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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 レア・エンベリ個展『Venus is the hottest planet』

展覧会『レア・エンベリ「Venus is the hottest planet」』を鑑賞しての備忘録
下北沢アーツにて、2025年8月22日~9月7日。

女性美の象徴として表現されてきた女神ヴィーナス(ウェヌス)[Venus]を中心に、土偶を加味しつつ制作された絵画と磁器とで構成される、レア・エンベリ[Lea Embeli]の個展。

「Supernova」シリーズは、正方形の画面(250mm×250mm)に、AIに学習させたヴィーナス像の一部をデジタルプリントし、その表面に罅のような赤い線を描き込み、さらにピンクの薔薇のイメージを纏わせた作品群。《Supernova 1》は、乳房から腹部にかけてと右腕の部分を切り取っている。右上の角の乳首(乳房)と左下の隅の右手の作る対角線の右側に腹部(身体)が表わされ、右腕がやや傾いて画面上端から下端に向かって降ろされる。安定を崩す構図は、皮膚の表面に描き込まれた罅、あるいは枝分かれしていく脈のようなイメージ、さらには身体を半ば包むローズピンクの厚みのある絵具によって不安定さが強調される。イデアのような普遍的な美と異なり、人々の評価する基準は多様であり移ろうこと、同時に、薔薇を介してヴァニタス[Vanitas]を暗示する。また、AI学習による統計学的ないし数量的な美のイメージは、かつて美人コンテストで用いられた、身体を当て嵌めてプロポーションか基準値内にあるか測定する型のようなものであり、そのような思考枠に疑義を呈するために罅が入れられているのであろう。イメージの加工により平滑な肌を追求する風潮に対するアンチテーゼとも言いうる

「Pocket Venus」シリーズは、艶やかな灰白色の肌のヴィーナス像。脚など一部に赤味のある罅の模様が入れられている。例えば、1点(70mm×60mm×150mm)は、球形に近い頭部、半球の乳房、潰れた球状の胸と腹、円柱状の脚から成る立像で、土偶や埴輪の形を連想させる。片方の脚が宙に浮かされるとともに前傾して、動きがある。また別の1点(120mm×80mm×100mm)は、上半身を起こして横たわる。恰もフェルナンド・ボテロ[Fernando Botero]がアンリ・マティス[Henri Matisse]の絵画を頭部のプロポーションを抑えて立体化したようだ。 
「Pearl in a shell」シリーズ(各150mm150mm)は、「Pocket Venus」シリーズの磁器人形のシリーズを貝殻の中の真珠のように表現した絵画である。

《Rebirth》(900mm×600mm)は、中心となるヴィーナス立像に土偶も含めた複数のヴィーナス像が重ね合わされた絵画。複数の顔、罅の入った肌、土偶の輪郭、貝殻などが重ねられて見え隠れしている。複数の時代と場所のヴィーナスを掛け合わせ、美の受容・評価の相対性を表わす。 サンドロ・ボッティチェッリ[Sandro Botticelli]の《ヴィーナスの誕生[La Nascita di Venere]》を下敷きに、女性の立場から捉え直す再生[rinascita]であることは、女陰を象徴する貝殻をヴィーナスの足元ではなく、昇る太陽のように背景に上部に向かって複数表わしたことで示される。

金星(Venus)は二酸化炭素などの温室効果ガスの影響のために最も暑い惑星となっている。美のイデアたるヴィーナスもまた、貝殻、薔薇の瓣、否、何より皮膚に包まれることで、最も熱い眼差しが注がれる対象となっている。