葉no.1(clay drawing)》は、大きさの異なる3枚の葉を配することで――丁度3人称で世界を記述できるように――音の無限の広がりを表現するようだ。さらに、金銀の対は陽と陰の組み合わせにも類し、音が無音とともに知覚されることを表現する。
無花果の葉の存在から、《残響 #2》を蛇(そして男性器)、《アダンの実》知恵の木の実と捉えることは不可能ではあるまい。だが彫刻マケット群が、植物と音楽という関係にあることを踏まえれば、《残響 #2》・《アダンの実》もまたそのように解釈すべきであろう。すなわち《残響 #2》が音(波)の伝わる様子を表現するだけでなく、《アダンの実》もまた音の表現と捉えるべきなのである。《残響 #2》・《アダンの実》をモールス信号の"-・・"と見れば、"D"が現われる。作者は作品として形作るものによって作られない作品とを生み出そうとする意図があるという。ならば"D"とは、"duplicate"が暗示されていると言えまいか。