展覧会『鳴海暢平「The middle world_中間世界」』を鑑賞しての備忘録
KATSUYA SUSUKI GALLERYにて、2025年9月20日~10月5日。
自己のあり方は自明の確固たるものではなく世界との関係で常に揺らいでいる、言わば伸び縮みする自己、裏を返せば世界との緩衝地帯である「中間世界」を、例えば犬のような他者の視点を借りて画面に定着させることを目論む、鳴海暢平の個展。
《The marking point(public art 1)》(460mm×530)は、敷き詰めた茶色い煉瓦と緑の点で埋め尽くした三角形、円、方形とで構成される、幾何学式庭園の平面図のようなイメージである。敷き詰めるか積んだかした煉瓦の並ぶイメージは、煉瓦の中に円を配した《The brick and ball》(200mm×280mm)や円形に敷き詰めた煉瓦の周囲を黄色の点で埋め尽くした《The marking point(brick circle)》(960mm×1310mm)、煉瓦を積んだ壁に人の顔を落書きした《The marking point(#38)》(730mm×620mm)など多くの作品に登場する。煉瓦以上に頻繁に登場するのが、モティーフの周囲や、モティーフ、あるいは塗り残した部分に執拗に描き込まれる微細な点である。煉瓦と点とに共通するのは反復である。
ところで複数の作品の題名に見える"marking"は犬の縄張り行為に由来する。世界を犬の眼差しで、すなわち人間とは異なる観点で眺めるのである。その証左が、眼を強調する仮面のようなイメージの《The eyes(#3)》(530mm×460mm)や《The eyes(#4)》(270mm×460mm)である。他者の眼差しで世界を眺めさせる仕掛けだ。
例えば、水平線や輪郭線のような線は実際には存在しない。また、陽子、中性子、電子といったレヴェルで見れば人間の身体も隙間だらけである。それゆえ人間と環境との間に截然とした境界はなく、両者の関係は曖昧で不分明である。また、《The dog run #4》(650mm×455mm)は犬の走り廻った軌跡を俯瞰して捉えた作品であるが、犬を眺める人間の視点をイームズ夫妻[Charles & Ray Eames]の映像作品《パワーズ・オブ・テン[Powers of Ten]》よろしく宇宙に向けて視点を上昇させていけば、犬も人間も微細どころか不可視となってしまう。《The moon in the water》(410mm×320mm)は、一見すると眼に映る月(the moon "on" the water)であるが、その実、月を取り込み、月の眼差しを内在化させる(the moon "in" the water)。月の視点で眺めることを暗示するのだ。天の川を描き出す《The milkyway(blue)》《The milkyway(pink)》《The milkyway(yellow)》(各160mm×230mm)では視野の範囲が拡大される。
すなわち、科学的な世界観に立ち、宇宙の規模で考えると、人間の存在は曖昧で取るに足らないものとなる。人間の曖昧さ、卑小さを引き受けつつ、世界との関わりを印付ける行為、言わば神話的マーキングが作家にとっての絵画なのである。
そして、そのようなマーキングは褻における挙動であり、地味な色味が似つかわしい。また、マーキングは呪術であり祈りであるから、恰も運針や写経のような微細な点を打ち続ける行為が相応しい。