映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の韓国映画。
118分。
監督は、イ・オニ(이언희)。
原作は、パク・サンヨンの小説「ジェヒ(재희)」(『大都会の愛し方(대도시의 사랑법)』所収)。
脚本は、キム・ナドゥル(김나들)。
撮影は、キム・ヒョンジュ(김형주)。
照明は、チャン・ドクジェ(장덕재)。
美術は、イ・ネギョン(이내경).
編集は、キム・ソンミン(김선민)とイ・ヒョンミ(이현미)。
音楽は、プライマリー(프라이머리)。
原題は、"대도시의 사랑법"。
チャン・フンス(노상현)が階段を上り屋上に出る。ウェディングドレス姿のク・ジェヒ(김고은)が手摺に掴まって街を見晴らしながら煙草を吸っていた。ジェヒの手首にはフンスと同じく"J"と"H"のタトゥーが見える。視線に気付きジェヒが振り返る。来てくれたんだ。
20歳。ホミョン大学校。文科大学フランス文学科に進学した学生たちが歓迎会に向かうバスに乗り込む。その中にチャン・フンスの姿もある。バスが発車して間もなく急ブレーキがかかる。ク・ジェヒがオートバイでバスの前に突進し、バスを止めさせたのだ。路肩にオートバイを駐めたジェヒがバスに乗り込む。おはよう。ヘルメットを外して髪を掻き上げる。男子学生が色めきだつ。
体育館で車座になった学生たちがオリヴィエ教授(Salim Benoit)の音頭で乾杯し、飲み始める。オリヴィエ教授がジェヒに尋ねる。Auparavant, vous habitiez à Paris? Dans quel arrondissement habitiez-vous? ジェヒが応答する。Au début, j'ai vécu dans le 15e arrondissement, puis dans un ami près du parc Belleville. フンスがジェヒの方に気を取られていると、隣に坐った学生にフランス語を専攻した理由を問われた。カミュが好きだから。おいおい、カミュはモロッコだろ。アルジェリアだよ。フランス文学じゃない。作品はフランス語で書かれてる。男子学生は別の学生たちに全く異なる話題を切り出した。酔いが回り、ジェヒがトイレに立つと男子学生も数人連れ立って出て行った。オリヴィエ教授が1人で飲むフンスに話しかける。私もカミュが好きだよ。『異邦人』。Aujourd'hui, maman est morte. 今日母さんが死んだ。Ou peut-être hier, je ne sais pas. ひょっとしたら昨日だったか、僕には分からない。J'ai reçu un télégramme de l'asile. 病院から電報を受け取った。オリヴィエが暗唱するフランス語をフンスが訳す。ジェヒは外で1人煙草を吸っていた。
オリヴィエ教授の講義。Adieuは前置詞àとdieuの組み合わさった言葉だ。英語ならto Godだね。神の御許で相見えようってことだ。くだけて言えば、二度と会うもんかクソ野郎! 学生たちが笑う。勉強していますか? もうすぐ試験ですよ。一番前の席に1人坐っていたジェヒが講義の終了とともに教室を飛び出す。教室にいたフンスは煙草を吸うジェヒの姿を眺めた。男子学生のグループチャットではジェヒの話題で盛り上がる。すごくクールだよな。ヨーロッパ育ちだからだろ。注目を浴びたいだけじゃね? 激しく同意。とにかく彼女は俺のもの。女子学生たちもジェヒの噂話に興じる。オリヴィエと出来てるんじゃない? さあ。課題やってくれる男が別にいるらしいよ。本当に? いつも煙草堂々と吸ってるよね。思い通りに生きてるって感じ。でも、服は昨日と同じじゃない?
イテウォンのクラブから出たところで、ジェヒはフンスが暗がりで誰かと激しくキスを交わしている場面に出会す。酔っ払っていたジェヒはフンスにさっさとヤりに行けと嗾ける。フンスの相手はオリヴィエ教授だった。…どうも。唖然とするジェヒが会釈するが、気まずい教授はそそくさと立ち去った。呑み行こう。女とは呑まない。フンスもジェヒを置いて歩き出す。ねえ、一緒に課題やらない? なぜ? 俺の弱味を握ったつもりか? 何て? 俺は興味ない。他の人を当たってくれ。
フンスの部屋。フンスは携帯電話でオリヴィエにAdieuとメッセージを送る。PCでアウティングについて検索した。続いて、痛みのない自殺を検索する。
居間で母親(장혜진)が聖書を学んでいる。テレビでは野生動物のドキュメンタリーが流れている。毛並みの白さから神聖視されもしたアルビノは、虚弱体質な上に群れから孤立するため生存率が低いのです。母さん、お金ある? 何故? アメリカに行く。どうして? ここで生きていく自信がない。英語を学ぶべきだったわね。じゃあ、フランスに行くよ。兵役に就きなさいよ。
ベッドに坐り、フンスはビニール袋を頭に被ってみる。
大学でフンスは、擦れ違う学生たちから奇異な目で見られているようで気が気でない。教室に入り、後ろの方の席に1人坐るとと、少し離れた場所にいた男子学生たちの会話が聞こえてきた。…嘘じゃないって、本当だって。マジで見たのかよ。視力はいいんだ。オリヴィエがゲイだって? 男とホテルに入るのを見たんだよ。イテウォンでさ。キモいな。短髪の女性じゃなくて? 背が高くて痩せ型のさ…。ちょうどフンスが目に入る。シュッとした顔で一重で、あんな顔だよ。目撃者がフンスを指差す。フンスがどうにもできずただ坐っていると、ジェヒが目の前に駆け込んでくる。昨日間違えて持って来ちゃった。ジェヒが机の上にジッポーを置く。昨日は楽しかったね。思い出し笑いしちゃった。ジェヒは大声で笑いながら慣れ慣れしくフンスを叩く。ジェヒはフンスの顔を摑むと顔を近づけ、他の学生たちに気付かれないようにフンスに笑えと言う。フンスはぎこちなく笑顔を作る。そこにおはようと女性講師が入って来た。また後でね。ジェヒは最前列の席へと戻っていく。ジェヒを狙っていた学生はジェヒに彼氏が出来たと落ち込む。前回話したアルチュール・ランボーですが、フランス現代詩の最重要人物の1人で…。
イテウォンのクラブ。1人踊っていたフンスがバーに行く。ビール。バーテンが常連のフンスの様子がおかしいのに気付く。怒ってるの? 怒ってないよ。気まずいってだけ。煙草に火を点けるフンス。いいライターだね。どこで? 俺のじゃない。ならくれよ。テキーラのダブルと引き換えに。フンスはテキーラを一気に呷ると、ジッポーを置いてバーを離れる。携帯電話を確認すると、男子学生のグループチャットで上半身裸の女性の画像が話題にされていた。顔は切れているが、髪型や体つき、とりわけ胸の大きさや黒子からク・ジェヒに間違いないと盛り上がっている。フンスは族座にチャットを退会する。チャン・フンスって誰だっけ? フンスはバーに戻るとバーテンに紙幣を渡し、ジッポーを取り戻す。
これから試験が行われる教室では、学生たちがク・ジェヒの話題で持ちきりだった。あの写真は本物だね。恥ずかしい。私なら学校辞める。教室に向かうジェヒに例の裸の写真を添えたメッセージが届く。ビッチのお前じゃない? 遅れて教室に入ったジェヒは試験管から試験問題を受け取ると誰よりも早く解答を終え、教卓に解答用紙を提出した。立ち去るジェヒに口笛が吹かれ、笑いが起きる。ジェヒは教壇に上がるとTシャツの裾を捲って胸を露出する。よく見なよ。黒子はない。Aカップだよ、クソ野郎!
2023年。ク・ジェヒ(김고은)の結婚式にチャン・フンス(노상현)が向かう。同い年の2人はお互いの手首に"J"(Jae-hee)と"H"(Heung-soo)のタトゥーを入れるほどの親友だった。
2010年。20歳。ホミョン大学校。文科大学フランス文学科に進学したジェヒは、パリのリセに通ったフランス語既修者。偶々フンスがオリヴィエ教授(Salim Benoit)と関係を持っていることを知ったが、フンスの彼女を装い、ゲイの噂を打ち消す。ジェヒとされる裸の写真が出廻ると、ジェヒは試験中の教室で自ら胸を曝して否定する。だが"crazy bitch"として仏文学生から敬遠される事態に。同性愛者としての生きづらさを小説に吐き出すことで日々をやり過ごしていたフンスは、ジェヒの真っ直ぐな生き方に惹かれる。恋愛体質のジェヒに対し、割り切った関係だけを望むフンスは何故か馬が合い、一緒にイテウォンで夜遊びに明け暮れる仲となる。
(以下では、冒頭以外の内容について言及する。)
いわゆる恋愛映画とは一線を画しつつ、魅力的な愛の形を描く秀作。
ジェヒはパリのリセに通っていたが、4年間一度も両親が訪ねてきたことはなかった。金銭的な援助はあるが両親とは疎遠である。それがDJ、ジュンス(곽동연)、チェ・ソヌ(이유진)と次々と恋に落ちる原因だ。すぐに煙草を吸わずにいられないのも孤独に苛まれているが故であろう。
ソヌに惚れたジェヒは会いたい気持ちで一杯になる。ジェヒは、恋愛はドーパミンによる錯覚だと言うフンスに対し、愛するのは抽象的で摑みづらいが、会いたいという気持ちは正真正銘の恋だと吐露する。星空の下の滑り台というシチュエーションがジェヒの純粋な気持ちを演出する。学園祭に出店しているソヌに手伝いは必要ないと言われたジェヒは、差し入れを持ってソヌに会いに行く。ジェヒに姉と偽っていた恋人が激昂したことにソヌは動揺し、ジェヒに逆ギレする。誰が"crazy bitch"とまともに付き合うかと。レッテルで判断するソヌにジェヒは傷つく。傷ついたジェヒはどうしてもフンスに会いたくなる。だがフンスはジェヒの状況を摑みきれず、なおかつある事情でジェヒに会いに行くことができない。ジェヒの悲しみに追い打ちをかける。ここにおいて、セックスで結び付かない純粋に会いたい気持ち、すなわちジェヒの言う愛が結晶化する。これこそタイトルにある"사랑법"なのだろう。
終盤のジェヒの結婚式のシーンも最高。ジェヒや参会者とともにmiss Aの"Bad Girl, Good Girl"を歌い踊るフンスに見入ってしまう。「私がありのままでいられるように(내가 나일 수 있게)」という歌詞も含め、歌とダンスはフンスの気持ちそのものである。