映画『ジュリーは沈黙したままで』を鑑賞しての備忘録
2024年のベルギー・スウェーデン合作映画。
100分。
監督は、レオナルド・バン・デイル[Leonardo Van Dijl]。
脚本は、レオナルド・バン・デイル[Leonardo Van Dijl]とルート・べカール[Ruth Becquart]。
撮影は、ニコラス・カラカトサニス[Nicolas Karakatsanis]。
美術は、ジュリアン・ドゥニ[Julien Denis]とクァンタン・ヴァルゼ[Quentin Warzée]。
衣装は、エレン・ブレロー[Ellen Blereau]。
編集は、バート・ジェイコブス[Bert Jacobs]。
音楽は、キャロライン・ショウ[Caroline Shaw]。
原題は、"Julie zwijgt"。
屋内のテニスコート。サーヴの動作をしたジュリー(Tessa Van den Broeck)がコートの前後に走りフォアやバックハンドで打ち返す動きをする。再び、ジュリーがサーヴし、ラケットを振る。そこにボールはない。
レジロンデル・テニスクラブの室内コート。いち早く到着してボールを弄ぶジュリー。生徒たちが次々と姿を見せる。コーチのジェレミー(Laurent Caron)の姿が無い。ジェレミーは? 知る訳ない。お待たせ。イネス(Alyssa Lorette)が遅れて現われる。また遅刻? 送ってきた父親のせいだから。ジェレミーはいないの? さあ。ジュリー、ジェレミーは? 知らない。電話は? した。来ないの? そうみたい。メールは? 1時間前に。どうする? 生徒たちがざわつく。
自室で机に向かうジュリーのスマートフォンに連絡が入る。ジェレミーだった。…部屋にいる。ジュリーが席を立つ。…どうして?
ドイツ語の教室。授業前、ジュリーと親しい仲間が話している。パーティーはいつがいい? 土曜がベスト。休暇からいつ戻るか分かんないから。土曜はジュリーが来られない。何で? 大会があるから。観戦に行けない? 遠すぎるし、コーチが認めない。先生(Sofie Decleir)が入って来て、テストが始まる。ジュリーは調子よく解いていたが裏面の問題になってからペンが止まる。
屋内のテニスコート。ジュリーが1人サーヴを練習する。ジュリー、練習は中止になったって知らなかったの? ソフィー(Claire Bodson)が声をかける。知ってましたけど…。1人で練習? バッキー(Pierre Gervais)はまだいると思うわ。必要ありません。BTFの審査に向けて練習が必要でしょ。ソフィーはバッキーに連絡してジュリーの練習を見るように頼む。バッキーが来てくれるわ。ジュリー、大丈夫? ええ。
自宅。母親のリースベス(Ruth Becquart)がソフィーと電話で話す。通話を終えたリースベスはバッキーがBTFに付き添うと言った。どうしてバッキーが来るの? イヤ。何故? 良い考えじゃないもん。ジェレミーは行けないでしょ。なぜ彼は指導から外れたの? ソフィーは教えてくれなかったわ。明日、確認しましょう。大丈夫? うん。
ジュリーがスマートフォンを手にしながら眠る。
起床したジュリーは床でストレッチに励む。
レジロンデル・テニスクラブ。ソフィーが生徒たちを前に切り出す。集まってくれてありがとう。メールは受け取っていますね。この件については皆さんに直接お伝えしたかったんです。アリーヌ(Tamara Tricot)の訃報を受けて改めるべきは改めなくてはなりません。ご存じない方もいるでしょうが、アリーヌは初のBTF選出プレーヤーでした。そのお蔭で現在のクラブがあります。ジェレミーの貢献も大です。選手と指導者との関係について考えなければならない事実が判明しました。選手が問題に口を噤んでしまう理由を調査するのはクラブの責務です。誰もが自由に話せる環境を作らなければなりません。そのために調停者を交えた個別面談を行います。この手続きを円滑に進めるためジェレミーには指導を控えてもらいます。ジェレミーも納得しています。クラブは選手と指導者の両者にとって安全な場所でなければなりません。皆さんの協力が重要です。雰囲気が良くなれば実力向上に繋がります。バッキーを知っていますね? スケジュールを調整して全員が十分に練習できるようにします。何か質問はありますか?
ベルギーのテニスアカデミー「レジロンデル・テニスクラブ」に特待生として所属する15歳のジュリー(Tessa Van den Broeck)は、指導者のジェレミー(Laurent Caron)から10年に1人の逸材と見込まれ、近くベルギーテニス連盟のジュニアプロ審査を受けることになっていた。ところが突然ジェレミーが指導から外される。ジェレミーの指導を受けてジュニアプロになったアリーヌ(Tamara Tricot)の自死と関連があるらしい。クラブの運営責任者ソフィー(Claire Bodson)が生徒と指導者の関係を改善するため調停者を交えた個別面談を実施するが、ジュリーはジェレミーについて一切語らない。ジュリーは黙々とテニスの練習と筋力トレーニングとに励み、理学療法士(Stefan Gota)のリハビリを受けた。ジュリーはジェレミーと個人的に連絡をとり、サーヴィスの練習に打ち込み、BTFの審査には代役の指導者バッキー(Pierre Gervais)を同伴しないよう釘を刺された。動揺するジュリーの学校の成績が急に落ち込む。母リースベス(Ruth Becquart)や父トム(Koen De Bouw)、友人のロル(Grace Biot)やイネス(Alyssa Lorette)ら周囲は心配するが、ジュリーは大丈夫と言って取り合わない。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
15歳のジュリーは「レジロンデル・テニスクラブ」の期待の星。クラブの名を高めた初のBTFジュニアプロ、アリーヌを育てた名伯楽ジェレミーと二人三脚で近々ジュリーもジュニアプロ資格取得に向けて練習に勤しんでいた。ところがアリーヌが自死し、ジェレミーが指導から外される。理由はクラブの生徒たちに明かされない。クラブのメンバーはジュリーに尋ねるが答えられない。クラブの運営責任者ソフィーや両親から何か相談したいことはないかと尋ねられるが、ジュリーは大丈夫としか言わない。
ジュリーがジェレミーから指導を受ける場面は描かれない。ジュリーとジェレミーとの不自然な関係は、ジュリーの発言や謹慎中のジェレミーとの電話でのやり取りなどで推測する他無い。クラスメイトとの会話の際、ジュリーはジェレミーが嫌がるからと友人の大会観戦を断る。また、ロルやイネスからクラブ対抗戦に誘われた際には、ジュリーはジェレミーに禁じられているからと断り、イネスが選手登録したからもう遅いと言われジュリーが笑顔を見せる。ジェレミーから電話で、練習で不明点があれば自分に尋ねるように言い、BTFの資格審査にはバッキーを同伴しないように言う。なおかつ送迎する父親は車で待たせるようにまで言い付ける。ジェレミーはジュリーを他とは違う特別な才能があると認め、その才能を引き出せる自分だけだと洗脳している。そして、ジェレミーは極力ジュリー二人きりの時間を作らせる。
謹慎後、ジュリーがジェレミーと2人きりで会う。喫茶店に2人以外の姿はなく、ジェレミーの望む空間であることが演出される。ジュリーがアリーヌの死に疑問を持つと、ジェレミーはジュニアプロまでなら金次第でどうにでもなるとロルやイネスを言い腐し、アリーヌも自らの限界に絶望したに過ぎないと言い放つ。大事な友人や尊敬する選手に対するジェレミーの言い草に、ジュールは怒りを覚えたに違いない。そして、ジェレミーから手を握られそうになり、ジュリーは手を引っ込めるとともに止めてと言う。ジェレミーは、お前が止めろといったから止めたんだと言う。しかも同じ言葉を繰り返す。止めてと言うまで練習に耐えさせる指導は、おそらく身体的接触にも及んでいたことを暗示する。だからこそジェレミーはジュリーが自分以外の人物のいない状況を作ろうとしていたのではなかろうか。
ジュリーは、指導力のあるジェレミーに心酔し、ジェレミーでなければ向上は目指せないと思い込んでいた。実際、ジェレミーの指導で有力選手に成長してきたという恩義も感じている。だが、自分もまたアリーヌのようなジェレミーの駒、そして玩具であることに、ジェレミーとの面会で気付いたのだ。
それでも、ジュリーは沈黙を保つ。どんなに親しい相手に対しても打ち明けることができない。只管練習に打ち込むことで、家族や友人、テニスクラブや学校の大人たちからの問い掛けを遮断する。愛犬マックスを散歩に連れて行くのが心の慰められるわずかな時間だ。犬は言葉を決して求めることはないからだ。ジェレミーから受けた行為は15歳の少女が言葉にすることできないトラウマだったのである。冒頭、薄暗いコートでボール無くして1人テニスをするジュリーは、孤独な戦いを強いられている彼女の状況をよく表している。