展覧会『鈴木のぞみ「Slow Glass―The Mirror, the Window, and the Door」』を鑑賞しての備忘録
ポーラ ミュージアム アネックスにて、2025年10月3日~26日。
窓や扉のガラス、あるいは鏡台やコンパクトなどの鏡に直接写真乳剤を塗布し光を定着させる技法の作品で構成される、鈴木のぞみの個展。展覧会に冠した"Slow Glass"は、ボブ・ショウ[Bob Shaw]の短編小説"Light of Other Days"に登場する、過去の光を遅れて届ける空想上のガラスに因む。
エレベーターホールから向かいの壁面までの通路に、アルミ製の扉《The Light of Other Days: 白河二丁目会会館勝手口の扉》(1700mm×710mm×165mm)(2018)が吊されている。扉の斜め格子の網入り曇りガラスの窓に、階段、植栽、自転車、扉などが映り込む。「写真は光と時間の化石である」と述べる森山大道は街を彷徨してスナップする際に自らの姿を取り込み、野良犬のような作家性を刻印した。作家はカメラが切り取る景観を前にしている。それに対し作家は建物の見ていた光景を記録する。作家は扉という観察者=撮影者を介在させることで窓に撮影対象との距離があると言える。恰も星の光のように、光が届くのに時間の経過が不可避で、作品は"Slow Glass"そのものと言えよう。宙空に浮かぶ扉は恰もSF作品に登場する「ポータル[portal]」よろしく鑑賞者を異なる時空へと誘うのである。
通路を行き当たりで右に折れると、光景を焼き付けた窓や鏡12点が並ぶ。いずれも壁沿いに設置されている中に1点「理容ヨシダ」の扉《Light of Other Days: 吉田理容室入口の扉》(1800mm×720mm×160mm)(2022)だけ展示室の中央に天井から提げられている。窓ガラスには家並や植栽といった奥が映る。店内の3つ並んだ鏡《Light of Other Days: 吉田理容室壁に設えた大きな3枚の鏡》(1800mm×720mm×160mm)(2022)や窓《Light of Other Days: 吉田理容室西の窓》(1080mm×790mm×60mm)(2022)が1つの壁面に設えられているが、扉の周囲と鏡や窓とに空間が拡がり、なおかつ理容ヨシダ以外の窓や家具が並んでいることから、理容室の店内としてのまとまりは断ち切られる。扉の外としての屋外が会場内に孕まれつつ、鏡や窓の作品によって再び屋内に入り込まされる。複数のウィンドウはお互いに独立した平行世界を暗示する。
机や壁を映す《Mirrors: 鈴木邸寝室の姿見》(1480mm×360mm×390mm)(2017) 、絨毯を敷いた上に椅子と鏡台が置かれ鏡に襖が見える《Mirrors: 荻野邸和室の鏡台》(1240mm×710mm×290mm)(2017) など無人の室内景観を目にしている際には気付きづらいが、鑑賞行為は他人の私生活を覗き見るのに等しい。しかしながら、湯船の女性を捉えた丸鏡《Mirrors: 鈴木邸風呂の丸鏡》(φ350mm×50mm)(2017) 、キャビネットの上に置かれた化粧する女性の顔が覗くコンパクトの鏡《Mirrors: 茂木邸コンパクト》(φ70mm×90mm×98mm)(2017) 、ネクタイを締める男性のややブレた姿が残る洋服ダンスの鏡《Mirrors: 鈴木邸寝室の姿見》(1480mm×360mm×390mm)(2017) など登場人物が入浴、化粧、着替えといった動作に耽っている状況を撮影した作品では、覗き行為としての性格が浮かび上がる。ところで、都市生活者が推理小説――そしてあらゆるジャンルに見られるサスペンス作品――を必要とするのは、常に素性を知らない他者によって囲まれているからである。シャーロック・ホームズのように観察を怠らずに断片的な知識から他者を判断・評価しなくてはならない。"Slow Glass"は言わば探偵が探し廻る過去の痕跡であり、同時に都市生活者が生きるための術でもある。