展覧会『YUNSUNG LEE「トルソのコマ」』を鑑賞しての備忘録
DDD ART 苑にて、2025年9月6日~24日。
両腕を欠いたヴィーナス像をアニメーションのヒロインとして表現する「トルソ」シリーズを漫画のコマをイメージした不定形の画面に描いた「Between the Frames Fragment of Torso」シリーズ、ラオコーン像を漫画のキャラクターのようにモノクロームの絵画に表わした「Laocoon」シリーズ、黄道十二宮のイメージをの2頭身(?)のアニメキャラクターの顔として展開した「SD Zodiac」シリーズなどで構成される、YUNSUNG LEE[이윤성]の個展。
「Laocoon」シリーズは、トロイア戦争で木馬がギリシャの策略と見抜きアテナの遣わした蛇に襲われたラオコーンと2人の息子とを表わした彫刻を下敷きにした、モノクロームのアクリル絵画。会場の銀色の板壁によく調和する。
ラオコーンと息子たちは女性に置き換えられた上で漫画のキャラクターのように表現される。また、蛇もその擡げた鎌首が描かれず、タコやイカを創造させる黒い触手に変更されている。北斎の《蛸と海女》ほど露骨ではないが、乳房などを縛りあげ、乳首を刺激する触手はエロティックである。吹き出しやコマと思われる矩形が黒い画面に白で挿入される。コマの矩形は顔や身体を強調する効果線と化し、画面の割り付けの機能は失われている。触手が黒のベタ塗りで表現されているのは、コマという枠組みから食み出したキャラクターをコマの枠内に押し戻そうとするからである。触手=コマを男性と見て、男性優位の構造を打ち破ろうとする女性たちを妨げようとする社会のメタファーと見ることが可能だ。また、触手=コマを緯線や経線といった人為的国境と解し、恰もトロイアの人々が木馬を神聖視したように国境=国家を絶対とする政治により大地が分断される悲劇の象徴とも捉えられる。
《Between the Frames Fragment of Torso-03》(1800mm×1100mm)は、トルソの四肢の欠損を四肢の切断と読み替え、アニメーションのキャラクターのような女性ヌードで表現した油彩画。画面上段に斜めに入れられた白線により画面が分割され、その下側には首から太腿にかけての部分が描かれる。豊かな乳房の辺りで切断された左腕が血を吹き、右脚も太腿の先で切断される。輝きを表わす黄色い星形や赤・青・黄の雲のような流体が青い背景に浮かぶポップな印象に紛れて、腕や脚の切断の衝撃は和らげられている。白線により顔が見えず身体の物としての印象が高められていることも影響しているようだ。白線の上側には女性の切断された脚部が配されるが、これは画面下部の表現と一致する。繰り返しによる強調表現である。
《Between the Frames Fragment of Torso 09》(910mm×840mm)には、豊かな金色(黄色)の髪の女性の胸像が表わされる。紫の流体の中に白い輝きを表わす星形を表わした中に、量感のある乳房を持つ裸体女性の胸像を表わす。大きな眼からは涙が零れる。画面右下には切断された右腕がわずかに覗き、噴出した血液が球やハート型になって浮かぶ。《Between the Frames Fragment of Torso-03》では白線として描かれていた分断が、本作では実際に画面を斜めに切断し、2つのパーツから成る作品に仕立ててある(和室の展示空間の畳、柱、柱、床の間、欄間などの矩形とアナロジーをなす)。アルフォンス・ミュシャ(Alphonse Mucha)を想起させる流麗な髪や柔らかな乳房が物理的に切断される。四肢切断のイメージを画布の切断により現実化しているのだ。線、境界の観念は実体化する。
《The Ten Commandments》は、黒地に白い吹き出しだけを描いた6枚の画面(各410mm×610mm)で構成される。直接的には十戒[Ten Commandments]の偶像崇拝の禁止を思わせる。もっとも、言葉(吹き出し)を描いた画面が切断された作品と見れば、むしろ神が人々の言語を乱し、通じない違う言葉を話させるようにしようにした結果もたらされた人々の分断を表わすのではないか。