展覧会『誕生70周年記念 ミッフィー展』を鑑賞しての備忘録
そごう美術館にて、2025年9月13日~11月4日。
オランダのグラフィックデザイナーで絵本作家のディック・ブルーナ[Dick Bruna](1927-2017)が1955年にミッフィー/うさこちゃん[nijntje]の絵本を出版して70年になることを記念して、作者のディック・ブルーナの生涯とミッフィー/うさこちゃんの絵本全作品を展観する企画。「アーティストになりたい」、「ミッフィー誕生」、「ブルーナスタイルの確立」、「家族」、「すべての子どもたちへ」、「もっともっとミッフィー」のセクションで構成される。最後のゾーンではディック・ブルーナによる"nijntje aan zee"の朗読映像も併せて上映される。
ユトレヒトの自然豊かな環境で、本と音楽とを愛する母の影響を受け育つ。
「10代なかばのころには、もう画家になりたいと思っていました。風景を見ては、農家や小さな花を、できるだけ性格に描こうとしたものです。わたしはとてもとてもロマンチストでした」(『芸術新潮』第55巻第3号〔2004年3月号〕p.19)
家業の出版社「AW Bruna & Zoon」を継ぐため、ロンドンとパリの出版社で1年ずつ実習を積む。
1949年以降、ディック・ブルーナはフランスの出版社に実習生として勤務するかたわら、(略)ブルーナはパリの街路を歩き、レイモン・サヴィニャックカッサンドルのポスターから刺激を受けた。またより知的な環境である美術館では、彼のもう1つのインスピレーションの源泉であるアンリ・マティスやレジェの後期作品群との出会いがあった。
マティスは晩年、色紙で形を切り抜き、これを下地の紙の上に貼り付けて絵を制作する手法を編み出した。この切り絵の技法ならば、画家は「色を描く」ことができるようになる。マティスの『コンポジション』や、それ以降の作品群に表現された新しい概念にブルーナを惹きつけたのは、マティスが描き出す林学の単純さと正確さであり、しかもその絵がなお全体として揺るぎない統一感を獲得している点であった。
ブルーナ自身が後に修得することになる単純化の技法は、フェルナン・レジェの作品にも別の形で見ることができる。レジェは二次元的表現に焦点を当て、絵画・壁画・ポスターの平面性を意識的に利用した。レジェにとって明らかに重要な2つの要素、それは線と色であった。『誕生日』や『大パレード』などの絵画では、人物像の輪郭線の太さが入念に揃えられている。彼の作品に描かれる人物や質感のある物体はすべて線と輪郭のみで構成され、これらは白いカンヴァスに直接描かれる。この段階では、まだ色は用いられないことが覆い。彩色が行われるのは、次の抽象画制作の第2段階においてである。線で描かれた構図の上に、大きな抽象的平面が抽象的な構成をもって描かれる。
ディック・ブルーナはレジェと同様、1本のせんを描くことに非常に神経を使い、あらゆる構図を入念に検討する。即興的に生まれるものはないに等しく、ミッフィー、ボリスとバーバラ、ポピー、スナッフィーの絵を制作する際にも、必ずその前にきわめて長い準備作業をの段階を踏む。ブルーナは明らかにマティスやレジェの柵が方から実に多くのものを学んでいるが、その中でも最も重要なポイントはコントラストの使い方であった。(トーン・ラウウェン「ディック・ブルーナの本質」今井美樹・松岡希代子・松本育子他編『ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、そのシンプルな色とかたち』朝日新聞社/2003/p.9)
1951年、24歳で父親の経営する「AW Bruna & Zoon」にグラフィックデザイナーとして就職する。
「出版社経営というビジネスがどうやら自分には向いていないことを自覚し、パリから帰るとそれを父に告げたのです。わが家には仕事がら、たくさんのグラフィックデザイナーが出入りしていました。彼らの姿を見ているうちに、わたしは自分の進むべき道を見つけました」(『芸術新潮』第55巻第3号〔2004年3月号〕p.22)
斜め向かいに住むイレーナに惚れ、2度目のプロポーズで結婚。画家の道を断念してグラフィックデザインに専念する。
1955年には、〈ブラック・ベア〉シリーズとして最初の数冊が刊行され、ブルーナはロゴと表紙のデザインを担当した。(略)
〈ブラック・ベア〉シリーズには、サスペンスの本が集められた。シムノン、フレミング、ハファンクといった作家による探偵・スリラー小説は「お堅い文学作品」には興味のない読者層に爆発的な人気を呼ぶようになった。ディック・ブルーナは、ポスター制作の時と同様、表紙のデザインにも、人の心を捉えずにはいない画風を用いた。ブルーナの未成のショーウィンドウにはポスターと見まごうような本が並び、街中や駅のプラットフォームの広告掲示板と競い合う。ブルーナは通行人の注意を惹くために、ポスターの持つグラフィックな特色、すなわち凝った構図、派手な色彩、特大サイズのレタリングを本の表紙に採り入れたのである。(トーン・ラウウェン「ディック・ブルーナの本質」今井美樹・松岡希代子・松本育子他編『ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、そのシンプルな色とかたち』朝日新聞社/2003/p.10)
1953年、表紙だけでなく1冊全てを自分のスタイルで表現するために初の絵本"de appel"を出版。1955年には「小さなうさちゃん」を意味する"nijntje"をキャラクターにした2冊を同時刊行する(日本未刊行)。1963年には両作品の判型を長方形から正方形にして表紙の文字を全て小文字にし、その上で左頁に4行の文章、右頁にイラストレーションという体裁にした新版を刊行した。『うさこちゃん[nijntje]』と『うさこちゃんとどうぶつえん[nijntje in de dierentuin]』である。同年に刊行された『うさこちゃんとうみ[nijntje aan zee]』がミッフィー/うさこちゃんシリーズ第3作となるが、1954年にアムステルダムの北にあるエグモンド・アーン・ゼーを休暇で訪れた際に長男シルクが野ウサギに喜ぶ姿を見て寝る前に話を作って聞かせた、ミッフィー/うさこちゃん誕生の物語である。1970年の『うさこちゃんのたんじょうび[het feest van nijntje]』ではぬいぐるみのくまちゃんが初登場。1971年に著作権管理会社を起ち上げ、ブルーナは絵本に専念する。1975年の『うさこちゃんのにゅういん[nijntje in het ziekenhuis]』はある母親から子供が入院するのでミッフィーに励ましてもらいたいと手紙をもらったことをきっかけに生まれた作品という。1979年の『うさこちゃんのゆめ[nijntjes droom]』(シリーズ中、唯一文章の無い作品)刊行の頃、赤・黄・緑・青・茶・灰の「ブルーナカラー」の紙を用いて色を着ける手法「ブルーナスタイル」を確立。1972年の『うさこちゃんとじてんしゃ[nijntje op de fiets]』(1972)で木立を自転車で通り抜けるミッフィー/うさこちゃんがブルーナ本人お気に入りの場面だという。1988年の『うさこちゃんおとまりにいく[nijntje gaat logeren]』は家族から離れて自立の一歩を踏み出す。お面作りの場面では切り抜かれた穴と紙とはぴたりと一致するという。こういう点で手抜きをすると忽ち見抜かれるから子どもの目は怖いとブルーナは述懐する。
(略)ディックは、1993年2月に初孫を得ている。孫ができたことによって、自分の子どもとは違う意味で子どもを観察することができるようになったという。子どもと過ごした体験が、絵本のテーマになっていくことが増え、子どもの気持ちを意識し、子どものために何か作りたい、という気持ちが強まっていく。
この時期の絵本、特にミッフィー・シリーズには、大切な家族の死と向き合ったり、美術館にいってアート体験をしたあと、自分の将来の夢を述べたり、毛の色の違う友達ができたりと、これまでの日常を切り取ったような物語構成とは異なる視野が含まれてくる。(松岡希代子「『イメージ援助活動』する絵本」今井美樹・松岡希代子・松本育子他編『ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、そのシンプルな色とかたち』朝日新聞社/2003/p.21)
1996年の『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん[lieve oma pluis]』は、人が亡くなるとどうなるのか、家族の周りの人はどんな状況に置かれるのか真っ直ぐ正直に書いた作品だという。翻訳者の松岡享子は「幼い子に向けて詩を描くことは並大抵のことではない」とコメントしている。
しかし、最も興味深い特徴であり魅力は、見る人のイマジネーションを刺激する深部ルナ画面構成にある。ミッフィーにしても、ボリスにしても、そのものと認識出来る最低の視覚情報しか、わたしたちに与えてくれない。ディックは自分のキャラクターは、「視覚言語」となるように、シンプルな表現を追求〔引用者註:誤植を改めた〕している、と述べている。ひとつの概念を伝えるために、不必要な要素を整理して、シンプルにした形は、イメージの作り手と受け取り手が視覚的なコミュニケーションを交わすときに、とても有効である。ディックのイラストも、デッサンを繰り返すたびに余計な要素がそぎ落とされ、最終的には、そのものを認知できる必要最小限の要素のみで構成される。(略)そして、整理したことにより。できた画面の空間のことをディックは「イマジネーションのための空間」といっている。
一見非常に「分かりやすい」表現のように思われるディックの絵本も、実はそれを味わうためには、わたしたちは自分のイマジネーションを膨らませなければならない。ミッフィーの顔の一粒のしずくから、たくさんの涙を、首をかしげて後ろ向きに立っているミッフィーから、何かに注意を奪われている様子を想像する。画面に1本ひかれた線から海を感じ、斜めに引かれた線から山にイメージを膨らます。(松岡希代子「『イメージ援助活動』する絵本」今井美樹・松岡希代子・松本育子他編『ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、そのシンプルな色とかたち』朝日新聞社/2003/p.22)