映画『キムズビデオ』を鑑賞しての備忘録
2023年、アメリカ製作。
87分。
監督・脚本は、デヴィッド・レッドモン[David Redmon]とアシュレイ・セイビン[Ashley Sabin]。
撮影は、デヴィッド・レッドモン[David Redmon]。
編集は、マーク・ベッカー[Mark Becker]、デヴィッド・レッドモン[David Redmon]、アシュレイ・セイビン[Ashley Sabin]。
原題は、"Kim's Video"。
ニューヨークのマンハッタン。街行く人にレンタルヴィデオ店「キムズビデオ」を知っているか尋ねる。今時ビデオなんて、配信の時代だからと関心の無い人たち。かつて店の会員だった女性は素晴らしい品揃えだったと振り返るが、店がどうなったかについては知らないと言う。
『パリ、テキサス[Paris,Texas]』(1984)で主人公が迷った沙漠から遠くない場所で育ち、ヴィム・ヴェンダース[Wim Wenders]の影響で映画を撮り始めた。生まれた時、両親は17歳。6歳で祖父母に引き取られた。それが映画に夢中になるきっかけだった。夜遅く、映画の声に呼ばれた。『ポルターガイスト[Poltergeist]』(1982)のキャロル・アンのように。テレビ画面に手を伸ばした。そのとき身体に電気が走り、彼岸の存在を感じた。また別の晩には『シンドバッド虎の目大冒険[Sinbad and the Eye of the Tiger]』(1977)を見て、隔絶した場所で想像を超える怪物と戦う英雄の姿に震えた。私にとって映画は想像の世界ではなく現実そのものだ。時として虚実の区別がつかなくなる。車を運転していて『スラッカー[Slacker]』(1990)の連中と連んでいると感じてしまう。映画を撮りたいと思っていた。テキサスの僻地に暮らす者にとって映画と言えばウォルマートだった。15歳になるとただ映画に触れていたいとウォルマートに働くことにした。ある晩、『魔の巣 Manos[Manos: The Hands of Fate]』(1966)のマスターのような店主から呼ばれ、ごみ箱にヴィデオテープを捨てて持ち去ろうとしているだろうと盗みを疑われた。『犬ヶ島[Isle of Dogs]』(2018)のような闘争の後、出て行け、二度と姿を見せるなと言われた。数年後、『クリーン、シェーブン[Clean, Shaven]』(1993)の出て行かなくてはならないとの声を聞いた。私はニューヨーク、ブルックリンに移り住んだ。よく出かけたのはイーストヴィレッジ。ある晩、街行く人にどこで映画を見つけるのか尋ね、「キムズビデオ」を知らないのかと言われた。店へ向かうと、バンドがライヴを行っていた。大きな音を立てていたが五月蠅くはなかった。映画が落ち着かせてくれたのだ。私は即座に新たな家を見つけたと悟った。
ニューヨークのマンハッタンにはかつてレンタルヴィデオ店「キムズビデオ」が存在した。韓国で兵役を終え21歳でニューヨークに渡ったキム・ヨンマン[Yong-man Kim]はクリーニング店を経営、店の一角で始めたヴィデオ・レンタルが好評で、本業に切り替えて「キムズビデオ」を開いた。スタッフを映画祭に派遣して映画を買い付け、大使館の伝を辿りヴィデオをダビングし、世界の映画55,000本を取り揃え、25万人の会員を抱えた。海賊版を扱っていたために2003年にはFBIの捜索が行われたが、翌週には予備のヴィデオカセットを並べた。キム・ヨンマンにとっては知的財産権よりも映画をどれだけ知っているかの方が遙かに価値があったのだ。しかし映画は配信の時代に移行する。2008年、キム・ヨンマンはヴィデオカセットのコレクションをシチリア島の町サレーミに寄贈した。震災復興として文化事業を推進する町長ヴィットリオ・スガルビ[Vittorio Sgarbi]が、文化財として保管するとともにデジタル化を進め、映画祭を開催し、なおかつキムズビデオの会員には無料貸し出しも行うとの方針を打ち出したからである。ところが、サレーミに収蔵されたヴィデオカセットは決して活用されることはなく、杜撰な保管により劣化するに任せていた。
(以下では、全篇の内容に言及する。)
世界中からあらゆる映画を収集していたニューヨークのレンタルビデオ店「キムズビデオ」。閉店後のヴィデオカセット・コレクションの行方を同店の会員だった映画監督のデヴィッド・レッドモンが追うドキュメンタリー。
デヴィッド・レッドモンは6歳で祖父母に引き取られ、その寂しさを紛らわすためであろう。映画と現実との境界が曖昧になるほど映画に没入し、自ら映画を撮る道に進む。自らの来し方、シネフィルぶりを様々な映画の場面を繋いで描いてみせる。
キムズビデオのコレクションを譲り受けた町サレーミは、保管庫にヴィデオカセットを収蔵したが、公の利用に供することも、デジタルデータ化することもなかった。のみならず杜撰な保管によりヴィデオカセットを傷めていた。
映画を愛するデヴィッド・レッドモンには、傷んだヴィデオカセットの悲痛な声が聞えた。その救済を町長ドミニコ・ヴェヌーティ[Dominico Venuti]に訴えるが相手にされない。コレクション受贈時のサレーミ町長ヴィットリオ・スガルビを追及してもはぐらされてばかり。コレクションの悲惨な状況は、始めから資金の流用目的で文化政策が打たれたことにあったことが取材により明らかになっていく。反マフィア調査委員会の委員長レオパルド・ファルコ[Leopaldo Falco]が急死するなど、イタリア政治の闇が露わになる。
デヴィッド・レッドモンはキムズビデオの会員としてコレクションの貸出権があることを盾に、映画『アルゴ[ARGO]』(2012)よろしく、映画の撮影を装ったヴィデオカセット救出作戦を敢行する。
デヴィッド・レッドモンはコレクションの未来についてキム・ヨンマンにアプローチする。自ら映画を監督するほどのシネフィルであるキム・ヨンマンは、デヴィッド・レッドモンのキム・コレクションに対する情熱に次第に絆されていく。