可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中村翔大個展『オリエント』

展覧会『中村翔大「オリエント」』を鑑賞しての備忘録
タカ・イシイギャラリー 六本木にて、2025年10月4日~11月1日。

いずれも無題で同サイズ(230mm×310mm)の水彩による風景画12点で構成される、中村翔大の個展。

森や池畔や丘陵地帯の風景のシリーズと果実のある風景のシリーズを主軸に、その両者を取り持つような窓辺の室内を描いた作品とで構成される。

風景画の1点は、水平に伸びる岸辺ギリギリまで迫る森の茶、赤茶、黄土、くすんだ緑などで表された木々の色がぼんやりと水辺に映る。背後の低い山並が灰青の曇った空に覆われる。眼を惹くのは空から水面にかけて淡く滲む赤色である。夕陽が差すのではない。得体の知れない流体が画面の半分ほどを包む。類例作品として、樹木、山並、雲などの景観が黄褐色の絵の具によって覆われた景観を描いた作品がある。
別の1点は、日の入り頃の空に三日月が浮かぶ、様々な樹種の立ち並ぶ丘陵地帯を描いた作品。余光が丘陵地帯の木々を白んだ風景に見せる。
また別の1点は、緑の樹木や草叢が点在する土地がピンク色を呈していて眼を惹く。右側に差したオレンジがアクセントである。類例作品に赤い肌を見せる斜面が連なる丘陵地帯を描いた作品がある。赤い丘陵を挟んで雨雲が垂れ込める空と黄土色の土地とが対照をなす。

果実のある風景の1点は、青い闇の丘陵地帯が上り始めた満月の白い光で照らし出されている。画面の手前には柑橘類や林檎、サクランボなどの果実が藍色のシルエットとして浮かび上がる。
別の1点は、遠くになだらかな山を臨む池の周囲を木々が囲む夕暮れ。木々の手前の草地に柑橘類やリンゴが4つほど並ぶ。明らかにひしゃげているものがある。補色の緑で影が延びる。灰色の濃度の高い絵の具で水色の水面を斑を作りながら覆う。その灰色は一部でリンゴさえも塗り重ねてしまう。
また別の1点には、灰色の雲が覆う空の下、種々の茶色や褐色の緑、青などで表現された森が拡がる。その手前の灰色の地面に柑橘の実と小さな花籠が置かれる。果実の灰青は花や森とは対照的に暗い。雨雲を吸収して沈んでいる。
湖水、遠くに臨む灰色の山に降る雨、白い布に置かれた林檎などの果実を青で表した作品がある。白い布に置かれた3つの果実と湖を囲む山との相似が灰色で統一された青い画面の中で強調される。実は湖面には別の複数の果実が描かれていた。それらの果実は青い絵具で水中に没してしまった。

いくつかの木々に囲まれた家を臨む窓辺には布の上が敷かれ、白いリンゴが2つ並ぶ。その脇には赤い果実ないし葉も見える。窓外の薄暗さのために半ば色味を失った景観。それに対し、室内で光を浴びる白い林檎の照りが作り物の印象を拵える。絵画の虚構を露悪的に表現する。

薄暗い黄色い光の充満する部屋のテーブルには水の入ったグラス。立方体をした箱の上の柑橘の実。その箱に半ば重なる赤と青との点描を施した果実ないし球。右脇に引かれた不透明のカーテンに対して、方形の窓枠の連なりもまた画面の層の重なりとその透過するイメージとを強調する。窓外には赤い光に覆われた水面が拡がる。その中央には帆を張った1艘の白いヨットが浮かぶ。コップの中の水は、ヨットの浮かぶ海(湖)のアナロジーである。実は画面の左半分には巨大な果実(球)が描かれている。果実の中に海がある。入れ籠の関係により表現されるのは、絵画は世界を閉じ込めてしまうことだ。

 (略)ライプニッツが証明したように、世界全体が膨張するならば、私たちの目には、何も変化したようには見えないのである。同様に、世界全体が縮小したとしても、やはり私たちはそのことに全く気がつかないだろう。私たちはハムレットのように、「たとえ胡桃の殻のなかに閉じこめられていようとも、無限の天地を了する王者のつもりになれる」のだ。こんなことは当たり前の話で、わざわざ強調するまでもないことのように思われるかもしれない。しかしながら、私たちを陶然たる幻想の気分に誘いこむガリヴァー・コンプレックス〔引用者註:大きさの相対性あるいは弁証法を楽しもうとする想像力の傾向〕は、すべて、この単純な比較の問題、相対性の問題から出発しているのである。(澁澤龍彦『新装新版 胡桃の中の世界』河出書房新社河出文庫〕/2007/p.262)

オリエントとは東洋[Orient]ではなく、方向付ける[orient]こと、すなわち「ガリヴァー・コンプレックス」という志向・信条[orientation]を指すのではあるまいか。絵画という果実の中には世界が拡がっている。