展覧会『岩月ユキノ「緑光生活」』を鑑賞しての備忘録
メグミオギタギャラリーにて、2025年10月24日~11月15日。
山や太陽に見られている感覚を反転させて、言わば超越者の視点で世界をミニチュア化するような絵画を制作する、岩月ユキノの個展。
《休憩室》(530mm×530mm)は、昭和初期に建設された名古屋市庁舎のガラス張りの1室を描いた作品。手前側は黒い鉄枠のガラスで全面覆われ、室内が見通せる。扉には「御休憩室」のレトロな文字が縦に並ぶ。四隅に太い柱が立つ部屋には黒い革張りのソファが右側と奥に置かれ、奥の方には女性が本を読みながら坐る。彼女の背後の柱には禁煙の貼り紙がある。奥の窓には青空を背にした白いビルが視界を塞ぐ。窓と中央に置かれた小さなテーブルの影が太陽の位置を示す。外光とともに天井灯も点り、床や柱の中央部分が明るさを表す。鉄枠とコンクリート造の柱の剛直さに対する革張りのソファの柔らかみが「御休憩室」の文字に象徴されているようだ。
《廊下》(530mm×530mm)も名古屋市庁舎内をモティーフにした作品。真っ直ぐ奥に向かう通路の右手に立ち並ぶコンクリートの柱と、柱の間に並ぶ窓から射し込む光が床に影を描く。壁・柱・梁はクリーム色で、左側の部屋のある側はグレーの擁壁(あるいはその装飾)が施されている。床は明るい外光のために青い影となって奥に続く。途中、闇と光が交互に訪れ、奥には闇が口を開ける。なお、同題・同サイズの《廊下》(530mm×530mm)には日本建築の畳敷きの間を取り巻く廊下――外に樹冠が覗くので2階か崖地に面する1階であろう――が描かれる。部屋の仕切りが障子であるのに対し、樹木が生い茂る外には木枠のガラスとカーテンとなっている。廊下の床板に木枠が作る影、和室の障子の影に密やかに立つ屏風など、陰影のテーマでも共通する。
《信箱》(530mm×530mm)は、台湾の台中で見かけた2つの郵便受け[信箱/Xìnxiāng]を描いた作品。緑の箱の投函口には「信箱」と書いてあり、取り出し口にはオレンジ色の蓋が点いている。右側の信箱の蓋は壊れているらしく粘着テープで補修してある。左手の信箱の投函口にはオレンジ色の封筒と青い葉書が突っ込まれている。左側から日差しを受けた壁はクリーム色で、影になる部分は緑色でそれぞれ表される。
《電話ボックス》(652mm×803mm)は、五島列島・小値賀島の湾を望むS字カーヴ脇の木立の蔭に立つ電話ボックスを描いた作品。画面右手前から奥へ、一旦右に折れてからまた左折して海に通じる道が走る。海面は未だ輝くものの夕闇が迫り、対岸は霞む。道の脇には木立があり、力ない木漏れ日は一足早く夜の訪れを感じさせる。否、それは電話ボックスの天井灯の灯りが明るくボックス内を照らすからだろう。その光は周囲の草地にも溢れる。本来はその場に存在しないという電話ボックスは、ルネ・マグリット[René Magritte]の《光の帝国[L'empire des lumières]》に託けて瞬く間に過ぎる時間を表現する手段ではなかろうか。
キーヴィジュアルに採用されている《踊り場》(606mm×727mm)は、長野のロープウェー乗り場の階段の踊り場を描いた作品。正面の壁には、上から順に3階と2階の階数表示、額装された御嶽山の紅葉の写真、手摺が並ぶ。手摺の水平線に対し、左上から45度で濃い緑の影が差す(この影に垂直に交わる光の反射も淡く描き込まれている)。影の形が矢印となって左上への上昇運動を生じさせる。森で樹冠を見上げた際の木洩れ日を描く《森》(455mm×455mm)において、手前に3、4本の樹木の幹と枝の濃い影、奥に葉脈のように枝を伸ばす薄い影を繁れる葉の中に表し、射し込む光を斜めの線で表すのと、《踊り場》は同旨なのである。天に向かう緑の影とは、光を求める植物(≒green)であり、延いては光エネルギー(light)を必要とするあらゆる生命(life)のメタファーとなる。
《山の中の1本の木》(606mm×727mm)は人里離れた山深くに佇む農家を描いた作品。山の斜面が襞のように奥に向かって連なっていく。右下に茅葺き(?)の家と菜園、放し飼いの家畜などが見える。山に抱かれ守られる生活を俯瞰して描く。蒲団が敷かれた八畳間の障子が開け放たれ、部屋を覆うように繁茂するバショウやヤシを描いた《部屋》(455mm×606mm)は、植物に守られる生活を住人の目線で表す。
《人の営み》(727mm×910mm)は盆地に拡がる農村を俯瞰して描いた作品。手前に牛耕を行う棚田があり、その脇を蛇行する川が流れる。川の間に水田、畑地、牧草地が拡がり、人家が点在する。中景には農村を囲む山が連なる。この作品で目を惹くのは、山に懸かる雲の上に表された緑色の涅槃仏である。長閑な農村が山に見守られる感覚から、峰の連なりに涅槃仏を見たのではないか。山間部の農村の雪景を俯瞰して描いた《冬の村》(727mm×910mm)には涅槃仏の姿はないが、斑を囲む山の向こうに聳える山々の稜線に涅槃の姿を見ることは不可能とは言えまい。
《集落》(530mm×530mm)は、川を手前に奥の山頂に向かって牧場や畑地が段々に連なる様子を俯瞰するように描いた作品。川から農村を抜ける道を辿ると、恰も登山鉄道のスイッチバックのような動きをしながら徐々に高度を増していく。涅槃仏を描く《人の営み》を踏まえれば、参道と社殿などを描く参詣曼荼羅に擬えることができそうだ。
《画家の家》(455mm×652mm)は、奄美大島の田中一村終焉の家にインスパイアされ、ドールハウスのように室内が丸見えになった家を描いた作品。創造による田中一村の家の室内は、椅子や卓袱台、畳まれた蒲団や脱ぎ捨てられた服の他、壁や障子に絵画が立て掛けられ、開け放たれた窓は海と海へ続く道とを恰も風景画のように見せる。画中画という入れ籠の関係は、世界をミニチュア化する作家の欲望を端的に示している。ちょうどドールハウスで遊ぶ子供のように、作家は超越者の視点に立つ。