映画『ふつうの子ども』を鑑賞しての備忘録
2025年、日本製作。
96分。
監督は、呉美保。
脚本は、高田亮。
企画は、菅野和佳奈。
撮影は、田中創。
照明は、溝口知。
録音は、小清水健治。
美術は、井上心平。
装飾は、櫻井啓介。
衣装は、藤山晃子。
ヘアメイクは、知野香那子。
編集は、木村悦子。
音楽は、田中拓人。
ランドセルを背負い虫籠を抱えた上田唯士(嶋田鉄太)がエレベーターで1階に降りる。エレベーターホールを抜け、玄関を出ると、唯士は駆け出す。いってらっしゃい。マンションの管理人にいってきますと挨拶を返す。遅いよ、唯士。早く行こう。同じ4年1組の生き物係・小林颯真(大熊大貴)と藤井メイ(長峰くみ)と合流し、3人で公園に向かって走る。公園では、生き物係5人でカナヘビの餌を探す。はい、ゲット! 唯士が捕まえたダンゴムシを虫籠に入れる。ダメダメ、ダンゴムシは入れないでくれる? 唯士がに注意される。カナヘビの餌はワラジムシじゃないと。ダンゴムシは殻が硬いんだ。そんなことも知らないで生き物係をやってるの? メイは虫を捕ると言って枝でやたらと地面を叩き、颯真に呆れられる。ヤベえ、もう時間無い。颯真に急かされ、みんなで学校に向かって走って行く。
4年1組。担任の浅井裕介(風間俊介)が「私の毎日」について作文を書いて来たか確認する。トップバッターは誰だ? 沢山の生徒が手を挙げる。塩野さん。塩野莉衣奈(塩野莉衣奈)は「毎日が最高」というタイトルの作文読みあげる。学校が楽しくて仕方が無い。席替えで好きな子の近くになったから。ざわつくクラスメイトたち。両親が共働きで家にいなくてつまらないとか、10歳は半分大人だと親に言われたとか、生徒の作文は十人十色。中には作文が書けないことを綴ったり、ただ五十音を順番に言って日常を構成する文字だと言い逃れる生徒もいる。
前日。上田家。オッケー、書けた! 読んで! ダイニングテーブルで作文を書き上げた唯士は台所に立つ母・上田恵子(蒼井優)から掻き上げた作文を読むよう求められる。読んでよ。分かったよ。「僕の毎日で気付いたこと」。上田唯士。朝はおはようと言う。お腹が空いたらご飯を食べる。ドアを開けると中に入る。赤信号は渡らない。息を吸ったり吐いたりする。すっごい、いいじゃん! まだ途中だから! 当たり前のことを改めて見るのってすごくいいじゃん。まあ、そうだけど…。
教室で唯士が皆の前で作文を発表している。…うんちをしたら流す。紙で拭くのも忘れずに。生徒たちがどっと笑う。はい、みんな静かにして! 巫山戯るのと自由は違うかな。浅井先生が苦言を呈する。えっ! はい、次の人! 唯士はがっかりして席に坐る。じゃ、三宅さん。「私は大人の言うことを聞きたくない」。三宅心愛(瑠璃)。地球が温暖化してそのせいで災害が起きているとニュースで見ました。二酸化炭素の排出が主な原因だと言っていました。排出された二酸化炭素は空に溜まったままで地上の熱を閉じ込めるんです。それは誰が出したものですか? 私たち子どもが生まれる前から二酸化炭素を出し続けているのは大人たちです。それなのに大人たちは今日も車で走り廻るし、夜遅くまで遊んでいて街は明るいし、誰も悪いと思っていません。私たちは家でも学校でも怒られていろいろなルールを守るよう言われているのに、大人は地球をメチャクチャにした癖に反省もしていない。もう止めて、二酸化炭素を出さないで、空に溜まった二酸化炭素をなくして! 唯士は怒りを込めて作文を読む心愛に心を奪われていた。なんか、先生まで怒られちゃいそうだな。浅井先生のコメントに皆が笑う。何で笑うんですか! 大人たちが私たちの未来をメチャクチャにしているのに! いや、先生は三宅さんの未来をメチャクチャにはしていないけど、そうやって考えることは凄くいいことだと思う。IPCCは人間活動が温暖化を加速させたことは疑う余地がないって言ってるんですよ。環境問題の話は、SDGsの時にまたやるね。世界中の数千人の科学者の意見を集めた報告書に疑う余地がないって結論を出したんです。でも大人が悪いとか誰が悪いとか言わない方がいいかな。じゃあ、子どもが悪いんですか? 極端だなあ。先生が言いたいのはそういうことじゃ…。空に溜まった二酸化炭素は誰が溜めたんですか? 大人じゃないんですか? 極端だなあ。橋本陽斗(味元耀大)が浅井先生の言葉を真似て茶化す。生徒にウケる。橋本! 浅井先生が注意する。
おかえり。ただいま。作文褒められた? 何も言われなかった。唯士は先生に巫山戯た作文だと注意されたと言えずお茶を濁す。良かったのに。ママ、あのさ、地球温暖化に詳しかったりする? 急に何なの? 唯士は心愛が地球温暖化の問題について熱心に訴えていたことを伝える。その子、凄いね。最近、暑いからね。調べて見れば? 唯士がタブレットを取り出す。検索結果からの中から恵子が薦めた「子ども環境総合局」というサイトで唯士は温室効果ガスについて学ぶ。
4年1組。他の子供たちがゲームをしたり、雑談したりしている中、心愛は一人机に向かい環境問題についての本を読み耽っている。唯士が心愛に近付いて話しかける。メタンガスが問題らしいね。心愛はメタンガスの排出割合の高い肉牛の肥育について指摘し、肉類は食べないと言う。お魚も美味しいよねという焦点のずれたコメントをする唯士は心愛の歓心を得ることはできない。このまま何もしないで地球はどうなってもいいの? そのとき陽斗がカードゲームで遊んでいた生徒たちの中に割り込んで机からカードを床にはたき落とした。クラスメイトに非難される陽斗は得意気だ。そのとき唯士は心愛が置いた本に森の図書館のラベルを目敏く見つける。
帰宅した唯士は棚の中を探す。図書館のカードない? 図書館行くの? 恵子が驚く。唯士はカードを見つけると部屋を飛び出そうとする。水筒! 恵子が唯士に水筒を持たせる。ケータイ! 再び慌てて出て行く唯士に電話を持たせる。
唯士がキックスケーターに乗って森の図書館へ。入口に近い児童書のコーナーから始まり、図書館の中を虱潰しに探し回る。…いないな…。…いない…。いた! 環境の棚の近くのテーブルに坐って心愛が本を読んでいた。しばらく棚の影から心愛を眺めていた唯士は、環境の本を見繕うと、心愛のいるテーブルに向かい、咳払いして注意を惹く。三宅さん、いたんだ? 坐らせてもらおうかな。白々しい嘘を吐き、隣に坐る。心愛の読んでいる本を覗き込む。「カーボンニュートラルの基本と動向」。難しい問題だよね? 静かにして。
上田唯士(嶋田鉄太)は魚を始めとする生き物の好きな小学4年生。自尊感情の高い子に育てようと必死な母・上田恵子(蒼井優)と、放任主義の父・上田篤士(少路勇介)とともに東京近郊にある集合住宅で暮らす。唯士は、近所に住む級友の小林颯真(大熊大貴)や藤井メイ(長峰くみ)と生き物係を務める。「私の毎日」という作文課題で、環境問題における大人の責任を糾弾し、担任の浅井裕介先生(風間俊介)と渡り合う三宅心愛(瑠璃)に圧倒された唯士は、付け焼き刃の知識で心愛に近付く。唯士が心愛と図書館に通い環境問題を一緒に学ぶようになると、級友たちにちょっかいを出してばかりいる橋本陽斗(味元耀大)から何か行動を起こすべきだと嗾けられた。母親・三宅冬(瀧内公美)に対する反発から、国際舞台で環境問題への即時の取り組みを訴える少女に感銘を受けていた心愛は、陽斗に対する好意もあって、環境意識の低い大人たちに抗議することを決意する。唯士は陽斗に惹かれている心愛にやきもきしながらも、心愛と一緒にいるために抗議に加わった。陽斗が見つけていた空き家をアジトに3人は車を使うなというビラを作成する。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
唯士は大人びた心愛に心を奪われ、彼女に近付くために彼女が関心を寄せる環境問題について学ぶ。軽く遇われていた心愛からお薦めの本を借りられるようになったところで、陽斗が2人に接近し、何か行動を起こせと嗾けられる。心愛は陽斗に好意を持っていて、2人の距離はすぐに縮まる。それでも心愛に対する気持ちが揺るがない唯士は、環境問題をアピールする活動に参加する。当初は車の使用を止めるよう訴えるビラを車に貼っていたが(身元を割られないように広告の文字でメッセージを書いているのに、手書きの文字や絵を書き加えてしまうのが小学4年生らしい)、模倣する者が現われると心愛の対抗心に火が着き、肉屋にロケット花火を撃ち込むなど活動を激化させる。
メイは唯士に対して愛情を抱いている。生き物に興味がないメイが生き物係になったのも唯士と一緒にいたいからだ(バスで塾へ通うのも唯士と一緒にいたいためかもしれない)。唯士をよく観察していて、できる限り唯士の傍にいて、落ち込んでいるなら励ましもする。それでも唯士の心は心愛に向いたままで、盆暗な唯士はメイの気持ちに気付かない。駄菓子屋で唯士と並んでお菓子を摘まむメイは至福の時間を味わったに違いない。メイの姿は切なくも愛おしい。
心愛が環境問題に対して熱心なのは、母親に対する反発からだ。環境問題に真摯に取り組まない大人たちを糾弾する少女の動画を目にした心愛は、自らの母親のようにルールを一方的に押し付けるばかりの大人に反抗するために環境問題を熱を入れるのだ。
陽斗は級友達の輪には加わらず、邪魔ばかりしている。何故か。陽斗には幼い弟たちがいて、家庭ではお兄ちゃんとして振る舞うよう要求され、幼い弟たちほど可愛がられないからだ。孤独な陽斗は皆に構ってもらいたいのだ。
颯真は学区で起きている環境活動家の行動に唯士が関与していることを母親に訴え、浅井先生に伝えてもらおうとするが、母親は颯真の挙げる根拠が薄弱だから間違っていて恨まれたら困ると取り合わない。
子どもたちの世界は大人たちとは違うが、大人たちの姿が子供たちに如実に反映する。
冒頭、集合住宅のマンションのエレベーターで1階に降りる唯士の顔が映し出され、唯士が外に出るにつれて次第に引きの画となり、ランドセルを背負って虫籠を手にしている姿が明らかになっていく。唯士の顔、表情の魅力を最大限に活かされている。
母親との会話などで見せる唯士の反応は極めて早い。反射的とも言える対応をする。それでも何故か身体と魂がごく微妙にズレているような印象を受けるの何故だろうか。最終盤で心愛からメッセージを送られた唯士が「うぅ」と言葉に詰まる。言葉が追いつかない感情に呑み込まれる瞬間が素晴らしい。
唯士の自尊感情を育もうと必死な恵子(夫と一緒にテーブルを囲まないことで夫との教育方針の違いが暗示される)を演じた蒼井優、波風を立てたくない浅井先生を演じた風間俊介は抜群の安定感。心愛の押しの強さや暴走の原因となった、自分のペースに持ち込むパワフルな三宅冬を演じた瀧内公美が印象的。