可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 味岡伸太郎個展『弓張・邂逅と聯想』

展覧会『味岡伸太郎展「弓張・邂逅と聯想」』を鑑賞しての備忘録
Red and Blue Galleryにて、2025年6月28日~7月19日。

愛知県と静岡県の県境に連なる「弓張山地」の露頭で採取した土を綿布に塗り付けた抽象的な絵画と、主に樹木を用いた彫刻(石や鉄を組み合わせたものも)とで構成される、味岡伸太郎の個展。

《円柱に内在する斜に構えた四角柱》(380mm×220mm×487mm)は、四角柱に近い形に切り出した木片2つを支えにして別の1点の木片を組み合わせた、素朴な彫刻。全体を支える2つの木片の底面はきちんと床に接しておらず、全体が傾斜している。不安定さは動きに通じよう。切断面の跡が残される表面と相俟って、荒々しさや大雑把さが強調される。1つの木片を台座に2つの木片をずらして組み合わせた《一つの枝分かれを持つ横に長い円柱に内接する四角柱》(500mm×144mm×205mm)も同じ系列に属する作品である。両作品の題名にある「円柱」とは木の幹のことである。彫刻と空間との関係だけでなく、切り出す過程で不可視となった存在、すなわち過去ないし時間へと思いを馳せさせる。石を2つに割り、それぞれの欠落を補うように石の輪郭を木の枝で立体的に組んだ《分割された楕円形はそれぞれに再生する》(380mm×135mm×145mm、317mm×138mm×125mm)も、失われた存在の召喚により時間を想起させる。
《フィボナッチは四角い螺旋を描きたがる》(895mm×110mm×650mm)は、8枚の板状の木片を組み合わせ、フィボナッチ数の1辺を持つ正方形を重ねて長方形を作る際の螺旋状に繋ぎ併せた壁掛けの彫刻である。フィボナッチ数列の作る形は巻貝など生命の中に見出されるとともに、黄金比に漸近する。渦状に果てしなく拡がる可能性は唐草文様の豊饒にも通じよう。生命とは美である。
会場の壁面には、愛知県と静岡県の県境に連なる「弓張山地」の露頭で採取した泥を塗りつけた絵画「弓張山麓地質調査」シリーズが飾られる。赤、木、茶、黒などで画面を塗り分けたマーク・ロスコ(Mark Rothko)の絵画を思わせる、茶色の矩形を連ねた抽象的なイメージである。但し、土は色味として用いられているだけではなく、その物質感が残されている。ある意味「土壁」そのものだが、斑の無いようには塗られておらず、平滑にも処理されてはいないのである。3つの色面は、土を採取した3ヵ所の層の高低を反映しているという。露頭に見られる地層のように時間を可視化する。のみならず、土の絵画は大地から壁面へと起き上がることをも象徴する。それは人が直立して二足歩行することで、手が自由になったことをも連想させる。
この点、木の枝を束ねて縛り床に立てた《集合は自立することができる》(190mm×130mm×1250mm)、あるいはL字の断面を持つ鉄を直方体状の木片と丸い石とで支えた《垂直考:立方体の出隅と同一のアールを入隅に持つアングルは直立する》(341mm×165mm×910mm)といった作品は自立であり、生きることであり、人の姿でもあろう。
直方体から小さな直方体を刳り抜き、刳り抜いた部分を元の直方体の脇に接着させた《移動によってできる方形の窓》(405mm×80mm×283mm)、あるいは四角柱状の木片を形・大きさの異なる4つの部分に分割して縦に重ねた《四角柱の四隅は垂直に整列する》(100mm×100mm×1315mm)は、配置を違える操作、再配置・構成の手付きが芸術を生み出すことを示す。
ところで作家は、タイプフェイスやタイポグラフィなどデザインの仕事にも従事している。「味」という文字、とりわけ作家の作った明朝体の「味」を眺めていると、「木」・「土」・「石」の形が見えてくる。翻って、「木」・「土」・「石」を微妙に組み替えることができるとき、「味」のある作品が生まれるのである。