可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『RED ROOMS レッドルームズ』

映画『RED ROOMS レッドルームズ』を鑑賞しての備忘録
2023年、カナダ製作。
118分。
監督・脚本は、パスカル・プラント[Pascal Plante]。
撮影は、バンサン・バイロン[Vincent Biron]。
美術は、ローラ・ネム[Laura Nhem]。
衣装は、ルネ・ソーテル[Renée Sawtelle]。
編集は、ジョナ・マラク[Jonah Malak]。
音楽は、ドミニク・プラント[Dominique Plante]。
原題は、"Les Chambres rouges"。

 

モントリオール。街路で野宿していたケリー=アン(Juliette Gariépy)が目を覚ます。リュックを背負うとまだ街灯が灯る薄暗い街を歩き、裁判所に向かう。裁判所の入口で所持品検査を受けると、掲示板で法廷を確認する。法廷の傍聴席に坐る。被害者遺族のフランシーヌ・ボリュ(Elisabeth Locas)が入って来て、関係者席に入って来たのを認めた。ブザーが鳴り、防弾ガラスで覆われた被告人席にルドヴィク・シュヴァリエ(Maxwell McCabe-Lokos)が姿を現わす。陪審員団が入廷する。書記官が起立を促し、開廷を告げた。裁判長マルセル・ゴドブ(Guy Thauvette)が裁判官席に坐ると、全員の着席が促される。裁判は2ヶ月間に亘ります。陪審員の皆さんの仕事は、被告人ルドヴィク・シュヴァリエ氏が起訴事実について有罪か無罪か判断することです。判決は法廷に提出された証拠に基づいて下されます。検察官の義務は、合理的な疑いの余地無く犯罪事実とルドヴィク・シュヴァリエの犯行を証明することです。本件証拠は極めて暴力的な内容です。見るに堪えないと判断される場合、今すぐ退廷されることをお勧めします。シュヴァリエ氏、あなたは3件の第一級殺人罪、誘拐、監禁、強姦致傷、死体損壊、猥褻物頒布で起訴されています。これらの罪状に対する認否をお答えください。無罪を主張します。弁護人リシャール・フォルタン(Pierre Chagnon)が答える。検察官、冒頭陳述を。裁判長、陪審員の方々、ヤスミン・シェディド(Natalie Tannous)です。キム・ルブラン(Constance Munger)、ジュスティヌ・ロワ(Raphaëlle Blanchette)、カミーユ・ボリュ(Mégane Connelly)は次の誕生日を迎えることができません。高校を卒業することも大学に進学することもできません。夢を叶えることができないのです。キムはホッケーの選手で、カナダ代表選手に選出されるほどの才能がありました。ジュスティヌは人を笑わせるのが好きな太陽のような存在でした。カミーユは優等生で学級委員、中学に入学したばかりでした。16歳、14歳、13歳。始まったばかりの人生を被告人により奪われました。本件については社会から隔絶した生活でもしていない限り耳にしたことがあるでしょう。立証するのは、一連の残忍な殺人事件の犯人がルドヴィク・シュヴァリエであることです。なおかつ車庫をスタジオに金を払う者たちに生配信しました。「赤い部屋」です。ダークウェブの神話である陰惨なショーは実在していたのです。事件を担当して11ヶ月、何度も逃げだしそうになりました。文字通り反吐が出ます。動画を見ましたが二度とは見ませんでした。一度でも十分すぎるのです。性器切除、眼球摘出、腸摘出、四肢切断。キムとジュスティヌの悲鳴。毎晩うなされます。カミーユの動画が見付かっていないのはむしろ良かったのかもしれません。動画の視聴は耐え難いものです。もっとも少女たちの受けた苦しみ、遺族の痛苦を思えば、取るに足りません。ルドヴィク・シュヴァリエが殺人、誘拐、監禁、傷害、性的暴行を行ったことを明らかにします。捜査官は犯行現場について説明します。被害者のご両親からもお話しを伺います。大変な苦痛を受けていらっしゃいます。数名の専門家も招きます。ダークウェブで2本の動画を発見したFBI捜査官。テクノロジー犯罪の専門家はディープウェブとダークウェブの違いや、「赤い部屋」の仕組みを説明します。3人の被害者が未成年であることは偶然ではありません。金髪の青い眼の白人で裕福な家庭の出身です。ブラックマーケットでは最も高額で取引されています。証人が被告人の発見、あるいは逮捕前の状況について供述します。顔認証の専門家が動画に映る眼がシュヴァリエのものだと特定できることを説明します。生体力学や人相学の専門家が分析結果を示します。動画の映る拷問者は完全一致ではないとしても被告人に酷似しています。一連の証言を聴けば、被告人の有罪を確信するでしょう。被告人の恐るべき貪欲さが明らかになったとき、もはや彼の眼を直視することはできないでしょう。私はこの事件から何度も逃げだしそうになりました。それでもこの場に立っているのは何故か。被害者の方々、被害者のご家族に対する責任からです。唯一可能な結論を導き出すことで少しでも心に安らぎを与えて下さい。有罪だと。以上です。

 

モントリオール。ケリー=アン(Juliette Gariépy)は『DRESStoDARE』などで活躍するファッション・モデル。街を見下ろすタワーマンションの高層階で1人暮らし。食事はほとんどスムージーで済ませ、エアロビクスで体型を維持する。時間があるとオンラインのポーカーで稼ぐ。この1年、ディープウェブの「赤い部屋」で金髪碧眼の白人少女が身体を切り刻まれレイプされる様子が生配信された事件が社会を震撼させていた。16歳のキム・ルブラン(Constance Munger)、14歳のジュスティヌ・ロワ(Raphaëlle Blanchette)、13歳のカミーユ・ボリュ(Mégane Connelly)の遺体が発見された庭の前住人ルドヴィク・シュヴァリエ(Maxwell McCabe-Lokos)を被告人とする裁判が始まると、ケリー=アン(Juliette Gariépy)は裁判所の傍に野宿してまで傍聴する。裁判長マルセル・ゴドブ(Guy Thauvette)は審理は2ヶ月に亘るが、証拠の動画が過度に陰惨であるため任に堪えないと判断する場合は退廷するよう陪審員に促した。検事のヤスミン・シェディド(Natalie Tannous)は冒頭陳述で、残忍な犯行に反吐が出るが未来を奪われた被害者や苦痛に苛まれる遺族に平安をもたらす責任感から法廷に立っていると、陪審員に有罪評決を求める。弁護人を務める弁護士リシャール・フォルタン(Pierre Chagnon)は凶悪犯罪に衝撃を受けて動画に映る覆面の人物と被告人とを短絡すべきではないと無罪を主張した。法廷を出ると、ケリー=アンはテレビ局のリポーター(Chimwemwe Miller)に質問され、被告人を直に見たい好奇心に駆られたとだけ答える。報道陣に対し被告人の無実を熱心に主張する若い女性(Laurie Babin)もいた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

センセーショナルに報じられた猟奇的事件の裁判を傍聴する女性を通して事件の真相が明らかになるサスペンス。
ファッション・モデルのケリー=アンはミニマリストのような生活を送り、人付き合いをしている気配がない。PCのAIアシスタント「ゲニエーヴル」を使って仕事を済ませ、オンラインのポーカーで感情的なプレイヤーの身ぐるみを剝ぐ。AIは統計的に処理に基づき回答するため、ディープラーニングの結果、差別主義などに偏向してしまう嫌いがある。ケリー=アンは自らフィードバックにより「ゲニエーヴル」を矯正している。また、ポーカーでは確率計算の結果に固執しての勝負を徹底する。
被告人席のルドヴィク・シュヴァリエは感情を表わさない。言わばポーカーフェイスの被告人をケリー=アンは傍聴席で観察する。ルドヴィクが感情に囚われ、綻びを見せる機会を窺っている。
ケリー=アンと対照的な存在が、ケベックシティ郊外から傍聴にやって来たクレモンティーヌだ。ルドヴィク・シュヴァリエの目は嘘をついていないと考えている。マスメディアが無罪推定の原則(『権利及び自由に関するカナダ憲章』11d)を無視して被告人を犯人だと決めつけ、デタラメを垂れ流していると批判する。もっとも、クレモンティーヌ自身がルドヴィクは蝿も殺したことがないなどと根拠のない情報を言い立てている。クレモンティーヌが批判するマスメディアとは自らの鏡像に過ぎない。マスメディアを盲信する者と「マスゴミ」と毛嫌いする者とは正反対のようで実は同類であることが示されるのである。
ケリー=アンは、安直な考えに囚われる感情的なクレモンティーヌに辟易しつつも、自分にはない優しさに惹かれ庇護する。ケリー=アンは知らず知らずクレモンティーヌに感化される。被告人に対してケリー=アンがある策略に打って出るのも、クレモンティーヌの発言、彼女との交流がきっかけであった。策略が功を奏した瞬間の被告人、そしてその姿を目にしたケリー=アンが見物である。ケリー=アンは感情に突き動かされ、冷静さを欠いてしまうのだ。
自宅、撮影スタジオ、法廷、カフェ、地下鉄、スカッシュのコートなどほとんどが屋内のシーンで占められる。映像の占める割合が高い現実を反映している。