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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 重野克明個展『バラバラの生活』

展覧会『重野克明「バラバラの生活」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋美術画廊Xにて、2025年9月3日~22日。

二重のバラ色の生活を意味する「バラバラの生活」を標題に掲げ、実感の籠る卑近なモティーフを遇った銅版画、墨絵・墨彩画、油彩画、陶器などで構成される、重野克明の個展。

キーヴィジュアルに採用されている絹本墨彩画《健康女》(640mm×520mm) は、1本ずつバナナを載せた平皿2枚を胸の前に掲げる、花柄のエプロンを着用した女性の上半身を描いた作品。エプロンにプリントされる花は薔薇であろう。薔薇色の生活[la vie en rose]とともに、会場である髙島屋のシンボルでもある。和紙に墨・顔彩で描いた紙本墨彩画《健康女》(1025mm×340mm)では、画面を4分割し、画面それぞれに「健康は」、「大事」、「とっても、「大事」と書き込まれ、皿に載せたバナナを掲げる女性が徐々にクローズアップされる。籐椅子に坐る女性が盥に張った湯に足を浸す墨絵《足湯》(345mm×245mm)、眼鏡を掛けた女性(恐らく川瀬智子)が足湯する墨彩画《足湯・トミー》(227mm×190mm)、(似せる気の無い)多部未華子が足湯する墨絵《足湯・多部さん》(440mm×365mm)を始めとする足湯の絵画、あるいは生活感溢れる住居の中で洗濯機の隣に置かれた狭い湯船に浸かる男性を描いた《温泉》(215mm×420mm)や湯に浸かった男性を表わした《ナルシスの湯》(1025mm×340mm)、その立体化作品である陶器の《バス》(30mm×60mm×83mm)など入浴の絵画、また、魯山人の顔を描いた蒲団で寝る人々が並ぶ墨絵《魯山人でおやすみなさい》(420mm×550mm)、トイプードルの顔を描いた蒲団に寝る人々の墨絵《トイプードルでおやすみなさい》(408mm×560mm)、セントバーナードの顔を描いた蒲団に入る人々を表わした墨絵《セントバーナードでおやすみなさい》(420mm×550mm)といった眠りに関する作品から、精神を安定させるセロトニンや睡眠改善に関わるメラトニンの生成に関与するトリプトファンを含むバナナが健康の象徴として《健康女》に表わされていることが分かる。白い平皿のバナナは三日月と上弦の月として満ちていく月として表わされるのは、会期中に迎える満月を意識してのことであろう。月に見立てられるバナナが2本であるのは、ツキも2倍ということか。
海岸で2匹の小型犬を手に支える女性を描く銅版画(ドライポイント)《潮風ダブルドッグ》(198mm×164mm)や風を切り疾駆する2匹の小型犬(影との距離により飛ぶ様が表現される)を描いた銅版画(ドライポイント)《ダブルドッグ》(177mm×160mm)で暗示されるのは、版画の版と刷りである。ならば人工芝(あるいは天然芝)の中を駆け回る犬たちと犬を眺める人々を描いた墨彩画《夜のドッグラン》(805mm×565mm)、あるいは岸田劉生の《道路と土手と塀(切通之写生)》を下敷きに坂道に多数の犬を表わした墨彩画《永遠のドッグラン》(805mm×565mm)では版画の複数性が表現されると解し得よう。
墨彩画《野に咲く花のように》(565mm×810mm)では所々で桜の咲く山を背に野原でランニングシャツを着た画家が折り畳みチェアに坐る女性をモデルに絵画を制作している場面が描かれる。作家は自らを山下清に擬えている。油彩画《情熱の画家》(1120mm×1450mm)では、絵筆が並び、絵画が壁中に掛かり、百合を生けた花瓶や女性の靴(手前の靴の中に女性の顔が表わされている)、人物のテラコッタ、吊された模型飛行機などでゴタゴタした狭い空間で絵画制作に勤しむ半裸の画家が表わされる。甲本ヒロトの「情熱の薔薇」よろしく、「情熱の画家」は「情熱の真っ赤な薔薇を胸に咲かせ」ていると見るべきである。《野に咲く花のように》に寄せられた詩には「小さな思い出/大きなプライド/バナナの皮に/包んで拾てな」と、「捨てな」ではなく「拾てな」とある。実際、ダクトテープで壁に貼り付けたバナナを《コメディアン[Comedian]》と名付け磔刑図のパロディとしたマウリツィオ・カテラン[maurizio cattelan]に対し、作家は剝いたバナナの絵に《主食》(252mm×247mm)と名付け、コメディアンを主食≒パン≒キリストに反転させる。そこには作家が手掛けてきた版画の反転の性質がある。ならば、恰も赤瀬川原平の《宇宙の缶詰》のように、狭小な画室を宇宙へと反転させことも訳はない。墨彩画《冬の大洗》(422mm×543mm)では、磯浜灯柱の近くの砂浜に画架を構えて制作する画家がヌードの人々を幻視し、ラウル・デュフィ[Raoul Dufy]やマルク・シャガール[Marc Chagall]の世界を現出させて見せるのである。