可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ハルビン』

映画『ハルビン』を鑑賞しての備忘録
2024年韓国製作。
114分。
監督は、ウ・ミンホ[우민호]。
脚本は、キム・キョンチャン[김경찬]とウ・ミンホ[우민호]。
企画は、キム・ウォングク[김원국]。
撮影は、ホン・ギョンピョ[홍경표]。
照明は、パク・ジョンウ[박정우]。
音声は、チェ・テヨン[최태영]。
同時録音は、チョ・ミンホ[조민호]。
美術は、キム・ボムク[김보묵]。
衣装は、クァク・ジョンエ(곽정애)。
編集は、キム・マングン[김만근]。
音楽は、チョ・ヨンウク[조영욱]。
原題は、"하얼빈"。

 

1905年、乙巳条約(第二次日韓協約)により大日本帝国に外交権を剥奪された大韓帝国保護国化、事実上日本の植民地となった。自裁により反対を表明した者もいれば断固たる抵抗闘争に身を投じた者もいた。
大韓義軍参謀中将アン・ジュングン(현빈)が一人、凍結した豆満江を歩いている。
1909年1月17日。ロシア帝国ノヴォキエフスコエ。大韓義軍参謀部。もう1月以上経ちました。イ・チャンソプ同志(이동욱)の見解は? 未だ帰還していない以上死亡したと看做さざるを得ない。必ず生きて帰ります。キム・サンヒョン(조우진)が異議を唱える。生還できた場合は日帝密偵になったと考えるのが筋だ。イ・チャンソプ、憶測で貶めるな。ウ・ドクスン(박정민)も反論する。誰のせいで同志が犬死にしたのかまさか忘れてはいないだろうな。選択の余地が無かった。愚かな選択だ。イ・チャンソプの言うとおりだ。何であれアン・ジュングンを庇うな。建物の入口でベルが鳴らされる。総長のチェ・ジェヒョン(유재명)が慎重に応対すると、アン・ジュングンだった。大丈夫か? 敵将を解放したというのは本当かね? 戦場から生還した同志はいますか? お前のことを皆が待っている。アン・ジュングンが参謀部に顔を出すと、キム・サンヒョンとウ・ドクスンが出迎える。生きていたんだ。生きて帰って来ると思ってたんだ。身体はどうしたんだ? まあ、坐ってくれ。どの面提げて戻ってきた? もっと言い方があるだろう。俺は許すつもりはない。赦しを請おうと戻ってきた訳じゃない。まだやるべき事が残っているからだ。
40日前。咸鏡北道慶興。雪の降り積もる森でキム・サンヒョンとウ・ドクスンが日本軍の野営地設営を偵察する。2人が雪に埋もれて待機する部隊に戻り、アン・ジュングンとイ・チャンソプに報告する。野営地設営のための先遣隊のようです。ざっと150といったところです。こちらより70は多いな。不利な状況だ。戦いは数ではなく勢いだ。2対1なら勝算はある。それは確かだが、不利な状況に変わりは無い。装備も敵が優れている。歩哨所は? 南北に2つずつ。私が左翼大隊を率いて南から襲撃する。私はキム同志とともに北を攻撃します。私がまず歩哨所を銃撃しよう。敵兵が私に銃を向けたところで左右の大隊で一斉に奇襲攻撃を仕掛けるんだ。チャンソプ、私が仕掛けるのを待つんだ。分かった。韓国義軍は左翼大隊と右翼大隊とをそれぞれ南北に展開する。アン・ジュングンは一人近くの丘に登り、両大隊とは別の角度から歩哨所に銃撃する。日本軍は奇襲に動揺し、銃声の方角に気を取られる。その隙に左翼大隊・右翼大隊が一斉射撃を加えた。その上で韓国義軍は日本軍野営地に突撃する。両軍による激しい白兵戦となった。
戦闘は韓国義軍の勝利に終わった。捕虜になった面々がアン・ジュングンらの前に一列に坐らされている。泣くな、兵士らしく死ね。将校(박훈)が隣で嗚咽する鈴木(손승훈)を諭す。キム・サンヒョンが通訳する。お前は何者だ? 大日本帝国陸軍少佐森達雄だ。お前は誰だ? 大韓義軍参謀中将アン・ジュングンだ。私は軍人としてすべきことをしたまで。一点の恥じらいも無い。大日本帝国の軍人として誇らしく死を迎えたい。自決させて欲しい。恥を知らない人間は獣と同じだ。お前は獣以下だ。罪の無い朝鮮人をどうやって殺したか知っていてそんな口を叩くのか? イ・チャンソプが森少佐を蹴り倒す。アン・ジュングンが制止する。家族はいるか? 妻と2人の息子がいる。戦争捕虜として解放する。負傷兵を治療するんだ。韓国義軍の面々がアン・ジュングンの措置に不満を表明する。敗将として生きる面目が無い。名誉を守らせて欲しい。森少佐、子供たちを孤児にさせず生きて帰れ。アン同志! ウ・ドクスンが激昂する。何してる? 報復されるに決まってるだろ? 解放すれば復讐されるんだ。武器を奪った後でここから離れた後に解放すれば問題無い。解放すれば内紛の可能性があります。死んだ同志たちにも眼を向けろよ。同志の心は分かる。だが万国公法により捕虜を勝手に処刑することはできない。イ・チャンソプが鈴木の頭を撃ち抜く。イ・チャンソプ、蛮行だ! 万国公法の美文なんてな、大砲1発にも敵わないんだよ。空虚な言葉に踊らされて同志の犠牲を無駄にするのか? お前の目的は4千万人の日本人全員を殺すことか? この国の主権を回復することが私の目標だ。4千万人の日本人を殺して独立できるなら喜んでそうするよ。全て殺そうとしたら自分たちも同じ運命になることを本当に分からないのか? 全ての責任はお前が引き受けるんだな。

 

1908年12月。咸鏡北道慶興。参謀中将アン・ジュングン(현빈)率いる大韓義軍が日本軍に対して奇襲攻撃を仕掛けた。数で劣る韓国義軍は多大な犠牲を払いながら辛くも勝利。報復を恐れる同志らの反対にも拘わらず、アン・ジュングンは陸軍少佐森達雄(박훈)ら捕虜を万国公法に基づいて解放する。怒ったイ・チャンソプ(이동욱)は手勢を率いて撤退してしまう。咸鏡北道会寧に駐屯していた部隊は森少佐の砲撃により壊滅する。食糧調達のために難を免れたアン・ジュングンは、自らの信念に従ったことで多くの同志の命を奪ってしまったと打ち拉がれる。1909年1月。ロシア帝国ノヴォキエフスコエの大韓義軍参謀部に姿を現わしたアン・ジュングンを歓迎するのはキム・サンヒョン(조우진)とウ・ドクスン(박정민)だけだった。イ・チャンソプらから断罪されたアン・ジュングンは、自らの命を同志のために用いると統監・伊藤博文(リリー・フランキー)暗殺を誓う。

(以下では、全篇の内容について言及する。)

アン・ジュングンによる伊藤博文暗殺事件を描く。
アン・ジュングンは、慶興の戦闘に際し、同志の反対にも拘わらず万国公法に従い捕虜の森少佐を解放した結果、報復攻撃を受けて多くの同志を失ったことから、信念が揺らぐ。凍結した豆満江を一人彷徨する姿は、その象徴である。アン・ジュングンは亡くなった同志のために命を使うと、大韓独立のため統監・伊藤博文暗殺を企てる。
アン・ジュングンが慶興の戦いの後、40日間帰還しなかったことから、大韓義軍参謀部では、アン・ジュングンが日本軍に捕縛され、密偵になった可能性が議論される。この疑心暗鬼が、以降、伊藤博文暗殺に向けて行動するチームに足枷となる。アンジュングンらは鉄道で憲兵による検束を免れようと、散り散りになる。面が割れたアン・ジュングンに代わり、イ・チャンソプが暗殺作戦の指揮を執ることになる。帰還が遅れたウ・ドクスンに密偵の嫌疑がかかる。アン・ジュングンは、味方を疑っては目的が実現できないと主張するものの、森少佐ら日本軍によって謀議の内容を摑まれていた。
帰還したウ・ドクスンはキム・サンヒョンと酒を酌み交わす。ウ・ドクスンは慶興の戦いで生き延びることができたのはキム・サンヒョンのお蔭だと言う。ウ・ドクスンは命が大事だと言うのに対し、キム・サンヒョンは命よりも歴史に名を刻みたいと訴える。キム・サンヒョンの言葉は葛藤から発せられていた。
大韓独立に向けた義兵闘争は多くの犠牲者を出し、進展しない。アン・ジュングンも理想と過酷な現実とに引き裂かれる。それでも仲間を信頼することが成功に一歩でも近付くことになると、弛まず歩み続ける。

宿敵である大日本帝国やその軍隊の描写は想定したよりも遙かに穏便であった。陸軍少佐森達雄を演じた박훈がヴィランとして魅力的。