展覧会『西村藍展「Reprise」』を鑑賞しての備忘録
ギャルリー東京ユマニテbisにて、2025年6月16日~21日。
神殿のような建築空間を舞台に修道服のような衣装を纏う女性たちが展開する無言劇といった趣の絵画で構成される、西村藍の個展。
《痕跡》(333mm×333mm)は、修道服を身につけた女性が右手で三日月を摑み中空に浮く様を表わした作品。調度の1つもない部屋で黒い修道姿の女性が目を瞑り、右手で三日月を摑んでいる。「月の剣」の異称よろしく鋭利な三日月は彼女の手に血を滴らせる。僅かに浮く身体、その浮遊感覚は曲げた両膝により高められる。床には彼女の影が映るとともに、月に掴まったまま移動したために血痕が点々としている。手からの出血か、他の原因(経血など)かは判然としない。
《signpost》(273mm×410mm)は、修道服を着た女性3人の前に小窓から射し込んだ月明かりをを描いた作品。モスグリーンの床に無地の壁のガランとした空間に3人の黒ずくめの女性が並んで歩いている。アーチ状の小さな窓に掛けられたカーテンが強い風――修道女のヴェールが煽られて1人の顔がを隠してしまう――に煽られ、その拍子に光が射し込む。恰もピンホールカメラのように床には三日月が映る。
《隙間》(333mm×333mm)は、クリーム色のカーテンの隙間から、三日月の浮かぶ星空を背に修道服姿の女性が姿を見せる。
《心臓を交換する方法》(1620mm×1303mm)は、カーテンが左右に寄せられ、アーチ状の窓越しに月が見える中、2人の女性のやり取りが描かれた作品。左側には白い修道服を纏った女性が立っている。胸をはだけ、中央の皮膚が剝がれてアーチ状の洞が露出し、その中に顔が現われる。彼女の左側(画面右側)には黒い修道服の女性がしゃがんでいる。彼女は上着を羽織って折らず、胸の中央に穿たれた円形の空洞から壺のような心臓が覗く。胸の中の顔の左眼、からしゃがむ女性の口、壺形の心臓を結ぶ金色の直線が三角形を成す。2人とも目を瞑っており、夢遊病者のようだ。背後のアーチは2つあり、左側には更待月が見えることから夜明けだろう。右側には新月に近い月で現実には見えづらい。心臓の交換とは新しい月の訪れを暗示するのだろうか。
《shooting star》(1620mm×2000mm)は、アーチ状の窓から星が見える部屋で2人の女性が両腕を上げている姿を表わした作品。2人は黒いヴェールに黒いスカートを身につけているが上半身は裸である。窓の左右に立つ2人は目を閉じて窓に向かって身体を横に倒しつつ両腕を伸ばす。何かの祈り、儀式のようだ。星はとげとげとした形で室内に射し込み、2人の腹を切って血を流させる。2人のいる部屋は建物内に設置あれた入れ籠状の部屋で、地下への階段がある。
《うたた寝》(727mm×970mm)は、円形の床面を持つ部屋に坐る女性と、彼女の太腿に顔を載せて眠る女性とを描く作品。白い紙か布を敷いて、黒いヴェールとスカートを穿いた女性が坐る。椅子の姿は見えず、腰が浮いているようだ。彼女は右の人差指を、背後に立つ屏風のようなパーテーションに穿たれたアーチ状の開口部に向け、星の光を受ける。もう1人の女性も同じく半裸で、白い紙か布の上に脚を置き、相手の太腿に頭を載せて眠る。
《隠れ家》(515mm×910mm)には、アーチ状の壁龕に入り込んで膝を抱えて坐る2人の女性が表わされる。黒いヴェールにスカートのお馴染みなりの2人は、白い布を掛けた卓を挟んで腰を降ろし目を閉じる。壁龕は狭く、頭を倒さないと居られない。卓の上には女性たちの頭より一回り小さい月が浮かぶ。
これらの作品は、建物の内部であることに加え、小部屋や壁龕、カーテンやパーテーションによって秘匿された状況が強調される。女性たちが修道服のような衣装を纏っているのも、彼女たちが行動を制限されていることを示す。小品の《縫い目》(180mm×140mm)・《飛び立つ》(180mm×140mm)・《stitch》(180mm×140mm)では、それぞれ喉・口・手首などが縫われた女性が登場するのも、言動に対する束縛を表わすものである。他方、その閉鎖環境には月や星が登場する。女性たちは光に対する憧れを抱いている。目を閉じているのは、その憧れが盲目的とも言える信仰であることを示す。しかし、光に触れようとする彼女たちを傷つける。
情報通信技術の発達により個人が容易に情報を受信しかつ発信できる状況は、かつてならば繋がることのなかった力のある存在と容易に結び付くことができるようになった。他方、私生活が世界に向けて容易に曝される事態でもある。仮設の舞台のような空間は、二次・三次の情報で構築された仮想空間であろう。閉じ籠もってディスプレイを眺めるのではなく、実際に足を踏み入れて自らの目で世界を見ることを促す、洞窟の比喩のようなものとして作品はあるのではないか。