可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『テレビの中に入りたい』

映画『テレビの中に入りたい』を鑑賞しての備忘録
2024年、アメリカ製作。
102分。
監督・脚本は、ジェーン・シェーンブルン[Jane Schoenbrun]。
撮影は、エリック・ K・ユエ[Eric K. Yue]。
美術は、ブランドン・トナー=コノリー[Brandon Tonner-Connolly]。
衣装は、レイチェル・デイナー=ベスト[Rachel Dainer-Best]。
編集は、ソフィー・マーシャル[Sofi Marshall]。
音楽は、アレックス・G[Alex G]。
原題は、"I Saw the TV Glow"。

 

日が落ちたばかりの住宅街。並木道の歩道に挟まれた道路には子供たちがチョークで書いた落書きが残る。
オーウェン(Ian Foreman)がリヴィングルームでザッピングしながらテレビを見ている。新番組『ピンク・オペーク』の宣伝が目に留まった。イザベル(Helena Howard)のバスルームが、どんな駆除業者も手に終えない排水溝の王に襲撃される。土曜夜10時30分、YANで放映。オーウェンは画面に見蕩れる。
体育館で7年生の生徒たちがパラバルーンをしている。皆でパラバルーンを膨らませて中に入り込む。オーウェンは膨らませたパラバルーンに触れながらふらふらと歩く。パラバルーンの空気が抜けて萎む。
昨晩は雨が降って眠れなかったからお気に入りのテレビ番組『ピンク・オペーク』を見始めた。
夜、オーウェンが森の中を歩く。薪が燃えている。オーウェンが火に当たる。
1996年。ヴォイド・ハイスクール。大統領選挙のための投票所が設けられ、ジャズバンドが寄付を募る催しを行っている。オーウェンは壁際に坐り本を読む少女(Jack Haven
)に目を留めた。彼女が手にするのは『ピンク・オペーク』の公式ガイド。母ブレンダ(Danielle Deadwyler)に呼ばれたタイミングで少女は立ち去ってしまう。
オーウェンがブレンダとともに投票ブースに入る。あなたが投票するのはまだ早いわね。もう4年よ。またサックス奏者に投票する時期になったのね。
オーウェンが1人校内を歩く。暗いカフェテリアのテーブルは全てひっくり返してあり、奥に先ほどの少女が本を読んで坐っていた。君の親も投票に? 違う。暗室を使わせてもらったから写真が乾くの待ってるだけ。凄そうな本読んでるね。そうだよ。テレビ番組の『ピンク・オペーク』でしょ? そう、公式ガイド。見てるの? ううん。オーウェンは自販機の傍に腰を降ろす。何年生なの? 9年生。あんたは? 7年。ガキか。沈む少年の気を取り直させるように少女が話す。選挙の夜って良くない? 植民地の日みたいでさ。体育館にプラネタリウムを設置したり。学校が様触りするしてさ。特別なんだ。『ピンク・オペーク』って子供向けじゃないの? 違う。誰がそんなこと? YANで放送しているけど、恐さの程度も神話的な構造の複雑さも子供向けじゃない。宣伝ならよく見るけど、凄いよね。興味があれば読んでいいよ。科白に写真、バンドの紹介も載ってる。少女がオーウェンに本を手渡す。10時30分でしょ。土曜のモノクロ映画の前の枠。アマンダと毎週見てるんだ。パパがそんな時間まで起きるの許してくれない。10時が寝る時間だから。最悪。うちの母親は寝る時間なんて気にしないけどね。見る方法ならあるよ。
帰りの車中。後部座席で横になるオーウェンが運転する母に尋ねる。土曜の夜、ジョニー・リンクの家に泊まっていい? ジョニー・リンク? 絶交したんじゃなかった?  パパに聞いてみないとね。ママから聞いてもらえない? 
帰宅したオーウェンはすぐ階上の部屋へ。リヴィングでは父親フランク(Fred Durst)がテレビを見ている。ブレンダがフランクにオーウェンが土曜日にジョニー・リンクの家に泊まりたいと言っていると告げる。
土曜日。オーウェンが母の車でジョニー・リンクの家にやって来る。寝袋を抱えて玄関へ。吸入器は持った? 車から母が尋ねる。うん。オーウェンは呼び鈴を鳴らすフリをして、母親に向かって手を挙げる。母が車を出すと、玄関前を走って離れる。
夜。雨が降り、雷鳴が轟く中、オーウェンは『ピンク・オペーク』を見るのを誘ってくれたマディの家に向かう。玄関をノックするが反応が無く、リヴィングルームに廻る。カウチでマディとアマンダ(Emma Portner)がお喋りしていた。

 

1996年。7年生のオーウェン(Ian Foreman)は母ブレンダ(Danielle Deadwyler)の大統領選の投票に学校に付いて行った際、9年生のマディ(Jack Haven)と知り合う。マディは、青少年向け放送局YANで放映が始まった土曜夜10:30のドラマ『ピンク・オペーク』の公式ガイドを読んでいた。イザベル(Helena Howard)はサマーキャンプで同じ郡の反対側に住むタラ(Lindsey Jordan)と知り合う。2人は首に同じ痣を持ち、精神の地平で繋がる「ピンク・オペーク」だった。2人を夜の闇に閉じ込めようと月の化身・憂鬱様(Emma Portner)が次々と遣わす怪物たちと闘うという少女向けの物語だった。父親フランク(Fred Durst)から夜10時就寝と命じられているオーウェンは、マディに唆され、絶交したジョニー・リンクの家に泊まるといってマディと彼女の同級生アマンダ(Emma Portner)の鑑賞会に参加する。その後マディは番組を視聴できないオーウェンのために録画のヴィデオカセットを暗室に用意してくれるようになった。1998年。ブレンダは重い病気に冒されていた。フランクの命じる就寝時間は10時15分。オーウェン(Justice Smith)はマディの家でオンエアを視聴したいと頼む。マディはレズビアンであることを告白し、オーウェンは空っぽな自分が好きなのはテレビだと溢す。再び行われた鑑賞会で、マディはオーウェンに一緒に町を出ようと提案する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

テレビドラマ『ピンク・オペーク』の怪しげな世界と現実とがオーウェンによって混ぜ合わされることで、魅惑的な悪夢に包み込む。
夜の帷が下りる場面から物語が始まる。夜の闇、そして劇中劇である『ピンク・オペーク』の主題である、月の象徴する憂鬱が作品の基調である。灯りの消えたリヴィング、カフェテリア、車内。暗室、さらには映画館。これらの闇は、マディが録画してくれた『ピンク・オペーク』のヴィデオカセットを連想させるヴォイド・ハイスクール[Void High School]=VHSを介して、伽藍胴[void]に通じる。空虚なのは、破壊されてカラッポの箱となるテレビである。
実存は本質に先立つ[l'existence précède l'essence]。すなわち実存は空虚である。その空虚さを埋めようとオーウェンはテレビ画面を見つめる。鮮やかな光を浴びたオーウェンは豊かな世界を身体に取り込む。だがオーウェンが胸を裂き腹腔を覗き込んでも、そこに豊かな世界は蓄積されてはいない。壊れたテレビのように空虚を晒すばかりである。同様にオーウェンの家族もまた、リヴィングでテレビを見続ける父フランクが、支配・庇護の枠組みとしてのテレビという箱の中に母ブレンダを喪失した闇が拡がるだけだ。
空虚と闇とは結び付き、墓穴=土坑ないし棺となる。テレビだけを愛するオーウェンは生きながらにして墓穴に埋められているのだ。