展覧会『無音 silence』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー小柳にて、2025年6月28日~8月9日。
ミヒャエル・ボレマンス[Michaël Borremans]によるトルソを抱えた女性の無言劇《Taking Turns》、五十嵐大地による卓上の食器や衣服をモティーフとした静物画、青柳龍太によるファウンドオブジェの標本箱、橋本晶子による風景画を飾る祭壇のようなオブジェで構成されるグループ展。
ミヒャエル・ボレマンス[Michaël Borremans]の映像作品《Take Turns》は、女性が薄暗い倉庫に運び込んだ両腕・両脚のない人形を台上で動かす様子を青い光の中に捉えた無音の映像作品。下肢の無い少女をモティーフとした絵画「Automat」シリーズの派生作品という。女性が人形の腰を掴んで台上で回転させるのは、彼女は人形が生きていると考えているからに他ならない。人形を相手にダンスしているのだ。女性は人形に乗り移り、女性は人形に奉仕する黒子、駆動装置になる。逢魔時であり、幽明の境でもある淡い青い光は女性と人形≒死者との区別を曖昧にするのに効果をあげる。E.T.A.ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)の『砂男(Der Sandmann)』のナタナエルとオリンピアを思い出さずにはいない。
五十嵐大地の《Still Life with a Silver Fork and Lambs》(530mm×652mm)は、卓上のラム肉の皿と添えられたフォークとを描いた絵画。切り分けられた骨付きのラム肉、歪んだ丸い皿、皺の寄ったテーブルクロスが象牙色に溶け込み、全ては明暗のグラデーションとして一体化するように表わされている。アーチ状の骨が肉に、フォー食うが皿の縁と肉とに懸かる状況は、束の間の安定と崩壊の必然を予感させる。歪んだ丸皿や骨やフォークは、サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)の《記憶の固執(La persistencia de la memoria)》を連想させる。《Floral Shirt and Peach Seeds》(270mm×350mm)は花柄のプリントのブラウスの前身頃に桃の種を添えて描いた描いた絵画。ブラウスの茶色いボタンが留められ、桃の種が2つ置かれている。桃の種に仙桃、花柄のブラウスに蟠桃園を見ることができよう。もっとも、不老不死(死の否定)への期待は、種のように砕け、ブラウスのように閉じられている。欠けた皿と砕かれた桃の種とを描いた《Still Life with Dish and Peach Seeds》(380mm×455mm)も同旨であろう。死の否定の否定は、生に対する強い肯定となる。
青柳龍太の《untitled. 2》(700mm×700mm×150mm)は、正方形の台の上に、舟形の器、かわらけ、石器、ガラスの小鉢、蝋燭、三角定規、缶などを、昆虫などの標本のように整然と並べた作品。マッチ棒、鏃、巻尺、紙片などを並べた《untitled. 4》(700mm×700mm×150mm)も併せて展示されている。紡錘形、円柱、三角形などの幾何学的な形を主要な基準として並べられ、材質や用途といった差異が後景に退く。恣意的な尺度による蒐集・展示されるオブジェは、明らかにミュージアム(博物館・美術館)の模倣であるとともに、その批判でもある。だが、それだけではない。「スリンキー」のような発条玩具を壁から床へと垂らした作品《untitled. 17》が境界を越える跳躍を暗示していることを踏まえれば、一定のルールに基づいて異質なものが調和して共存する可能性を提示してもいるのである。
橋本晶子の《Shadowy》(各297mm×390mm)は、アルシュ紙の中央やや左下寄りに茂みを画面の5分の1ほどの正方形の枠内に鉛筆で写実的に表わしたドローイングと、アルシュ紙の全面に樹影をぼんやりと鉛筆で描き、中央に白い糸を垂らしたドローイングとを並べた作品。いずれのアルシュ紙も中央にステープラーの(あるいは糸を通した)穴が残り、もともとは冊子にまとめられていた紙だと知られる。木々に向けられた眼差しと、木々ではなく影へ向けられた眼差しとが同根であること。イデア論を想起させる仕掛けである(それ以前に、紙もまた樹木である)。影のドローイングには白い糸を垂らす。それはスピン(栞紱)であり、読みかけ、すなわち実像、真理への途上であることを示すとともに、枝葉が風に揺られる様を模倣しもする。あるいは、犍陀多に垂らされる、釈迦の蜘蛛の糸であるかもしれない。《Island》(75mm×75mm×45mm)は、マフィン用のグラシンカップのように成型したアルシュ紙を顛倒させた立体作品である。周囲の襞は波を、また切り離された島は元の紙という大陸の不在を想起させる。《Hidden Box Ⅲ / Waves》(箱:330mm×195mm×180mm、グラス:65mm×65mm×50mm)は2面を覗けるようにした箱の中に波打際を描いたドローイングと、鳥を描いたグラシンカップのようなアルシュ紙を収め、脇に花を活けた八角形のグラスを添えた作品である。波のイメージや鳥のイメージが若干異なる《Hidden Box Ⅳ / Waves》(箱:330mm×195mm×180mm、グラス:65mm×65mm×50mm)と高さを違えて並べられている。波打際は此岸と彼岸との境界であり、鳥は魂を運ぶメディアである。供華からも霊界と通信するための祭壇と思われる。
生を象徴する鼓動は振動であり、波である。生者の波に対して、反転した形の死者の波を思い浮かべてみる。生者と死者とが邂逅する幽明の境では、両者の反転する波同士が合成する。そのとき、無音が出来する。