可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『バード ここから羽ばたく』

映画『バード ここから羽ばたく』を鑑賞しての備忘録
2023年、イギリス製作。
119分。
監督・脚本は、アンドレア・アーノルド[Andrea Arnold]。
撮影は、ロビー・ライアン[Robbie Ryan]。
美術は、マキシーン・カーリエ[Maxine Carlier]。
衣装は、アレックス・ボーベアード[Alex Bovaird]。
編集は、ジョー・ビニ[Joe Bini]。
音楽は、ブリアル[Burial]。
英題は、"Bird"。

 

ベイリー(Nykiya Adams)が高架歩道橋の防護フェンス越しに飛ぶ鳥の姿をスマートフォンで撮影している。2人組の少女たちが話しながら通りがかる。ベイリーが慌ててスマートフォンをしまう。…16回まではいけた。だから大丈夫。あの技、すごく上手いよね。私には無理、ひっくり返っちゃう。見せてよ。1人が素早く軽快にステップを踏む。どうやってやるの? 足を上げるだけ。2人は脚の動きを練習しながら去って行った。近くで鳥の鳴声がする。通路に入り込んだカモメが歩いて近付いてきた。ベイリーは笑みをこぼす。そのとき父バグ(Barry Keoghan)に大声で呼ばれた。カモメは驚き飛び去ってしまう。ベイリー、行くぞ。終わった。家に帰ろう。短パンだけ穿いてタトゥーだらけの上半身を晒すバグが電動キックボードで傍に来た。何それ? バグはビニール袋を提げている。家で驚かせるからな。何? お楽しみだよ。これ、持って。ビニール袋にはカエルが入っていた。気を付けろよ、俺の金のなる木だ。木じゃないけどな。行こうぜ。バグはキックボードにベイリーを乗せると、歩道橋を走る。教会を通り抜けて目抜き通りへ。バグはFontaines D.C.の"Too Real"を大音量でかけながら歌っている。路地に入り、落書きだらけの古い建物の前にキックボードを駐める。笑顔を見せろよ。バグととともにベイリーが階段を上がっていく。素晴らしい日だな。蛇はどうした? 擦れ違った女性住人に尋ねる。放っておいて。檻に入れた方がいいぜ。パパ、なんでそんなにご機嫌なの? すぐに分かる。ケイリー! バグはベイリーからビニール袋を受け取る。ケイリー、ベイリーと戻った。今行くわ。彼女に優しくな、俺のために。可愛い眼をしてる。バグがベイリーに私語く。ケイリー(Frankie Box)が幼い娘を抱き抱えて現われた。美女二人だ、二人とも綺麗だ。バグが帽子を幼い娘に被らせるが嫌がってすぐに外してしまう。元気か? 会いたかった。私も。バグとケイリーが抱き合う。驚くべき知らせがある。ケイリーがバッグからピンクの豹柄の衣装を取り出す。ワクワクするだろ。どう思う? ベイリーは硬い表情を浮かべている。だから何なの? 衣装だよ。ケイリーがお前のために用意してくれたんだ。土曜日に必要だから。土曜日って? 土曜日が何かって? 俺たち結婚するんだ。正式な結婚。お前に付添人をやってもらいたい。気に入らないんじゃないかって言ったでしょ。気に入るさ。着てみろよ。着ない。合わなければ返品できるわ。試着しろよ。バグが衣装をベイリーに放る。気に入らない。ベイリーがバグに衣装を投げつける。着るんだ。着ない。投げ渡された衣装を床に捨てる。何て失礼なんだ。着るつもりはないって。着ろよ。気に入らないんじゃないって言ったでしょ。いや、気に入るさ。何で黙ってたの? 先週結婚しようって頼んだばかりだからさ。何で私への報告が後回しなの? どうして喜んでくれないんだ? 俺のために喜んでくれよ。結婚式のお金なんてないでしょ。カエルだよ。ドラッグガエルちゃんが全部賄ってくれる。彼女が転がり込んで来るってこと? 私はもういるわ。そんなこと言うなよ。彼女は俺を幸せにしてくれるんだ。知り合って2分しか経ってないでしょ。2分じゃない、3ヶ月だ。数えてたの? もちろん、分刻みで数えてるさ。どこへ行くんだ? 試着しろ。しないって。部屋を出て行こうとするベイリーをバグが摑まえてソファに押し付ける。ケイリーが止めるのも聞かず、バグは娘に眼を見ろと言う。試着するか? 赤ちゃんみたいに着せてやろうか? 放して! バグがベイリーに服を宛がう。似合うだろ。どいてよ! 大嫌い! ベイリーは窓際にある自分の寝床に逃げ込む。試着するだろ? どっか行って!

 

イングランド南東部の港町グレヴズエンド。12歳の少女ベイリー(Nykiya Adams)は30歳に満たない若い父親バグ(Barry Keoghan)と14歳の異母兄ハンター(Jason Buda)と廃屋の一室で暮らしている。ベイリーの細やかな楽しみは、鳥を始めとした生き物をスマートフォンで撮影し、自分の塒にしている窓際のスペースで壁に投映して眺めることだった。バグが3ヶ月前に知り合った、幼女を抱えるケイリー(Frankie Box)が家に転がり込んできた。ピンクの豹柄の衣装を渡され、土曜日にケイリーと結婚式を挙げるから花嫁の付添人を務めるようバグに言われた。バグはサプライズだとご機嫌だが、何も知らされていなかったベイリーは腹を立てる。ハンターが児童虐待する大人を懲らしめる自警団に参加するため同い年の恋人ムーンに髪を刈ってもらうと、ベイリーもムーンに短髪にしてもらい、自警団の跡を追う。現場を目撃したムーンは通報を受けた警察が到着すると一足早く牧草地に逃れ、そのまま一夜を明かす。目覚めると、バードと名乗る男(Franz Rogowski)が近付いてきて、タイラーハウスがどこにあるか教えてくれと言う。バードは家族を探していた。

(以下では、冒頭以外の内容についても、言及する。)

ベイリーは、母親ペイトン(Jasmine Jobson)ではなく、父親バグと、バグが14で儲けたハンターと、打ち棄てられた集合住宅に暮らしている。3ヶ月前に知り合ったケイリーが幼い娘とともに部屋に転がり込む。バグはケイリーと結婚すると言う。何も知らされていなかったベイリーは、バグが連れ子を可愛がる姿に嫉妬を覚えたこともあり、自分が蚊帳の外と感じる。反発したベイリーは敢て髪を刈り、ハンターが参加する自警団に加わろうとするが、足手纏いと断られる。ベイリーは牧草地で夜を明かすと、家族を探しているバードと出遭う。バードは唯一の手掛かりである集合住宅タイラーハウスに向かうが、家族は転出して久しかった。密かにバードの跡を付けたベイリーは、かつてタイラーハウスに棲んでいた母親ペイトンを紹介するとバードに告げる。
ベイリーがバードとともにペイトンの家を訪ねると、内縁のスケート(James Nelson-Joyce)が暴力でベイリーや子供たち(ピーナ、キーシャ、ルー)を支配していた。幸いペイトンがバードの父親と思しき人物の名がフレッドであると覚えていたが、ベイリーとバードはスケートと激しく言い争うことになる。ベイリーはすぐに自警団に連絡を取る。
冒頭、ベイリーは高架歩道橋の鉄格子のフェンスの中から、自由に空を翔る鳥たちの姿を撮影している。囚われたベイリーと自由な鳥との対照が示される。ガラスを這う虫を撮影するのも、ベイリーが場末に囚われた存在であることを表わしている。
牧草地で用を足すためにしゃがみ込んだベイリーが風に激しく拭かれるのは、ベイリーの身体に変化をもたらす予兆であった。初潮を迎え戸惑うベイリーは、赤い衣装に着替えることよって、また、ケイリーのアイライナーを使って化粧することで印象づけられる。ベイリーは少女から大人になりつつある。離れて暮らす母親ペイトンや妹・弟(ピーナ、キーシャ、ルー)を横暴なスケートから救おうとする使命感を持つ。
バードの振る舞いはエキセントリックだ。軽やかに動き回り、すぐにちょっと高い位置に登る。建物の屋上に立ち、街を見渡す。まさに鳥のような振る舞いをする。ベイリーの心を和ませる。バードはベイリーが思っているようなヒーローではないと釘を刺す。もっとも、ベイリーにとっては、バードの自由に見える振る舞いが、ある種のヒーローに見えるのであり、自らもいつか鳥となって飛び立つことを願うのである。
バグは3ヶ月で子連れのケイリーと結婚を決めるのみならず、結婚式の費用をカエルが分泌するドラッグ成分で捻出しようとする。電動キックボードで暴走する姿もまた、大人らしからぬ浅慮を強調する。それでもバグには嘘がない。14歳でハンターを、16歳でベイリーを儲けながら、何とか暮らしている。ハンターもまたムーンを妊娠させてしまうが、14歳で子供を持つのは大変だと言いながら、バグは14で子供が出来たことは少しも後悔していないとハンターに告げる。
鳥の姿が随所に挿入されるだけでなく、子供たちの姿もよく描かれる。何かに囚われることなく自由に振る舞う点で共通するのだろう。
子供たちも含めキャストはいずれも魅力的である(全てのキャスト・スタッフを平等に扱うためか、アルファベット順で並ぶクロージング・クレジットに役名は記載されない)。Barry Keoghan、James Nelson-Joyceも印象に残るが、とりわけバードを体現したFranz Rogowskiが魅力的だ。『未来を乗り換えた男[Transit]』(2018)、『水を抱く女[Undine]』(2020)、『フリークスアウト[Freaks Out]』(2021)などが日本で公開されているが、主演作の『希望の灯り[In den Gängen]』(2018)をお薦めしたい。助演なら『ハッピーエンド[Happy End]』(2017)も素晴らしい。