展覧会『小林瑚七個展「Peaceful Rest」』を鑑賞しての備忘録
KOMAGOME1-14casにて、2025年9月14日~28日。
人物と鳥とを主要なモティーフとした絵画で構成される、小林瑚七の個展。
表題作《Peaceful Rest》は、茶色、赤茶色、焦茶色を縦に塗り分けた背景に、膝ではなく足首を抱えて蹲る人物を白い肌に水色とごく淡い青緑を差して表わした作品。腕と脚とが直線的に描かれ、とりわけ腕が肘で直角に曲げられることで、身体を折り畳み可及的に小さくなっている。俯いた顔、閉じた目により示される内なる世界への沈潜が強調される。背景の両目の高さに入れられた水平線も静的な印象を生み出すのに一役買う。右下の隅に黒い輪郭線だけで描き込まれたスズランのような植物は、消灯したランプのように闇を表わすとともに隅で蹲る主人公の似姿でもあろう。通りに面した大きな窓のある外から見えないよう、作品自体が展示室の隅に掛けられている。
《Peaceful Rest》の飾られた反対側の壁面には、通りから窓(と作品)越しに見える巨大な絵画《Greensleeves》が設置されている。画面の左半分には、右足が爪先立ちになり前に出した左足が地面に着地する瞬間の人物が左側面が表わされる。頭頂部が画面から切れることにより、画面の大きさと相俟って、背筋を伸ばした人物の巨大さが強調される。遠くに見える森、あるいは近くの草など植物の照り返しを受けたかのようなモスグリーンの身体により、世界との調和が示される。厚い雲の中から覗く、眼球のような太陽の光に染まった朱色のモティーフによって対照的に緑の静謐さが際立つ。左に向かう人物の背後に当たる画面右側には、下段に水溜まりが拡がり、木々や曇天、そして大きな鴉を映し出す。水鏡に映るばかりの実体なき鴉は、エドガー・アラン・ポー[Edgar Allan Poe]の『大鴉[The Raven]』に登場する"Nevermore"と叫ぶ鴉を想起させよう。水溜まりは画面上段の中景へ連なり、さらに奥へ伸びる自動車道により、後景の山容へと視線を導く。荒天(中景には木々と街灯に降り頻る雨が表現される)による悪路を進む時でさえ、人物は不動の山に見守られているのである。因みに《Border》は駐車場に佇むバレエの衣装に身を包んだ褐色の肌の女性を主題とするが、壁のモスグリーンと車の朱色との対照で見せる点で《Greensleeves》に類する。バレエダンサーの頭上に留まる鴉が壁を越えるように(壁の頂部に跨がって)表わされることで、彼女が閉ざされた世界を越えて出て行くことが暗示される。
《Anahorish》は空を見上げる女性の顔を大きく表わした作品。画面中央に天を仰ぐ顔を上から大きく捉え、広角で接写したように肩や胸の周囲に僅かに手や足が覗く。淡いピンク色の髪、それに近い色の肌を持つ女性の右目には、空を翔る白い鳥の姿が映り込む。鳥の影を追う彼女は、鳥と一体化する。他方、足元には渦を巻く水溜まりが見える。天=宇宙へ向けられた彼女の視線に対し、地に眼を向けてもまた写像としての宇宙が拡がるのである。マクロコスモス=宇宙とミクロコスモス=身体との照応の表現と捉えるべきである。のみならず、《Anahorish》は宇宙=世界への眼差しと内省(reflection)とが映像(reflection)として同一と示すことで、内に向かう《Peaceful Rest》と外に向かう《Greensleeves》とを繋いでみせるのだ。《Prayer for the Dying》においても、恰もアルノルト・ベックリン[Arnold Böcklin]の《死の島[Die Toteninsel]》へ向かうような舟に載せられた人物の頭部には、浮かぶ三日月、飛ぶ鳥、走行する自動車などが重なる。とりわけ転落する月は死を想起させよう。内面を深く掘り下げることは反転して世界=宇宙に目を凝らすことに通じる。同様に、死を想う[memento mori]ことは生を考えることに他ならない。