可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ドールハウス』

映画『ドールハウス』を鑑賞しての備忘録
2025年製作の日本映画。
110分。
監督・原案・脚本は、矢口史靖
企画は、遠藤学と山野晃。
撮影は、高木風太
照明は、市川徳充。
録音は、池田雅樹。
美術は、金勝浩一。
装飾は、鈴木仁。
特殊メイク・特殊造型は、藤原カクセイ。
衣装は、小木田浩次と早船光則。
音響効果は、伊藤瑞樹。
編集は、宮島竜治。
音楽は、小島裕規“Yaffle”。

 

練馬区の住宅街。芽依ちゃんママを困らせちゃダメよ。いい子にしてて。夕方までに帰って来るのよ。母親たちに言い付けられた女の子たちが鈴木佳恵(長澤まさみ)の家に迎えられる。家に上がると早速はしゃぐ子供たち。芽依、ママはお菓子買って来るから。お外に出たらダメよ。佳恵は娘の鈴木芽依(本田都々花)に言い置くと、包丁をしまい、ガス栓を占め、浴槽が空であることを確認して家を出る。
かくれんぼを始める子供たち。芽依は押し入れに隠れようとすると、先に入り込んでいる子に他の場所に行くように促される。ベッドの下も。浴槽の中も。もういいかい? まあだだよ! 芽依は他に隠れる場所を探す。
佳恵が自転車でスーパーへ向かう途中、重そうな紙袋をたくさん抱えたマスクをした男と擦れ違う。スーパーで会計を待っていると、同級生を子供に持つ親同士が、不審者の出没の情報が学校から廻ってきたと話しているのが聞える。胸騒ぎがする佳恵は急いで帰ろうとするが踏切で足止めを食らう。
佳恵が帰宅すると、家の中は静まり返っていた。リヴィングには誰の姿もない。芽依! みんな! 階段を上がるが、2階にも誰もいない。向かいの笹原さんの家でインターホンを鳴らす。娘さんは既に家に戻っていたが、芽依は一緒ではなかった。
近所の母親たちが子供たちと集まる。佳恵の家に遊びに来ていた子供たちは芽依が母親を探しに行ったのだと思っていた。この附近を探してみます。すぐ見付かるって。母親たちは手分けして近所の見回りに行ってくれた。
看護師の鈴木忠彦(瀬戸康史)が勤務中に奥さんから電話だと呼び出される。急にどうしたの? ええっ!
忠彦が自転車で自宅に急行すると、家の前にパトカーが駐まり、近所の人が集まっていた。自転車を駐め慌てて家に入ると、リヴィングに2人の警察官がいて、テーブルで佳恵が捜索願に記入していた。芽依は? 忠彦が尋ねるが、佳恵は力なく首を横に振るだけだった。
何か分かりましたらすぐに連絡します。玄関で立ち去る警察官を見送った忠彦は芽依の靴を揃える。
リヴィングでは虚ろな表情の佳恵が坐っている。忠彦が麦茶を差し出す。ありがと。佳恵はグラスを取ろうとして倒してしまう。大丈夫。佳恵はすぐさまテーブルクロスを外し、洗濯機に運ぶ。ドラム式の洗濯機の蓋を開け、テーブルクロスを入れる。そのとき何かに気が付く。佳恵がテーブルクロスを取り出すと、近所に響き渡る叫び声をあげた。
1年後。練馬区内の集合住宅。目の前を走る通りでは子供たちが遊んでいる。カーテンを半ば閉ざした暗い部屋には、段ボールが開梱されずに積まれている。壁際に置かれた仏壇には芽依の写真が飾られている。洗面所では水を張った洗面台で佳恵がシャツを手洗いしていた。
忠彦の勤務先の病院で、精神科医・竹内良子(西田尚美)が主宰するグリーフケア・ミーティングが行われている。子供を失った母親(坂倉なつこ)が話しているところに忠彦が顔を出した。…いつまでも暗い顔をしていたら、あの子に怒られちゃいますから。1日1回は笑顔でいるように努めています。参加者たちが拍手する。ありがとうございました。次は鈴木さん。無理はなさらないで。何か話したいことがあれば。…私、…私…。ゆっくりで大丈夫ですよ。嗚咽しながら佳恵が語り始める。…私は、古いタイプの洗濯機を買い換えないで使い続けていたから、芽依が…息が出来なくて…。遠くで見守っていた忠彦が佳恵に寄り添い、宥める。
忠彦の母・鈴木敏子(風吹ジュン)が佳恵を訪ねてきた。旅行なんかもしてないんでしょ? 芽依の持ち物は子供部屋に出してあったが、他の荷物は相変わらず段ボールに入ったままだった。掃除も行き届いていなかった。お掃除ロボット使ってないから持ってこようか? リヴィングのテーブルに坐った敏子に佳恵が紅茶を用意する。ぼんやりしている佳恵は紅茶を注ぐとカップから溢れさせてしまう。ねえ、お節介かも知れないけれど、お焚き上げ供養を受けたらどうかしら? ここがいいって聞いたのよう。どう? 満足山成就寺のチラシを敏子が差し出した。
暗い部屋。テーブルの上には薬と水の入ったグラス。佳恵は1人ぼんやりと窓の外を眺める。
ベランダに出て佳恵がお焚き上げ供養のチラシを見ていると、風に飛ばされてしまった。佳恵が表に出てチラシを探しに行く。チラシは風に乗り、公園で催されている青空骨董市の方へと飛んでいった。家具、器、書籍などを並べた店に人集りが出来ている。ようやくチラシを手にした佳恵は、目の前に置かれていた箱入りの古い日本人形に目を奪われる。
忠彦が帰宅する。室内は明るく、キッチンからは佳恵の鼻歌が聞えてきた。ただいま。おかえり。佳恵は笑顔でシチューを作っていた。食卓に坐ろうとした忠彦は薄汚れた日本人形が椅子に坐っているのを見て驚く。どうしたの? そこの公園で骨董市をやっていて。高かったけど買っちゃった。どうぞ。佳恵は忠彦と人形の前にシチューの皿を置いた。忠彦はまじまじと人形を見詰める。佳恵から料理を運ぶよう頼まれる。
佳恵は歌いながら人形の汚れを取り、爪を切り、髪を切り、和服から洋服に着替えさせる。♪私の人形は良い人形 ♪目はぱっちりと色白で ♪小さい口もと愛らしい…。帰宅した忠彦が鼻歌を聞いて子供部屋に行く。ただいま。佳恵と一緒にいる人形は、芽依の姿に近付いていた。

 

鈴木佳恵(長澤まさみ)は、近所の子供たちを家に招いた際、お菓子の買い出しに出る。スーパーで不審者出没の噂を耳にした佳恵は慌てて帰宅すると、家には誰もいなかった。帰宅していた子供たちは、かくれんぼをしていていなくなった鈴木芽依(本田都々花)が佳恵を探しに行ったものと思っていた。母親たちが近隣を手分けして探すが見付からない。佳恵は看護師の夫・鈴木忠彦(瀬戸康史)に連絡するとともに警察に通報する。捜索願を警察官に提出した後、虚ろな佳恵は忠彦に出されたお茶を溢してしまう。テーブルクロスを洗濯機に入れる際、佳恵は窒息死した芽依を発見する。
1年後。事故のあった分譲住宅から集合住宅の1室に引っ越した佳恵は芽依を失った衝撃から立ち直れないでいた。忠彦は佳恵を勤務先の精神科医・竹内良子(西田尚美)に診てもらい、グリーフケアを行ってもらう。忠彦の母・鈴木敏子(風吹ジュン)は佳恵に気分を切り替えるきっかけにと満足山成就寺のお焚き上げ供養を薦める。佳恵は近くの公園で行われていた骨董市に偶然立ち寄った際、古い日本人形に目を奪われ、手に入れる。佳恵は人形の髪を切って着替えさせ、芽依の姿を彷彿とさせる姿にすると、我が子のように人形を扱った。忠彦は心配するが、ドールセラピーの効能は認められていると竹内医師に言われる。実際、人形の世話をするようになって佳恵は明るくなった。忠彦は佳恵と人形とを伴って買い物や旅行に出かける。2人は新たな子を授かる。真衣と名付けた赤ん坊の世話に忙しい2人は、娘のように扱ってきた人形を邪慳にし、押し入れの奥に仕舞い込む。5年後、幼稚園に通うようになった鈴木真衣(池村碧彩)は転がしたビー玉を追って押し入れの中に入り、人形を発見する。真衣は人形をあやちゃんと読んで可愛がる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

佳恵が手に入れた人形は、佳恵が手を入れることで芽依に似る。人形は亡くなった芽依に等しい。佳恵と忠彦は人形=芽依を大事にしていたが、真衣の誕生により、人形=芽依を邪慳に扱うようになり、押し入れの奥に仕舞い込む。芽依の事故の惨劇の衝撃は新たに授かった真衣のお蔭で柔らいだのである。だが、真衣が芽依と同じ年頃になると、2人が仕舞い込んでいた芽依喪失の記憶が再び顔を覗かせ始める。
真衣は人形とともに遊ぶが、真衣には不自然なひっかき傷ができる。人形=芽依に思いを馳せることは、真衣を蔑ろにすることになる。失われた芽依か、生きている真衣か。佳恵と忠彦は芽依喪失の自責の念から逃れようと過去を隠蔽しようとするとき、却って過去の闇――洗濯槽という墓穴――に呑み込まれてしまうのである。そのとき生者の家は、人形の家となるだろう。