可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『大沢昌助展』

展覧会『大沢昌助展』を鑑賞しての備忘録
うしお画廊にて、2025/09/16~27日。

大沢昌助(1903-1997)の水彩画、版画(銅版画、リトグラフシルクスクリーン)を展観。

銅版画《いこい》(170mm150mm)は、木立を背景とした女性の胸像。彼女を左側から捉えている。深緑の背景にクリーム色の女性の肌が浮かび上がる2色刷で、髪には背景と同じ緑を配し、彼女は木々と一体化する。その一体化の深化を彼女の眼の脇で木立の奥へ延びる道により表現する。
リトグラフ《青の風景》(260mm×325mm)は、画面を矩形、三角形、曲線のある不定形など幾何学的な12の形に分割し、群青、淡い群青、灰色の3色に塗り分けた作品。寒色の抽象画だが手で引かれた線の微妙な揺れにより、怜悧な印象はない。例えば、中央のモティーフに横向きの女性を見て、他のモティーフを窓や家具と捉えていくこともできよう。
水彩画《とまるとびたつ》(450mm×360mm)は、全面を蛍光色のような黄緑で塗り、7つないし8つの藍色の線で画面を区切った作品。中央下部の矩形が木の幹で、上部左側の半月が鳥であろう。「鳥」の腹の円弧と「木」の幹の角とが1点で接する不安定な印象により、留まるは容易に飛び立つへと転じる。「木」の上には舟(の舳先)のような形も表わされる。葉であろうか。明るい黄緑は葉であり、葉の照り返す光である。落葉樹の葉もまた木々から飛び立っていく。
シルクスクリーン《黒い道》(345mm260mm)は、上段に赤い帯、その下に"「"状に黒を配し、その残りを深緑で書き殴った線が埋める。夕空の下、水辺(あるいは)木立を迂回する道を表わすのだろうか。赤と緑という補色の間に、全てを重ねた色である黒を配する点に中庸を進むという意志を汲み取ることもできよう。
シルクスクリーン《FACE》(330mm×250mm)は、赤い矩形に、青の小さな矩形、三角形、O、M、Iや蝶ネクタイのような形を散らした作品。三角形を挟む2つの四角形が鼻と両目として顔が見える。口や耳などの形も見出すことができるが、その他に描かれている形は何であろうか。蝶ネクタイのような形はヴェネツィア・カーニバルの仮面かもしれない。替えの効かない顔を持つ人の変身に対する冀求を表現しているのではなかろうか。
リトグラフ《だまっている人》(220mm×270mm)は、女性の顔を右斜め前から捉えた作品。額の左右、顔の左右、髪の左右で6分割し、左の額と左顔に茶、右の額と右の髪にエメラルドグリーン、右の顔に深緑、左の髪に赤紫を配している。くっきりと眼、鼻、口が描かれ、口は閉じられている。灰白色の背景の眼の高さに引かれた水平線が静寂を演出する。膝を抱えて坐る女性の姿を表したリトグラフの《ひざをかかえる人》(380mm×465mm)において、右手を左肩に置き、左手を右膝に廻して坐る女性の口は右腕に隠れて見えない。やはり黙っている人である。
リトグラフ《見つめる女》(220mm×270mm)は、茶色の背景にオレンジ色で女性をほとんどシルエット状に表わした作品。ほとんど上に凸の放物線のような線を微妙に屈曲させることで、髪、顔、頰杖を突く右手・右腕、背などを表わす。顔に右目と鼻、右手の折り曲げた指以外に描き込みはなくオレンジで塗り込めている。面壁達磨と評して差し支えあるまい。実際、焦茶色の背景には、ウロボロスと思しき、お互いの尾を咥える蛇が描かれており、観想図であることは疑いないからである。
リトグラフ《青いガウンの婦人》(470mm×370mm)は、テーブルの前に立つ青いガウンだけをまとった女性の立像。頭部から太腿辺りまでの身体を右側から捉え、鑑賞者の側に向けられた顔に目鼻は描かれていない。彼女の羽織るガウンがゆったりしていることが袖の膨らみに表現される。その袖の膨らみに負けない豊満な両乳房がはだけたガウンから突き出すのが官能的である。室内は明るく、壁や卓、卓上の器などは黄色で統一される。テーブルの下の捲いた蔓状の支柱は酩酊感を象徴する。室内で坐る青い髪の女性を描いたリトグラフ《あおい髪の女》(315mm×390mm)においては背後の床や扉が歪んで描かれ、リトグラフ《黄色いゴブレット》(220mm×270mm)ではゴブレットよりもその隣に作家が鉛筆で書き付ける四角形の螺旋の方が大きく表わされている。陶酔へと誘う絵画を作家は目指していたのだ。観想(=とまる)による世界との一体化(=とびたつ)であり、全ては世界=光の中に溶け合うのである(《いこい》、《とまるとびたつ》、《黄色いゴブレット》)。