展覧会『古屋湖都美&櫻井あや乃展「こっちには手、向こうに絵」』を鑑賞しての備忘録
JINEN GALLERYにて、2025年7月22日~27日。
色鮮やかな編み物による人形(ひとがた)を作る古屋湖都美と、モノクロームなど色味を抑えた人形(ひとがた)を描く櫻井あや乃との二人展。
古屋湖都美の「あみぐるまず」シリーズは、編み物でによる人形(ひとがた)。綿などの詰め物をしていないために「あみぐるみ」ではなく「あみぐるまず」なのだろう。焦茶の頭部・手・脚にピンクの胴・腕・足の《あみぐるまず(ねがえる)》(210mm×20mm×180mm)は、両手・両脚を拡げ、右に傾くように壁に貼り付けられている。右腕の微妙な上がり具合とともに寝返りの動作を表わすらしい。《あみぐるまず(こえる)》(190mm×20mm×260mm)は、脚よりも長い腕を持ち上げている点が飛翔を喚起する。ピンクの頭部・手・脚にエメラルドグリーンの胴・腕・足の《あみぐるまず(違える)》(205mm×15mm×200mm)は、脚が3本ある。何気なく行う動作は意識すると上手くできなくなる。焦茶の頭・腕・足に黄色の胴・脚・手の《あみぐるまず(戸惑う)》(160mm×15mm×210mm)は腕が3本ある。とりわけ頭の真上に伸ばされた腕はおかしな動作をとってしまった事態を表わすのだろう。《あみぐるまず(渡る)》(170mm×60mm×240mm)は、色味の異なる2色のエメラルドグリーンで二人三脚のようなイメージを形作る。2人がそれぞれ右腕と左腕を真横に伸ばしてバランスを取る様子が壁の高い位置に設置されていることと相俟って、綱渡りのイメージを呼び起こす。
古屋湖都美の《イトノウエノイト(テトメモリ)》(500mm×30mm×360mm)は合板製の糸巻き台紙に巻尺を巻き付けた作品。壁の低い位置に設置され、黄色い巻尺が床に垂らされている。その巻尺の先には、逃げ惑う姿を表わした、寒冷紗製のペラペラの人形(ひとがた)《そっちの人》(140mm×5mm×110mm)が立てられている。黄色い糸に絡め取られた人形(ひとがた)《イトノウエノイト(イトノヒト)》(110mm×7mm×80mm)と併せ見ると、旅人が座頭の変じた蜘蛛に襲われ九死に一生を得る『宿直草』の「蜘蛛、人をとる事」を下敷きにした作品と思しい。
古屋湖都美による黄緑と灰色の人形(ひとがた)《あみぐるまず(頷く)》(170mm×20mm×190mm)は、壁の高い位置に真っ逆さまに落ちるように顛倒して設置されている。なおかつ頭部から糸が解けつつある。死のイメージが濃厚である。
櫻井あや乃の《人間のドローイング》(206mm×242mm)は、両腕・両脚を開いて跳躍する人物を紙に鉛筆などで簡略に表わすモノクロームの作品。角に壁と壁とに渡して紙が貼られること、紙が浮かされていることで、浮遊して越境する行為が鮮明になる。
櫻井あや乃の《また会う日まで》(380mm×455mm)は木炭で画面を淡く塗り潰した画面に、横顔と、そこから尾を引いて飛び出す白い顔とを描くモノクロームの作品。鬣のような、フレアのよに覆われた白い顔は人なのか動物なのかも判然としない。その彗星のイメージは、画題と相俟って、彼岸から此岸に訪れた魂が再び彼岸へと帰っていく楕円運動を連想させる。櫻井あや乃の《拳ふたつ》(1455mm×894mm)は、左上から右下への流れを山吹色で画面一杯に表わし、右側に横顔の輪郭、中央にその人物の右腕と反対側から突き出される右腕とが拳で付き合わされる。流れは三途川であり、頭部のある側が此岸で、頭部の無い側が彼岸であろう。
櫻井あや乃の《抱えて走る》(455mm×380mm)は、頭部を抱える人物などを茶、朱、黒で表わした作品。画面右側には、右腕と左腕にそれぞれ頭部を抱え、脚の間にも頭部が除く人物が正面向きで描かれる。左奥には右手に頭部を持って走る人物がぼんやりと表わされる。櫻井あや乃の《抱える》(180mm×140mm)でも、黒く塗り込めた板に人形(ひとがた)をシンプルな輪郭で表わし、その人物の頭部と、両胸の(あるいは両脇に抱えられた)頭部、さらに足の位置の頭部とが紙粘土で作られ、貼り付けられている。《抱えて走る》に近しいイメージである。《また会う日まで》や《拳ふたつ》に対し、常に死者とともにあることが表わされる。草葉の陰の眼差しが内面化されているのである。横顔とともに描かれた手の指先(爪の位置)に紙粘土で顔を表わした櫻井あや乃《family》(455mm×380mm)や、目出し帽を被ったような顔2つを赤と白とで色を反転させて僅かに重ねて描いた櫻井あや乃《影ひとつ》(220mm×273mm)も、同旨の作品ではなかろうか。櫻井あや乃の《mothers》(380mm×455mm)は
櫻井あや乃の《めまい》(455mm×380mm)は中央を斑を残しつつ墨で埋め、上部に倒れた人物の上半身が描かれるモノクロームの作品。画面右端には頭部の無い人物の姿を輪郭で表わし白いシルエットで表わす。画面下端では人が別の人(あるいは自ら)と向き合う姿が配される。さらに、画面左下には手の形に切り抜いた画布が貼り付けられている。平衡感覚の喪失と、卒倒。「こっちには手、向こうに絵」という展覧会のタイトルからすれば、此岸から彼岸への眼差しの形象化とも解される。白い空間に丸みを強調された身体を揺蕩うように2体並べ、子を孕む存在を祖霊として表わすようだ。
櫻井あや乃の《眠りの前》(220mm×273mm)には焦茶色の画面に足を投げ出して坐る人物の姿がL字の白いシルエット状に表わされている。画面右下の足先と足先を合せるように、古屋湖都美の寒冷紗製の黄色い人形(ひとがた)《あっちの人》(250mm5mm340mm)が設置されている。平面と立体とは、此岸と彼岸との越境のイメージを強調する。両者の作品はいずれも人形(ひとがた)をモティーフに、あっけらかんとしたユーモラスな表現をとりつつ、人間の存在を手で触れうる世界から拡張している点で共通し、親和性が高い。