可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『顔を捨てた男』

映画『顔を捨てた男』を鑑賞しての備忘録
2023年アメリカ製作。
112分。
監督・脚本は、アーロン・シンバーグ(Aaron Schimberg)。
撮影は、ワイアット・ガーフィールド(Wyatt Garfield)。
美術は、アンナ・キャスリーン(Anna Kathleen)。
衣装は、ステイシー・バーマン(Stacey Berman)。
編集は、テイラー・レビ(Taylor Levy)。
音楽は、ウンベルト・スメリッリ(Umberto Smerilli)。
原題は、"A Different Man"

 

神経線維腫症Ⅰ型の患者の頭部をスキャンした3D画像が画面に映し出される。3Dプリンターによって顔のレプリカが形成される。
神経線維腫症Ⅰ型のために顔に複数の腫瘍のあるエドワード・レミュエル(Sebastian Stan)が壁に倒れかかり喚く。ドアが開き、ショーン(Miles G. Jackson)が顔を出す。大丈夫ですか? 横になります? 時々起こるんだ。そのうち治まるよ。心配してくれてありがとう。デスクにいますから。ショーンが引っ込む。さらにエドワードが喚いていると、ベルが鳴る。スタジオ内の職場の休憩所のセットでの撮影だった。監督(Patrick Wang)がエドワードに声をかける。ちょっと激しすぎるかもしれませんね。大動脈瘤の破裂ではなく、眩暈がして身体がふらふらする感じです。監督が上半身を回転させる。分かります? ええ。怖がらせたくはないんです。エドワードが身体を揺らしながら呻く。大丈夫? ショーンが声をかける。
撮影が終了する。スタジオの隅にエドワードがショーンと腰掛けている。長いんですか? ごく僅かです。ジュリアードを出たばかりで。出演料が出る初仕事なんです。興味深い経験です。仕事なんです。
地下鉄。エドワードの顔を見て笑う者がいる。視線を感じて女性を見ると、女性は眼を逸らした。サングラスの男性は面白そうにエドワードを眺めている。見窄らしい身なりの男(Marc Geller)が喚きながらやって来た。お前らの考えてることはお見通しだぜ。でも間違いだ。俺は道を知りたいだけなんだ。この列車はどこへ向かってる? 車掌は? この列車の行き先を尋ねてくれ。栄光? そんなとこ目指しちゃいないさ。目的地はニュージャージー州フォートリーさ。お前らみたいな馬鹿のことは知らねえよ。俺には義理の兄弟がいるんだ。この列車は善人も悪人もクソ野郎も運んでやがる。じゃ、誰がヒーローになるんだ? 1人叫んでいる男に男性(JJ McGlone)が声をかけた。キャスティング・ディレクターをしています。個性的で珍しい容貌を専門としていまして。スターの素質があるって言われたことあるぜ。
アパルトマンに戻ると、引っ越し業者がソファを運んでいた。犬を飼ってるか? 階段脇でオリ―(Billy Griffith)と作業を見守っていた家主からエドワードが尋ねられる。いいえ。じゃ、別人か。作業員たちが大声で話しながらソファを抱え、2人の間を抜けて階段を上がっていく。大家が自分の首筋を示し、エドワードに触るように言う。痼りががあるだろう? 少し痼りになってますね。ウディ・アレンみたいだな、神経質だった若い頃の。オリーがエドワードに言う。自信を持てよ。ブラジリアン呪術とかクラヴ・マガとか習ったらいい。人生の全ての不幸はありのままを受け容れないことに原因があるんだ。誰の言葉か分かるか? 精神科医だろ。茶化すな。話がオリーと家主の間で交わされる隙にエドワードは階段を上がる。そのとき階段を駆け下りて来た4Bの住人オスターマイヤー(John Klacsmann)に邪魔者扱いされる。…レディー・ガガだよ。オリ―の声が聞える。4Eにソファーを運び入れるところで、女性(Renate Reinsve)が作業を見ていた。4Eの隣にある4Fにエドワードが入り、女性に会釈する。ソファをぶつけたのか、激しい音がして、エドワードは驚く。作業員は相変わらず騒々しい。ふと気付くとリヴィングの天井から雨漏りしていた。ソファをどかし、ボウルを持って来た漏水を受ける。
台所で口笛の吹き方を説明する動画を見ながらタマネギを切っていると、突然ドアを叩く音がする。驚いた拍子にエドワードは指を包丁で切ってしまう。キッチンペーパーで押えて応対にであると、引っ越してきた女性だった。彼女が血塗れの手を見て驚く。救急箱を取ってくるから待ってて。彼女は救急箱をすぐに戻ってきて、エドワードの部屋に入る。手当てするから、ここに坐っても? 彼女はソファに坐る。エドワードは事態の推移に追いついていけず、ただ彼女の隣に腰を降ろす。医者じゃないから責任取れないわ。いいわよね? 軟膏を塗ってガーゼを巻くだけ。軟膏は期限切れか。最近だから大丈夫よね? キッチンペーパー? 環境に良くないわ。患部を見るわね。ひどいわね、縫う必要があるかも。どう思う? 彼女はエドワードの顔を見てどうしたのかと尋ねる。エドワードは言葉が出てこない。私には関係無いことよね。彼女が傷の手当てをする。引っ越し業者の連中、馬鹿みたいにただ突っ立ってたのよ。引っ越し先に敵がいるのかと思ったわ。エドワードは患部に軟膏を塗ってもらう。痛くない? 少し。良かった。大丈夫よね。あ、ソファに溢しちゃった。取れなかったら言ってね。自分の太腿にも付けちゃった。手当てを終えたところで彼女は雨漏りに気が付く。修理してもらったら? あなたの部屋は居心地良さそうね。私の部屋は戦場みたい。ニューヨークの人? ええ。私はオーレスン。知ってる? 名前は? エドワード。レミュエルでしょ。郵便受けで見たの。私はイングリッド。もう言ってたかしら? イングリッドは壁の写真を見る。母親? そう。あなた? そう。母親は存命? いや。あなたは何をしてる人? タマネギを切っていた…。作家さんなの? イングリッドは赤いタイプライターを見つける。道端に捨てられてて。本当に? 価値がありそう。イングリッドはタイプライターでタイプされた文字を読む。「彼らは私を嘲笑し、顔を見せろと言う。言われたとおりにすれば、恐怖で逃げ出すのに。」これは何? タイプライターを試しに使って見ただけなんだ。面白いわ。実は私、劇作家なの。僕は俳優だよ。凄いわね。何かに出てたかしら? おそらく見たことないだろうね。一緒に栄光向かっていけるかも知れないわね。そうかも。私の部屋に住んでた人のこと知ってる? C.プラスキー? そうです。洗剤を借りに来たよ。1人暮らしの老人。亡くなったの? さあ。分からないな。私にも洗剤を貸してもらえない? もちろん。エドワードが洗剤を取りに行く。イングリッドが台所のパッドを目にする。口笛を吹けるようになりたいの?

 

神経線維腫症Ⅰ型のために顔に複数の腫瘍のあるエドワード・レミュエル(Sebastian Stan)は、ニューヨークにある古いアパルトマンで1人暮らし。俳優だが、最近ようやく社員研修用の映像に1本出演しただけ。隣に劇作家のイングリッド(Renate Reinsve)が引っ越してきた。イングリッドの訪問に驚き怪我した指の治要のため、イングリッドは部屋に入ってエドワードに手当てをしてくれた。エドワードは緊張したもののイングリッドと少し打ち解け、指の治療などのお礼にタイプライターをプレゼントすることもできた。淡い恋心を抱くエドワードだが、イングリッドには恋人カール(C. Mason Wells)がいる。それでもイングリッドエドワードの部屋に遊びに来てくれたが、エドワードが手に触れると、イングリッドは慌てて自分の部屋に帰ってしまった。主治医のヴァルノ博士(John Keating)から、視力低下以外容態は安定しているが腫瘍肥大が続くことから、フレクスナー博士(Malachi Weir)の画期的新薬の被験者になることを勧められた。エドワードは治験に応じ皮膚に薬剤を注入される。問診担当のジュウェル博士(David Joseph Regelmann)はエドワードの偽薬の疑いを否定した。公園のベンチに坐り1人食事をしていたエドワードは、同じ4階に住みながら言葉を交わしたことのないオスターマイヤー(John Klacsmann)がモデルのような女性(Dena Winter)と連れ立って歩くのを目撃し嫉妬に駆られる。帰宅したエドワードはドアの前にチョコレートなどとともにイングリッドのタイプされた手紙を見つけた。その晩、アパルトマンの騒ぎでエドワードは叩き起こされる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

エドワードは神経線維腫症Ⅰ型のために顔に目立つ腫瘍がいくつもあり、街で好奇の目を向けられる。大抵は笑われるか、視線を返すと眼を逸らされるか。たまにどこかで会ったことがあると話しかけてくる連中は、別の神経線維腫症Ⅰ型の患者と混同しているのだろう。人々とエドワードとの間には距離がある。
エドワードの隣に引っ越してきた劇作家のイングリッドは、エドワードに興味津々で、一気に距離を縮めてきた。エドワードは喜びと不安との綯い交ぜになった感情に囚われる。せっかく親しくなったイングリッドがいつ離れても不思議ではないからだ。
エドワードは主治医のヴァルノ博士からフレクスナー博士の画期的新薬の治験を勧められる。薬のせいで皮膚から出血したり吐き気を催したりと、エドワードは不安に襲われる。それでも皮膚が剥がれ、徐々に腫瘍は小さくなっていった。イングリッドの存在によってエドワードの厭世観が払拭されていくことを象徴している。
エドワードにとって恋人の存在は憧れであるが、美人の恋人がいながら自殺する隣人オスターマイヤーによって、無い物ねだりに過ぎないことが示唆される。トニ・モリスン(Toni Morrison)の小説『青い眼が欲しい(The Bluest Eye)』の話題も同旨である。
エドワードは新薬によって腫瘍の無い顔を手に入れる。すると、誰もエドワードを認識できない。エドワードは、ガイ・モラッツを名乗り、新たな人生をスタートさせる。その際、エドワード・レミュエルは自殺したことにした。過去の自分を抹殺してしまったのである。その結果、エドワードは、ガイ・ラモッツという男前の外見を持つものの、中身の無い人間になってしまう。
ガイ・モラッツは不動産会社の営業として、会社の広告塔に起用されるほど目覚ましい業績を挙げる。ガイ・モラッツはイングリッドの演劇『エドワード』のエドワード役のオーディションに足を運び、役を手に入れる。とりわけ、ジュウェル博士から記念にともらった過去の顔のマスクを被ると、乗り移ったような演技を見せる。ガイ・ラモッツは、エドワードを演じることによって過去の自分を取り戻すためである。
イングリッドは、才能あるガイ・ラモッツと交際する。芝居も順調に稽古が進んでいた。そこにオズワルド(Adam Pearson)が現われる。神経線維腫症Ⅰ型のために顔に複数の腫瘍があるが、事業に成功し、あらゆる趣味に没頭し、女性に不自由していない(分かれた妻との間に娘もいる)。イングリッドは、マスクの必要の無いオズワルドにエドワード役を頼み、ガイ・モラッツには『美女と野獣(Beauty and the Beast)』よろしく、変身後のエドワードだけを演じさせる。さらには、エドワードの自殺で終わるプロットを書き換え、エドワードが姿を変えずともハッピーエンドを迎えることにし、ガイ・モラッツはキャストから外されることになる。
イングリッドの劇中劇は、エドワード=ガイの人生とパラレルとなっており、ガイはオズワルドと交際するイングリッドにフラれてしまう。オズワルドは言わばガイの過去であり、ガイは過去に復讐されるのだ。
描写や音楽によって往年のカラー映画が持つ雰囲気を作っている。地下鉄で喚く男の行き先もフォートリーで、かつての映画の都であった。映画自体が過去に目を向けさせると言える。但し、懐古趣味ではなく、過去のスタイルが本作のテーマに合致するからだろう。
主人公が外見ではなく気持ちで生まれ変わる、コメディ映画『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング(I Feel Pretty)』(2018)と是非対照して頂きたい。
本作に関心のある向きには、映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!(Edmond)』(2018)や映画『シラノ(Cyrano)』(2021)などの鑑賞もお勧めしたい。