可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 天明里奈個展『空白と体温』

展覧会『天明里奈「空白と体温」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿にて、2025年7月19日~8月2日。

目を閉じた人物像を中心に10点の乾漆像で構成される、天明里奈の個展。

《その空白》(570mm×450mm×400mm)は、両手を後ろに突き、右膝を立て、左脚を曲げて床に付けて坐る女性の乾漆像。表面は黄土と混ざり合った灰色を呈している。着衣は無い。頭髪はいくつかの隆起がうねり右上へ向かうよう表わされる。動的な頭髪表現に対し、軽く閉ざされた目を持つ顔は静的な印象である。頭部と胴体が垂直に立つのを、床に着けた両掌や両脚が支えるが、左右の右膝、左太腿、左膝の作る三角形が醸すイメージも安定の雰囲気に一役買っている。印象的なのは胸から腹にかけてが作られず、言わば空洞になっている点である。腰の辺りの切断面はハート型にも見え、体腔は黒漆で艶やかに仕上げられている。その暗闇はアニッシュ・カプーア(Anish Kapoor)の《L'Origine du monde》の通じ、身体のミクロコスモスが宇宙のマクロコスモスに照応する。その空白は無窮の天の拡がりである。像に表現された部分と表現されない部分とは常に変転する。色即是空、空即是色である。
メデューサの恋》(293mm×220mm×210mm)は、乾漆による女性の胸像。表面は黄土と混ざり合った灰色に仕上げられている。心持ち顎をあげた女性の顔は目や口を閉じている。頭髪は、頭頂部のやや右からいくつかの隆起のうねりとして表わされ量感があるが、蛇の表現はなされていない。見る者を恐怖で凍り付かせるとはとても思われず、アテナに変身させられる以前の姿と思われる。彼女の恋とは、ポセイドンに対する想いであろうか。目を閉じて思い浮かべるのは、海であり、その頭髪は波となる。
《サーカスの少年》(220mm×165mm×140mm)は、乾漆による少年の胸像。黄土と混ざり合った灰色の表面を持つ。鏡像。目を強く瞑る少年の頭部(ないし頭髪)は、羊の角のように左右で渦巻く。右肩に載せられた、ピエロのものと思しき右手(人差指と小指だけ伸ばす)と相俟って、少年自身をピエロに見せる。羊は眠りを連想させることから、少年はサーカスの夢を見ているのかもしれない。
《目を閉じてこころ開いて》(210mm×115mm×110mm)は、乾漆による少年の胸像。黄土と灰色の混ざり合った肌をしている。腕の表現を割愛てある。目と口とを結んだ顔の左側に左手が被せられ、手の甲には眼が描かれている。見えないもの、表わされていないことにこそ目を向けるよう誘う。
空白とは無ではない。無常である。変化にはエネルギー、熱が伴う。だから、空白に体温が寄り添う。形あるものを通じ、形のないものを捉えさせることが、作家の狙いではなかろうか。