展覧会『仲衿香「鈍化と回復」』を鑑賞しての備忘録
Gallery & Bakery Tokyo 8分にて、2025年10月18日~11月18日。
日常的に目にするマークあるいは逆に目にすることのできなくなった存在を絵画化することで視覚について問うコンセプチュアルな作品で構成される、仲衿香の個展。尚、長い数字の題名はモティーフに纏わる座標を示す。
《36.334925,138.430235》(40mm×35mm×20mm)は、拾った石を忠実に再現した作品。モデルとなった実物の石は拾った場所に戻されるという。路傍の石は日常的に目にしながら特段注意を向けられない存在である。ありふれた存在の絵画化は、割れ物注意を表す赤地に白のステッカー多数を画面一杯に描いた《FRAGILE》(1625mm×1230mm×50mm)、あるいはWiFiマークを青いレリーフのように表した《WiFi》(280mm×280mm×30mm)などの作品に共通する。但し、ステッカーやマークをモティーフとする作品では平面のデザインの絵画化により却って絵画の物質性を露呈させるのに対し、石の模造作品では絵画ではなく立体が選択されている。展示される場を問題にするためであろう。本展では、石の模造作品のモデルとなった石が砂とともに床に置かれた鏡に枯山水庭園よろしく飾られる。マルセル・デュシャン[Marcel Duchamp]が既製品である男性用便器を《泉[Fontaine]》と題して展覧会場に置くことで作品化を図ったのと同様の問題意識を有するためであろう。石を載せる鏡が額装されているのは、展示空間とともに額縁が作品化に貢献していることを明らかにするためと解される。《36.334925,138.430235》は(一部に緑の絵具を塗ることに加えて)地面から壁へと90度転換し、あるいは接地した状態からの上昇により、作品化が図られる。作品化された石は模造であり、現実の石はここには存在しないことを示す記号と化す。その意味では、リクエストしたページがウェブ上に存在しないことを意味する「404 not found」を絵画化した《Not Found #6》(1010mm×735mm×40mm)と同旨の作品と言えよう。
《#Now Playing》(1010mm×1015mm×50mm)は、マンホールの蓋を思わせる円形の画面に、淡いピンクを基調として、明るい青、白、淡い赤みがかった灰色、暗緑色で花弁のような放射状の文様を配し、録音録画再生機器などの再生ボタンのイメージを表した作品である。明るい青を基調に前曲ボタンを表した《Skip to the past》(1010mm×1015mm×50mm)、エメラルドグリーンを基調に次曲ボタンを表した(1010mm×1015mm×50mm)も併せ、時空を移動するポータル[Portals]としての絵画を構成する。《#Now Playing》の再生とは再びの生、すなわち蘇り[resurrect]が志向されているのではないか。マンホールの蓋を開くと、産道が現われるのだ。
《34.39715, 132.47534》(530mm×410mm×30mm)は、明るい青のゴツゴツした画面に白い線を恰も截り金のように貼り付けて女性と2羽の鳥とを表した作品。女性はほぼ輪郭線だけで表され、顔には十字が配されるに過ぎない。2羽の鳥はいずれも輪郭のみである。青空を思わせる画面に儚げに描写されるのは、広島駅のビル解体工事に伴い失われた、舟越保武(1912-2002)の彫刻作品《牧歌》の一部である。失われた作品を絵画として再生する、ヴァンダリズムに抗う絵画は、究極の破壊である戦争に反対するメッセージを送る、あまんきみこの『ちいちゃんのかげおくり』やChim↑Pom from Smappa!Groupの《ヒロシマの空をピカッとさせる》に通じる作品と言えよう。