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芸術鑑賞の備忘録

映画『ストレンジ・ダーリン』

映画『ストレンジ・ダーリン』を鑑賞しての備忘録
2023年、アメリカ製作。
97分。
監督・脚本は、JT・モルナー[JT Mollner]。
撮影は、ジョバンニ・リビシ[Giovanni Ribisi]。
美術は、プリシラ・エリオット[Priscilla Elliott]。
衣装は、ルディ・ロハス[Rudy Rojas]。
編集は、クリストファー・ロビン・ベル[Christopher Robin Bell]。
音楽は、クレイグ・デレオン[Craig DeLeon]。
原題は、"Strange Darling"。

 

ピックアップトラックの車内。運転席の男(Kyle Gallner)が煙草に火を点ける。助手席の女(Willa Fitzgerald)が尋ねる。でね、聞きたいことがあるんだけど。あなたって連続殺人鬼なの?
男が仰向けの女に馬乗りになって首を絞める。
2018年から2020年にかけて、今世紀最悪の連続殺人鬼が、コロラド州デンヴァーを皮切りに、ワイオミング州アイダホ州に跨がって計画的な殺人を繰り返し、オレゴン州フッドリバー郡の森で幕切れを迎えた。本作品は、警察の聞き込み、目撃証言、法執行機関の報告に基づき、この連続殺人事件の結末を6章構成の物語に仕立てたものである。
森の中から姿を現わした赤い服の女が草原を必死に駆ける。涙で化粧が崩れている。
【第3章:助けてくれませんか?】
女がバックミラーで後続車を気にしながら赤い車を走らせる。ピックアップトラックを運転する男が猛スピードで追いかける。男は運転しながらコカインを鼻から吸引する。直線に出たところで男は車を急停止。車を降りた男は荷台に上がり、赤い車をライフルで狙撃する。リアウィンドウを割られた女は動揺して運転を誤り車を転倒させてしまう。女は何とか運転席の窓から這い出す。車に乗り込んだ男が女に向かって車を突進させる。間一髪で路肩に避けた女は、森へ逃げ込む。男は車を駐め、ライフルを手に女の後を追う。女は森の下生えの中を走る。大木の根上がりの中に野宿者のゴミが散乱していた。女はアルコールのボトルを見つけると、大木の幹に凭れ、左側頭部のガーゼを思い切って剝がす。ボトルの酒を一口飲むと、叫び声をあげないように服の襟を噛み、患部に酒を振りまく。男は銃を構えて森の中を急ぐ。女は煙草を一服すると再び走り出す。森が途切れて草原に出た女は必死に走ると、熊避けの柵を乗り越えて敷地に入る。…懐疑論者は現実とは思わないだろうが事実なんだ。それはまた別の機会に話すとして、今日は所有地の近くの森のビッグフットについて…。敷地内の設置されたスピーカーから音声が流れている。女は周囲の様子を窺いながら住居に近付き、玄関を叩く。そのとき、男は女がぶちまけた酒に気付く。フレデリック(Ed Begley Jr.)が熊避けのスプレーを手にしたジェネヴィーヴ(Barbara Hershey)とともに玄関に応対に出る。助けてくれませんか? お願いです。女が卒倒する。
【第5章:ここかい、仔猫ちゃん】
女が暗く狭い空間の中に潜み、ライターの火を点ける。ここかい、仔猫ちゃん? 男の声が響く。男は住居の中でライフルを構え、部屋を1つずつ探索して廻る。家の外ではスピーカーから音声が流れ続けている。…本当にがっかりした。来月には全て処分するつもりだったのに。今じゃ何も残ってない。聞こえないよ。でも最悪なのは、全てが陰惨だったってことだ。その通り、名前がね。もし襲われたら? 内臓はまるごと取り出されて食べられた…。男はベッドサイドのアンティークのブランケットボックスを銃撃する。だが中にはシーツが入っているだけだった。別の部屋でもまたブランケットボックする撃つが、中は空だった。畜生! 男は苛ついて階段を上がり、2階へ。再び1階に戻りダイニングキッチンに向かう。血の海の中に男が俯せに倒れている。隠れている女が息を潜める。男は通用口から出る。鶏が放し飼いにされている裏で一服する。辺りには冷凍食品が落ちていた。男はダイニングキッチンに戻り、冷凍庫にライフルを向ける。仔猫ちゃん。銃を撃ち込むと、悲鳴が上がる。蓋を開けると、じたばたする女がいた。男が女を殴る。

 

オレゴン州フッドリバー郡。女(Willa Fitzgerald)は車で男(Kyle Gallner)の追跡から逃れようとしていた。直線で男は車を停めるとライフルで狙撃、女は運転を誤り車を横転させる。女は森の中に逃げ込み、野宿者の放置した酒で側頭部の消毒をすると、森を出て私有地に侵入し住人のフレデリック(Ed Begley Jr.)とジェネヴィーヴ(Barbara Hershey)に助けを求めた。男は女の後を追って森を探索し、女が逃げ込んだと思しい住居に辿り着く。ダイニングキッチンの冷凍庫の中に隠れていいた女は遂に遂に男に捕えられてしまった。女はバーで知り合った男とモーテルに向かった。部屋に入る前に女は車中で男と酒を飲む。楽しみたいがリスクを冒したくはないと、男に連続殺人犯でないか確認する。男は言下に否定した。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

21世紀最悪の連続殺人鬼の犯行がどのように終焉を迎えたのかを6章(及びエピローグ)で描く。3章、5章、1章、4章、2章、6章と叙述の順番の入れ替えが、見事に効果を発揮する。
カーチェイス、銃撃から始まり、週末論者のカップルの家に逃げ込んだ女が男に発見されるまで緊張感のある展開が続く。そこから時間を遡り、男の車の中で2人がモーテルの看板の青い光に照らされながら会話する場面に。バーで出会った2人が酒を飲みながら部屋にしけ込むまでの駆け引きは、相手も自分と同様に気分が盛り上がっているという喜びとともに、自分の欲望が受けいられなかったらという不安が入り交じる、ゾクゾクする場面である。先に後の不穏な展開が描かれているため、鑑賞者はよりヒリヒリとした緊張感を味わうことになる。
冒頭、モーテルの前に停めた車中で、男が女から連続殺人鬼か尋ねられる場面がモノクロームで描かれる。続いて、森から逃げ出す女の姿はカラーで描かれる(女の赤い服が緑に映える)。映画の最後は、再び車の中となる。但し、車は走っており、映し出されるのは女の方である。次第に色味が失われ、画面は再びモノクロームへと転換する。男から女へ、停車した車から走行中の車へ。当初と世界は反転する。
青と赤の光も効果的に用いられる。
人里離れた森の中で平穏に暮らすフレデリックとジェネヴィーヴ。その余りも平穏無事な生活は、連続殺人鬼の凶行と対照をなす。終末論者の2人が完成させようとするジグソーパズルは、世界の終わりの予兆となる。
フレデリックは森に棲むビッグフットを恐れている。ビッグフットは人間を襲い、内臓を食べてしまう。森から出てきた人物=連続殺人鬼が冷凍庫から冷凍食品(おそらく肉塊)を取り出すのとパラレルである。但し、ビッグフットと異なり、連続殺人鬼は実在する。
現着した副保安官ゲイル(Madisen Beaty)は、この映画の鑑賞者の似姿である。経験を積んだ保安官ピート(Steven Michael Quezada)のように予断を持たず冷静沈着な判断は出来ないのである。