映画『愚か者の身分』を鑑賞しての備忘録
2025年、日本製作。
130分。
監督は、永田琴。
原作は、西尾潤の小説『愚か者の身分』。
脚本は、向井康介。
撮影は、江﨑朋生。
照明は、三善章誉。
録音は、小松崎永行。
美術は、小泉博康。
スタイリストは、篠塚奈美。
ヘアメイクは、石邑麻由
音響効果は、松井謙典。
編集は、宮島竜治。
音楽は、出羽良彰。
真夜中。痛飲した松本タクヤ(北村匠海)と柿崎マモル(林裕太)が燥ぎながら橋に通りかかる。見てろよ。いくぞ。タクヤが着ていた白いシャツを脱ぎ川に投げ入れた。タクヤさん何やってんすか? あれギャルソンでしょ? どうすんだよ。どうすんだって、自分で投げたんでしょ。マモルが取りに行けよ。この時期の川は気持ちいいから。マモルがシャツを取る羽目になり川に入る。汚ねえ、何だよこれ。シャツは浅瀬に捨てられたビニール傘に引っ掛かっていた。タクヤさん、魚がいる! マモルが橋を見上げるとタクヤの姿はなく、警察官2人が立っていた。神田川不審者情報、現着。トランシーバーで連絡を入れる警察官。事情を尋ねられたマモルは川に落ちたシャツを取りたかっただけだと説明する。濡れたシャツを叩くと水飛沫が警察官にかかった。
【柿崎マモル】
マモルの部屋。卓袱台に並ぶ複数のスマートフォンにはそれぞれ異なる女の子の名前を書いた紙が貼ってある。1台に着信がある。暑いときこそカレーだ云々と男からメッセージが届いていた。マモルが女子を装い返信を打ち込む。オッス。タクヤが部屋に現われる。お疲れっす。タクヤは差し入れをマモルに渡し、マモルのスマートフォンを取り上げてマモルの打ったメッセージを確認する。いつの時代の人? ダメ? ダメだよ。女の子になりきって言葉を口に出しながら打てとタクヤはマモルにアドヴァイスし、1人で食事しに行ったことないなどと喋りながらメッセージを打って見せる。すぐに男から食事に誘うメッセージが届いた。ハイ、釣れた! タクヤは希沙良(山下美月)に電話する。今日アポ取った。予定あるんですけど。大学ですか? やめてるし。パパ。どうせ細パパだろ? タクヤはマモルに男の履歴を希沙良に送らせる。今日、お前やってみるか? タクヤがマモルに尋ねる。もっと稼ぎたいよな? そろそろ1人でやれるようにならないとな。いいっすか? マモルが意気込む。
西武新宿駅pepe前広場。希沙良が1人で待っていると、前田トシオ(松浦祐也)が現われた。
焼き肉店で希沙良が前田と卓を囲む。その隣の席でタクヤとマモルが2人のやり取りを聴いている。前田は親を亡くし借家住まい、パスポートも所持していないことが分かった。優良物件確定。タクヤが希沙良にメッセージを送る。希沙良は前田からトングを受け取ると肉をサンチュに捲き前田の口に運ぶ。美味しい?
喫茶店。タクヤとマモルの前に前田が座り、マモルが前田から差し出された戸籍謄本と住民票を確認する。分厚い封筒を前田の前に置く。前田が封筒の中の300万円を確認する。戸籍って言っても、困った人にちょっと貸すだけなんで。2年すれば戻ります。目立たないように生活して下さい。でもバイトの面接だって身分証必要でしょう。
証明写真ボックスの前でタクヤとマモルが前田と待っていると、青い髪の青年が現われる。マモルが青年から免許証を受け取ると、前田に渡す。これが新しい名前…。前田が偽造免許証を見詰める。お金、いいですか? マモルが前田から封筒を受け取り、3万円抜く。この分は実費です。マモルは青年に3万を握らせて立ち去らせる。運転とかダメですよ、照会されたら一発で。タクヤが手首を合せてお縄だと前田にジェスチャーで示す。もう、いいですよ。マモルが前田を行かせる。やんじゃん。タクヤがマモルの仕事を褒める。プリだろ。タクヤはマモルの独り立ちを記念して証明写真を撮ると言う。2人は笑顔で写真に収まる。
松本タクヤ(北村匠海)は、重病の弟(越山敬達)を救おうと梶谷剣士(綾野剛)の仲介で戸籍を売り手術費用を工面したが間に合わず弟を亡くした。タクヤは市岡譲治(田邊和也)率いる半グレ集団「メディアグループ」の構成員・佐藤秀人(嶺豪一)の下で戸籍売買に従事する。タクヤが起居する脱法ハウスに、母親の蒸発後4人の兄による暴力から逃れるため家出した柿崎マモル(林裕太)が入居した。中卒のマモルは脱法ハウスで斡旋される仕事にしかできず搾取されていた。見かねたタクヤはマモルを誘い仕事を手伝わせるとともにアパートで共同生活を始めた。タクヤは堅実な仕事で羽振りが良くなりアパートを出た。タクヤは交際相手の希沙良(山下美月)を使って前田トシオ(松浦祐也)を落とすと、マモルに戸籍買取を任せて独り立ちさせる。マモルはタクヤとともに佐藤から慰労された際、明日はタクヤに会うなと釘を刺される。不審に思ったマモルはタクヤの跡を付けることにする。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
タクヤは脱法ハウスからともに出てアパートで共同生活を始めたマモルに祖母から習った鰺の煮付けを振る舞う。タクヤは病気で亡くした弟に代わり、マモルに愛情を向ける対象を見出す。幼くして母親が蒸発し4人の兄から虐待されてきたマモルは血縁者からは得られなかった愛情をタクヤから受けて慕う。2人は義兄弟という疑似家族となる。
江川春翔(矢本悠馬)はタクヤに戸籍を売り渡した。妻が1歳の娘を虐待するという過去と訣別することが目的だった。就職も不動産契約もできない江川は後悔するが、2年限りという約束は反故にされ、アルバイト先のネットカフェに寝泊まりする他無い。
半グレ集団「メディアグループ」は、暴力団のような疑似家族を構成しない。トクリュウとは異なるが、構成員たちは使い捨てである。そのために構成員は他のグループに寝返ったり、佐藤のようにボスの資金を掠め取ることを企てる。
戸籍売買を巡る登場人物から浮かび上がるのは、血の繋がりの無いメンバーによる新しい「家族」形成の夢であり、映画『万引き家族』などに通じるテーマの作品と言えよう。
(以下では、結末に関わる事柄についても言及する。)
冒頭、タクヤはわざと川に白いシャツを投げ捨てマモルに取りに行かせる。これは、タクヤがトランクルームに隠した札束をマモルに取りに行かせることのメタファーになっている。マモルが魚がいると驚くのも、冷凍された鰺が重要なアイテムであることを暗示する。マモルが川でシャツを取った際に橋上のタクヤは姿を消しているのも、後にマモルが札束を手にした際にタクヤが行方不明になっていることに通じる。さらには、白いシャツがコム・デ・ギャルソン[COMME des GARÇONS]であるのも、橋に来る以前にタクヤとマモルが酩酊して男の子たちのように[comme des garçons]燥いでいることを表している。マモルはタクヤの下から巣立ち、大人にならなければならない。
タクヤとマモルが佐藤に慰労される際、佐藤が焼き魚の目玉を頬張りながら眼球が意外と簡単に飛び出してしまうことを話題にするのも伏線である。
北村匠海と林裕太の義兄弟に絆される。綾野剛は何を演じても色気がある。敵役を演じる嶺豪一や田邊和也が盛り上げる。
貧困ビジネスを取り上げた作品としては、北村匠海主演の映画『悪い夏』(2025)がある。