可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『DROP ドロップ』

映画『DROP ドロップ』を鑑賞しての備忘録
2025年、アメリカ製作。
95分。
監督は、クリストファー・ランドン[Christopher Landon]。
脚本は、ジリアン・ジェイコブス[Jillian Jacobs]とクリス・ローチ[Chris Roach]。
撮影は、マーク・スパイサー[Marc Spicer]。
美術は、スージー・カレン[Susie Cullen]。
衣装は、グウェン・ジェファーズ・ホーリー[Gwen Jeffares Hourie]。
編集は、ベン・ボードゥイン[Ben Baudhuin]。
音楽は、ベアー・マクレアリー[Bear McCreary]。
原題は、"Drop"。

 

激しい暴行を受けて床に倒れていたヴァイオレット・ゲイツ(Meghann Fahy)が意識を取り戻す。顔の傷からは血が垂れている。階段からブレイク(Michael Shea)が降りてくる。ブレイクはヴァイオレットの腹を蹴り上げる。ヴァイオレットが這って逃げようとする。カウチに追い込まれたヴァイオレットにブレイクが銃を向ける。お前が自ら招いたことだ。俺の言うことを聞け。聞くんだ! やりたいか? やれよ。興奮したブレイクは自分に向けて銃をヴァイオレットに握らせる。銃を握ったヴァイオレットの手は震えている。ほら、撃てよ! お前の遣り口を見せてみろっ! ほら、撃てよ! ブレイクに怒鳴られたヴァイオレットが叫ぶ。
ヴァイオレットがラップトップに向かい、患者(Stephanie Karam)とヴィデオ通話している。に応対している。あなたが自分に価値がないと言うとき、誰に対してそう感じるんですか? 分かります。先週練習しましたね。独り言を声に出すのは決まりが悪くて。あなたの声を聞く必要があるんです。彼の声ではなく。……。では、違う方法で試してみましょう。右上のアイコンをクリックして画面に自分の姿を映して下さい。分かりました。何も言わないで下さい。あなたを見詰め返す女性を見ることだけに集中して下さい。これまで経験してきた全て。虐待を受ける前にはどんな女性だったか。画面の女性は無価値だと言って下さい。患者が微笑む。その調子。
ヴァイオレットが書き物をしていると、スマートフォンにヘンリー・キャンベル(Brandon Sklenar)からデートに誘うメッセージが入る。迷うヴァイオレットは、窓を叩く音に驚く。驚かせてすいません、メーターの確認をしたいんですが。検針員だった。裏手よ。脇にある扉を通って。どうも。
ダイニングにいたヴァイオレットの足にラジコンカーが当たる。「トビーきょうがかくれている」と拙い文字のメッセージが載っている。トビーはどこに隠れているのかしら? ヴァイオレットが部屋を見て廻る。ここかしら? すぐに扉の蔭にるトビーを見つける。トビー卿はいったいどこに消えたのかしら。トビー・ゲイツ(Jacob Robinson)が玩具の剣を手に飛び出す。くらえ! トビーの攻撃にヴァイオレットがやられたフリをする。やられたっ! そこへジェン・ゲイツ(Violett Beane)が現われた。トビー! ジェンおばさん! トビーが喜んで駆け寄り、ジェンが抱き上げる。ジェンはヴァイオレットをじろじろ見る。何? 化粧ならまだよ。化粧じゃなくて。服? どうにかしないと。
寝室でヴァイオレットが着替える間、ジェンがベッドに横になって心理学の雑誌を読んでいる。読みづらくてイライラするわ。極めて確実と言えるのは、これらの障害の半数が無為症に由来することである。何ですって? 意思決定能力の病的欠如。この間デオドラント売場で20分は迷ってたわ。いつからデオドラント使ってるの? 笑える。どう、マシになった? 何なの、遙かにマズい。縞々のキャンディになりたいわけ? 世界一意地が悪いわね。まああなたの妹ですから。ある意味、私の仕事でしょ。下着はセクシー何でしょ。それは無いわけね。良い感じよ。老人ホームでビンゴをするの。やめてよ。もうずっと服なんか買ってない。仕事着しかないわ。行くべきじゃないのよ。トビーの調子もいまいちだから。男はみんなブレイクじゃない。ただのデート。出かけて、素敵なディナーを楽しんで。格好良くて、並外れて忍耐強い男性と。3ヶ月も待ってくれてるんだよ。もし気が進まないなら、途中で帰って来ればいいでしょ。何の問題もない。これを着て行って。ジェンが赤いワンピースをヴァイオレットに充てる。幸せになる価値があるでしょ。セックスも必要だし。2人が笑っていると、トビーが呼ぶ。ママ、はながつまってる! まだ鼻のかみ方も知らないのよ。これを着て。私がトビーの面倒は看るから。ありがとう。いいって。
ジェンとトビーがダイニングテーブルで料理をしていると、着替えて化粧をしたヴァイオレットが現われる。すごくきれい。ありがとう。ジェンおばさんといい子にしててね。そのひと、パパのことしってるの? …知ってるわ。わかった。ママのこと、どれくらい愛してる? これくらい。トビーが両腕を大きく拡げてみせる。私の方があなたを愛してるわ。ヴァイオレットがトビーにキスする。加湿器、音楽、歯磨き、忘れないでよ。もちろん。楽しんで。寝る時間は8時よ。モニターで見てるからね。はいはい、奥様。ヴァイオレットが出て行く。
ヴァイオレットが車を降りる。高級レストラン「パレート」の入るタワーを見上げる。エントランスホールを抜け、専用エレベーターに向かうと、カップルがいちゃついていた。ヴァイオレットはカップルとともに籠に乗り込む。ヘンリーから遅れると詫びるメッセージが入る。バーで贅沢をして待っていて欲しいとあった。
エレベーターホールで受付係(Sarah McCormack)が迎える。ようこそパレートへ。ご予約のお客様ですか? ええ、キャンベルでとってあると思います。ヘンリー・キャンベル様? 2名様ですね? 彼は遅れているの。バーで待っていても構いませんか? もちろんです。通路の突き当たり、正面にございます。お連れ様がお出でになりましたらお声掛け致します。ありがとう。コートをお預かりしてもよろしいでしょうか? 助かるわ。ヴァイオレットが通路を抜けて、バーへ向かう。

 

シカゴ。心理療法士のヴァイオレット・ゲイツ(Meghann Fahy)は、写真家ヘンリー・キャンベル(Brandon Sklenar)とのデート当日を迎えた。前夫ブレイク(Michael Shea)から虐待され嘱託殺人を強要されて以来、ヴァイオレットは男性との付き合いを断っていた。息子トビー・ゲイツ(Jacob Robinson)が5歳になり、妹ジェン・ゲイツ(Violett Beane)の後押しもあって、マッチング・アプリで知り合ってから3ヶ月も諦めずに誘い続けてくれたヘンリーとディナーをともにすることにしたが、まだ躊躇いがあった。高級レストラン「パレート」に到着する間際にヘンリーから遅れると連絡があり、ヴァイオレットは受付係(Sarah McCormack)にバーで待つと伝える。バーに着く前にぼんやりしていたヴァイオレットは男性(Travis Nelson)とぶつかってしまう。バーテンダーのカーラ(Gabrielle Ryan)とお喋りしていたヴァイオレットは、リチャード(Reed Diamond)にブラインドデートの相手ダイアン(Fiona Browne)と間違って声をかけられた。リチャードと雑談しているとピアニストのフィル(Ed Weeks)が割りんできた。カーラに注意されたフィルは、ヴァイオレットから「ベイビーシャーク」のリクエストをもらうと、チップを忘れずにと言って退散する。それから間もなくヴァイオレットのスマートフォンにコンテンツ共有サーヴィス「デジドロップ」で身元不明のメッセージが送られてくる。廻りに目を遣ると、入店して以来出会った人物は皆スマートフォンを操作している。そこにヘンリーが現われ、にこやかな表情でヴァイオレットに手を振った。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

身元不明の発信者は、コンテンツ共有サーヴィス「デジドロップ」を利用しており、半径15m以内、すなわちレストランにいることが分かっている。匿名者はヴァイオレットの自宅に覆面男(Ben Pelletier)を侵入させ、自らの命令に従わないとトビーやジェンに危険が及ぶと脅迫する。命令者はレストランの防犯カメラの映像にアクセスしてヴァイオレットの挙動を逐一把握し、不穏な動きを見せると即座にメッセージを送ってくる。
ヴァイオレットは出先でも自宅の様子を防犯カメラ映像で確認できる。ところが、その映像で知るのは、息子や妹たちに迫る危険である。同様に、レストランの防犯カメラ映像もまた、自らの行動を監視されるために用いられてしまう。防犯のための手段が犯罪の道具へと反転する。簡単に見ることができるということは、簡単に見られるということ。支配・被支配の関係は顛倒する。
冒頭、ヴァイオレットは、ブレイクから銃を突き付けられる。そして、ブレイクから銃を握らされ、ブレイクを撃つよう強要される。その場面は、この作品の反転という構造を暗示していた。
行動の監視と「人質」によりヴァイオレットは抵抗が空しいと知り、命令に従わざるを得なくなる。ヴァイオレットが身元不明者の犯罪に加担させられることは、夫ブレイクによって虐待され、殺人を強要された忌まわしい過去の焼き直しである。ヴァイオレットは暴力によって無力感に苛まれる。だが、ヴァイオレットは、ヴィデオ通話でのカウンセリングで女性に伝えたように、虐待を受ける前の自分、これまでの経験の蓄積に思いを致し、自分には価値があると奮起するだろう。支配・被支配が顛倒するなら、さらなる顛倒もまた可能なはずである。
前夫の死から成長したのはヴァイオレットだけではない。赤ん坊だったトビーも未だ幼く頼りなくげだが、日々逞しくなっている。ヴァイオレットの危難を救う騎士となってくれるだろう。