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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 藤波洋平個展『気持ちに降る雪』

展覧会『藤波洋平「気持ちに降る雪」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2025年10月20日~25日。

藤波洋平の絵画展。

会場のある地下に向かって階段を降りる際に正面に見えるのが木炭によるドローイング《どこかに向かってうたううた》(1600mm×1080mm)である。裸体の人物が直立して口を開けて歌っている。蓄音機の隣で歌う谷中安規の木板画《谷中安規自画像》を連想させる。およそ作品は作家自身の姿を何某か反映していようから、自画像と言えなくもない。上から見下ろしたように下半身が小さく表現され、それに比して腕が極端に長い。その表現が階段を降りる来場者を受け止める印象を作る。作家自身による鑑賞者のお出迎えである。
腕は肘を曲げて上に持ち上げられていたり脚の位置が異なったり、変更前の線がぼんやりと残されている。試行錯誤あるいは逡巡が雪のようには解けきらずに蟠る。
キーヴィジュアルは表題作の《気持ちに降る雪》(1160mm×910mm)である。淡い群青の中を牡丹雪を遙かに超える巨大な切片が舞う。コートを着てマフラーを捲いた(ような)女性が首を右に傾げて立つ。彼女が目にするのは自らの胴体の中央から水平に延び、右を直角に曲げて枝を伸ばす裸木である。その枝は雪を僅かに被る。樹の突き出す腹部には樹木の根のような放射状の線が延びる。樹木は彼女から育ち、彼女自身である。エスキースであるドローイング《木につもる雪 木から落ちる雪》(1080mm×900mm)では放射状の根が渦巻きとして表されている。制作過程で整理され、迷いから温められた思考へと変じたようである。厳しい寒さを耐えて芽吹く時を待つ自らに対する期待の表現へと昇華した。
《虹とまざる》(1300mm×970mm)では、淡いオレンジ、黄色、黄緑の光の中に佇む裸体の男性の腹部から樹木連の枝が伸びる。枝の途中で色味が代わり、数枚の葉とともに紫の花と蕾が複数付いている。頭を左に傾げて目を瞑る男性は春陽と一体化している。《雨がのこる空》(1620mm×1300mmm)の背景には明暗の異なる水色の縞がやや傾いで並ぶ。それは雨であり、雨中の樹影でもある。金色の短髪の男性が立ち、その腹部から柿の樹が突き出し、直角に折れ曲がって幹と枝を伸ばす。その枝には沢山の新芽が芽吹いている。男性の身体全体に柿の樹の根が渦状に伸びる。水を吸い上げて成長する柿の成長力の凄まじさが暗に示される。
《気持ちに降る雪》、《虹とまざる》、《雨がのこる空》に見られる人物の腹部から伸びる樹木には忘れ難いインパクトがある。これらの作品では、《どこかに向かってうたううた》ほど極端に長い腕は見られないが、上から見下ろす構図は共通する。
《夕日とねむる》(1320mm×1620mm)には、オレンジの光で充たされる中、ブロックで構成される円丘で横になる男性を表した作品。円丘も彼もオレンジの光に染まり、地面の弧に沿った身体によって彼と世界とが一体化した状況が演出されている。夕陽の中で自然と一体化する快楽という点で、村山槐多の《尿する禅僧》に通じよう。
《さけぶようにうたう》(1620mm×1300mm)は、藍色の星空を背に直立して歌う裸体女性像である。長い髪を風に靡かせて歌う女性はオレンジ色の光で表され、心臓はクリスタルのように輝く。オレンジ、水色、青、緑などの星が瞬く宇宙との相同性でなくして何であろう。歌うとは、描くとは、宇宙に身を委ねることに他ならない。そのスケールの象徴が「上から目線」のイメージなのである。本作品だけでなく、ミクロコスモス=身体とマクロコスモス=宇宙との照応が作家の追究する主題であることは明白である。