映画『私たちが光と想うすべて』
2024年、フランス・インド・オランダ・ルクセンブルク合作。
118分。
監督・脚本は、パヤル・カパーリヤー[പായൽ കപാഡിയ/Payal Kapadia]
撮影は、ラナビル・ダス[രണബീർ ദാസ്/Ranabir Das]
美術は、ピユシュ・チャルケ[പിയൂഷ ചാൽക്കെ/Piyusha Chalke]、ヤシャスビ・サバルワル[യശസ്വി സഭർവാൾ/Yashasvi Sabharwal]、シャミム・カーン[ഷമീം ഖാൻ/Shamim Khan]。
衣装は、マキシマ・バス[മാക്സിമ ബസു/Maxima Basu]
編集は、クレマン・パントー[ക്ലെമന്റ് പിന്റോ/Clément Pinteaux]。
音楽は、トプシー[ടോപസ്/Topshe]
原題は、ഓൾ വീ ഇമാജിൻ ആസ് ലൈറ്റ്"。英題は、"All We Imagine as Light"。
ムンバイ。未明の暗い通りには既に多くの人がバイクや車で繰り出し、様々な商品を並べている。
この街に暮らして23年になるけど、故郷と呼ぶには気が引けるよ。いつも追い出されるんじゃないかって。
親父と喧嘩して荷物まとめてムンバイに出た。兄貴が造船所にいたからさ。兄貴の住んでる場所は酷い臭いでさ、最初の晩は眠れなかったくらい。
妊娠したけど黙ってたの。やっと働き口を見つけたところだったから。子守の仕事だったんだけど、手のかかる子で。でも奥様は私にもご飯を出してくれてね。その年は贅沢な食事ができたわ。
村のどの家も家族の1人はムンバイにいるわ。ムンバイには仕事と金があるから。村に帰りたい人なんている?
失恋したばかりなの。だけど、ムンバイは何もかも忘れさせてくれる。
どれくらい時間が経ったかなんて分からない。ムンバイは時間を奪ってく。人生ってそういうもんでしょ。変わらないものなんてないってことに慣れた方がいいわ。
まだ暗い中、駅にも既に大勢の人が押し寄せ、行列ができている。ホームに鈴なりの人々が列車に乗り込む。女性専用車両はそこまで混雑していない。お喋りする若い娘たち、子連れの母親、食べ物をつまむ老女、座席に横になり眠る女性の姿もある。プラバ(കനി കുസ്രുതി/Kani Kusruti)が乗り込んだ列車が駅を離れる。別の列車と擦れ違う。
K.R.ラタン総合病院。近隣の工事の騒音が響く病室。看護師のプラバがカーテンを開け放つ。スープリヤ医師(ലോവ്ലീൻ മിശ്ര/Lovleen Mishra)が老女(മധു രാജ/Madhu Raja)の背中に聴診器を当てる。吸って。吐いて。プラバさんを困らせてるそうね。枕の下に薬を隠してるって。薬は飲みません。何故? 薬を飲むと悪夢にうなされるそうです。だったら悪い夢を見なくて済む薬を出すわ。先生、お願いだから、ここにいたくないのよ。帰りたい。何故? 来るのよ、夕食後に。テレビを見てるとね。誰が来るの? ジェイラム、夫よ。昨日も来たわ。バッチャンが出てるところだったのに。バッチャンの声に癒されるの。甘い話し方するでしょ。突然煙草の臭いがしてね、見たらそこの椅子の上に夫が坐ってるの。いいえ、坐るわけないわね。夫に脚なんてないんだから。胴だけ。
看護師たちが休憩室に集まってお喋りしている。どの映画にするか決めた? アクション映画なら行かないわ、とアヌ(ദിവ്യ പ്രഭ/Divya Prabha)。恋愛ものしか見ないもんね。新作は? シェーン・ニガムが出てる! 彼にはうっとりしちゃう。プラバさんも一緒にどう? プラバさんが選んでよ。行かないわ。みんなで行って。行きましょうよ。絶対来ないって言ったでしょ。プラバはバッグから名刺を取り出す。
プラバが病院の厨房にパルヴァティ(ഛായാ കദം/Chhaya Kadam)を訪ねる。スープリヤ先生に相談したら、友人があなたの相談に乗ってくれるって。プラバが名刺をパルヴァティに差し出す。有能な弁護士さんで、無料でいいって。手助けは求めてないわ。なんでそんなに頑ななの? 昨晩業者に雇われたごろつきが脅しに来たんだ。ガネーシャ誕生祭までに立ち退けって。危ないわね、数日うちに泊まったら? 自分の家なのに離れる必要がある? 言ってやったよ。脅かせばいいさ、私は死なない限りは出て行かないからねって。弁護士さんに相談に行きましょうよ。
産科の待合室は混み合っている。受付でアヌが若い母親(ശ്വേത പ്രജാപതി/Shweta Prajapati)に対応する。一番下のお子さん? いくつ? 1歳。3人のお子さんがいるのね。そう。あなたは何歳? 24歳、いえ、25歳。間違いないわ。看護師さん、奨励金があるって聞いたんだけど。知ってる? パイプカット? アヌが声を潜める。旦那さんは同意してるの? 政府から1000ルピー支給されるけど。夫に話したら、精力が弱まるって…。アヌが抽斗から薬を取り出し母親に差し出す。毎日飲んで。子供が欲しくなったら1ヶ月止めて。必要ないわ。いくら? アヌは首を振る。最後の生理はいつ?
人の捌けた待合室。アヌは受付で椅子に坐ったまま回転し、水槽の中の人形の動作を真似る。交際相手のシアズ(ഹൃദു ഹാരൂൺ/Hridhu Haroon)から、今何をしているか尋ねるメッセージがスマートフォンに届く。
ムンバイ。プラバ(കനി കുസ്രുതി/Kani Kusruti)はK.R.ラタン総合病院の産婦人科に看護師として勤務し、新人教育にも当たる。病院の厨房で働くパルヴァティ(ഛായാ കദം/Chhaya Kadam)が地上げにあっていることを知ると、スープリヤ医師(ലോവ്ലീൻ മിശ്ര/Lovleen Mishra)に相談して遣手のデーサイ弁護士(ബിപിൻ നദ്കർണി/Bipin Nadkarni)を紹介してもらう。気立ての良いマノージ医師(അസീസ് നെടുമങ്ങാട്/Azees Nedumangad)に見初められたプラバは詩をプレゼントされるが、見合い結婚してすぐドイツに渡った夫がいるため靡かない。プラバ宛にドイツ製の電気炊飯器が届く。差出人不明だが1年以上連絡を取っていない夫からのプレゼントらしい。プラバは後輩の看護師アヌ(ദിവ്യ പ്രഭ/Divya Prabha)を同居させている。金遣いが荒く折半する約束の家賃を度々無心し、勝手に猫を飼う。アヌが男と出歩いている噂も職場に出回っていた。その男はムスリムのシアズ(ഹൃദു ഹാരൂൺ/Hridhu Haroon)で、アヌの両親が異教徒との交際を許すはずが無かった。アヌは母親から見合いするよう迫られ見合い写真が次々と送られて来ていた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
見合い結婚をしたプラバの夫はすぐにドイツに渡り、最初の内は電話のやり取りがあったが、すぐに話題が尽き、音信不通のまま1年以上が過ぎた。ある日、ドイツ製の電気炊飯器が送られてくるが、差出人の名前は無かった。パルヴァティからは自分から連絡を取ってみるようと促される。有能で面倒見のいいプラバは気立ての良いマノージ医師に見初められアプローチされるが、身持ちの堅いプラバは靡かない。それでも本心はマノージ医師に惹かれていることが、マノージ医師に馴れ馴れしくするアヌに対して珍しく感情的になる場面により示される。
アヌは両親から見合いを迫られているが、知らない男性と結婚する気にはとてもなれない。交際相手のシアズはムスリムで両親が結婚を認めてくれる可能性は皆無だった。将来に対する不安を抱えつつもシアズへの思いは断ち難い。
パルヴァティは高層ビル建設のため地上げにあっている。亡夫の勤務していた紡績工場が潰れた際、住み続けて良いと認めてもらったのだ。以来22年。居住実態は近所の人が認めてくれるはずだ。だがデーサイ弁護士は書面が無ければ裁判にならないと一蹴する。ある日自分がいなくなったとしても誰も気付かない。自分は存在していないと嘆くパルヴァティは、ラトナギリの故郷に帰ることを選択する。
主要登場人物の3人の女性以外にも、夫の亡霊に悩まされる老女や、これ以上子供を産みたくない若い母親など、女性たちの窮状が描かれる。
冒頭は、ムンバイという巨大都市に暮らす無数の人々の姿が、未明の暗い街に蠢く群衆として映し出される。村を逃れて自由を求めてムンバイにやって来た人々はギリギリの生活を余儀なくされても帰郷する気にはなれないことが、映像に重ねられるインタヴューの回答で説明される。
雨が降る場面が頻繁に描かれる。雨に悩まされる女性たちの姿は、彼女たちの窮状を象徴する。
また、繰り返し映し出される風に舞う布も、女性たちの象徴であろう。
(以下では、結末に言及する。)
パルヴァティの帰郷を手伝うためにラトナギリを訪れたプラバは、浜辺に打ち上げられた溺れた男性(സന്തോഷകരമായ സമയം/Anand Sami)に救命措置を施す。蘇生した男性は記憶を失っていた。村の医者の老女(സൈലേജ് ശ്രീകാന്ത്/Shailaja Shrikant)は男をプラバの夫だと勘違いする。漂着した男性は、家に送られてきた電気炊飯器とパラレルである。シアズとの交際でウキウキするアヌを横目に、身持ちの堅いプラバが、夜、窓を閉め忘れて雨に降り籠められた床を拭いている最中、赤い炊飯器に目が留まり、こっそりと抱き締めるプラバの姿の何と切ないことか。プラバは漂着した男性をドイツの夫に見立て、未練を断つことにするのだ。
雨に降り籠められるムンバイの部屋と、ラストシーンの、満天の星空の下に立つ赤や緑の電飾で飾られたラトナギリの酒場との対照も見事だ。