展覧会『村上早展』を鑑賞しての備忘録
コバヤシ画廊にて、2025年9月8日~20日。
舟、ベビーベッド、乳母車やぬいぐるみなどをモティーフとした銅版画で構成される、村上早の個展。
《葦のふね》(1180mm×1500mm)は、熊のような獣の船首を持つ葦舟に揺られる少女の姿を、左舷の船首側のやや高い位置から捉えた作品。葦で編まれた舟の長い船首の先は熊のような獣の頭部で飾られる。その船首は画面左端に迫るように配される。穏やかな水面が拡がり対岸の土手が覗く。船首の先で水が傾くのは瀧が迫っているのだろうか。舟に後ろ向きに坐る少女は首を左に曲げて水の傾く先を見詰めている。
《ぬい包む》(1500mm×1180mm)には、熊の編みぐるみの腹の中に入り込んだ少女が糸で開口部を縫い合わせ閉じ籠もろうとする場面が描かれる。足を投げ出して坐り込む熊の耳、両足はそれぞれ画面の端に来るように描かれる。熊は隈であり、見えない存在であり、神である。少女もまた姿を消して、神となるのだろうか。
《いだく》(1500mm×1180mm)は、熊の切り開かれた腹から出てきた女性が熊に抱きつく様を描く。画面一杯に描かれた熊の腹には乳首が並ぶ。その間が縦に切開され、そこからスカートを穿いた女性が姿を現わして、両腕を熊の頭に回して抱きついている。熊の手・足は大きな鋭い爪を持っているが右腕だけは人の手をしていて、女性の腰に廻されている。
《ゆりかご》(1180mm×1500mm)は、車輪付きのベビーベットに横たわる、鱗で覆われた胴体を持つ羊(?)を、ベッドの左側後方から覗き込むように描いた作品。格子の柵の中に俯せに横たわるキメラ的動物は丸くなることで無理矢理ベビーベッドに入り込む。それでも入りきらない尾鰭がベッドから食み出している。顔は反対側を向けられているので見えない。体からは水が滴り落ち、前後のキャスターの周囲には水溜まりができている。水の中から釣り上げられて檻の中に押し込まれ、衰弱しているようだ。
《からまる》(1180mm×1500mm)には、鱗に覆われた胴を持つ存在が乳母車に潜り込み、入りきらない尾鰭(?)が車輪に挟まっている様が描かれる。前後で大きさの異なる車輪を持つ箱形の乳母車には覆いがあり、その中に鱗に覆われた存在が頭から入り込んでいる。入りきらず下半身を折り曲げるが、それでも尾鰭は外に飛び出して、左の前輪に絡まってしまっている。
古事記にはイザナミとイザナギの間に生まれたヒルコが葦舟に入れて流されたとの記述がある。最古の形態の舟は神話を引き寄せる。神話は人と世界との関わりを説明する試みである。《葦のふね》において、舟に乗せられて流されていく少女は、この世に放り込まれてしまった現存在を象徴する。熊もまた隠れて見えない存在として神に通じる。《ぬい包む》と《いだく》とにおいて、巖のような熊の中に隠れ、再び姿を現わす女性の姿は、天岩戸のような招日神話を想起させる。《ゆりかご》・《からまる》は、ベビーベッドや乳母車に、鱗を持つキメラ的存在を組み合わせることで、異類婚姻譚を連想させるとともに、原始の海という生命の起源に思いを馳せさせる。